企業年金制度をめぐる状況

カテゴリー:高齢者雇用労働条件・就業環境

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  • 国別労働トピック:2003年12月

中国政府は、企業年金制度を、退職後の収入を保障する第2の柱として重要視し始め、経営者側に対し、

  1. 優秀な人材を確保するうえで有利な経営戦略、
  2. 企業収益を労働者へ還元するうえで税制上有利な方法、
  3. 労働者の労働意欲を向上させるうえでの効果的な戦略、

として採用を検討するよう働きかけている。(注1

ただし、現状では企業と労働者の採用意欲は鈍い。実施企業の制度の内容にも大きな格差があり、先進国の企業年金制度を参考にしながら、中国に適した企業年金制度の創設を目指し試行錯誤しているのが実情のようである。

1.老後の社会保障

(1)老後の収入

高度経済成長とともにインフレの進むなか、多くの労働者は、退職後もできるかぎり、退職前の生活を維持することを願っている。政府は、労働者が低賃金で働いてきたことを考慮するとともに、文化大革命の影響を受け、職業技術水準の低い中年層の労働者の早期退職をスムーズに進めるために、現在の労働者基礎老齢年金の支給率を高く設定している。一般的には、「年金代替率(注2)」を約60%から100%に設定している。

しかしながら、労働者も企業も、この高い年金代替率が今後も維持されるとは考えていない。その最大の要因は「一人っ子政策」である。長く続いている人口抑制政策により、今後若年労働者の伸び悩みが予想される。また、医療技術の進歩により平均寿命が伸び、退職労働者数の増加が顕著になってきている。こうした結果、多くの労働者は将来年金支給額が伸び悩むのではないかと憂慮している。

表1:法定退職年齢(歳)
  工場労働者 幹部職員
男性 60 60
女性 50 55

出所:労働と社会保障部

表2:65歳以上の人口の変化と予測(%)
1953 1964 1982 1990 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030 2040 2050
比率 4.41 3.56 4.91 5.57 6.96 7.5 8.1 9.3 11.5 13.2 15.7 21.3 22.6

出所:国連のホームページより

(2)政府の社会保障計画

政府の年金制度改革によると、将来の退職労働者の収入保障は、

  1. 基礎老齢年金代替率が60%、
  2. 企業年金が20%、
  3. 個人の貯蓄・商業養老保険により20%になるよう目標設定している。

また、長期的な研究課題として、基礎老齢年金の個人口座部分の資金を企業年金と合体させ、

  1. 基礎老齢年金代替率30%、
  2. 企業年金が50%、
  3. 個人の貯蓄・商業養老保険により20%とする案も浮上している。

いずれにしても、基礎老齢年金の年金代替率低下を企業年金により補うことを検討している。

2.企業年金制度に関する政策過程

過去の企業年金制度に関連する政策を見てみると、1991年、97年、2000年に大きな変化があった。

1991年、国務院は第33号文書で、「国家は、企業補充養老年金(注3)を実施することを提唱・奨励し、加えて政策上の指導をする」と行政通達を発令するとともに、同年、「国務院の企業労働者養老年金制度改革の決定」を公布し、「国家は、企業が補充養老年金を実施することを提唱・奨励する」とし、企業補充老齢年金の普及を呼びかけた。

この時期、中国政府は、先進諸国の社会保障制度を広く研究しており、市場経済化が進むなかで、従来の社会主義時代の平等思想を強く残した「基礎老齢年金制度」だけでは不十分になることをすでに察知していたことが窺える。

1997年7月、国務院は、「統一した企業労働者基礎養老年金制度を設立することに関する決定」を公布した。このなかで、それまで企業単位に組織し、給付率に差があった養老年金制度を統一すること、基礎老齢年金の支給率を現行の退職前賃金の約80%から58.5%前後に段階的に引き下げることを発表した。この時、経営に余裕のある企業に対し、給付率の低下を補うものとして、企業補充老齢年金制度を採用することを提唱し始めた。

2000年、国務院は、新たに「都市社会保障体系を改善することに関するテスト計画」を公布し、このなかで、従来「企業補充養老年金」と呼称していたのを正式に「企業年金」と改名し、経営的環境の許す企業は、労働者のために企業年金を設立し、運営・管理するよう提唱し、具体的には、次のように指導した。

  1. 個々の労働者の個人口座を設ける。
  2. 個人と企業の掛金を積み立てるが、企業の掛金は、賃金総額の4%以内とする。
  3. 企業の企業年金への支出は、経営コストに算入できる。
  4. 国務院は、遼寧省を試験地域として指定するが、各省、自治区、直轄市も、独自に試験地を設けて実施してもよい。

この通達に基づき、深セン市、上海市、シ博市、北京市などの都市が企業年金制度設立に対する各種優遇税制を打ち出した。

3.近年の実施状況

2000年末の全国的な実施状況を見てみると、企業年金を設立させた企業数は1万6247社、加入労働者は560万3300人、積立金総額は191億9000万元、1人当たりの積立金の額は3425元に達した。総加入労働者数は基礎老齢年金の加入者の5.3%に達した。

産別に見てみると、電力、電信、石油などの安定成長型の基幹産業の企業での組織率が高い。このうち、電力産業全体の積立金は58億7000万元で全体の31%を占める。地域別に見てみると、沿岸の経済発展地域の組織率が高い。特に上海市の積立金総額は22億2000万元に達し、全体の11.6%を占めている。

2002年末、設立企業は1万7000社、加入労働者は650万人、基金総額は260億元に達した。

4.個々の実施例

現状では統一した制度内容にはなっておらず、採用企業や団体により実施内容は様々である。いくつかの実例を挙げ、実情を探る。

(1)ヤン子石油化学公司

1992年、南京市は、率先して養老年金制度の改革に乗り出し、企業に対し企業年金制度の採用を呼びかけた。当時、あまりに高い基礎老齢年金の支給が、南京市政府の財政や企業の負担を重くし、政府の財政運営や企業の発展に悪影響を与えていた。

1995年、政府の強い要請を受けたヤン子石油化学公司は、企業補充養老年金を設立した。個人口座方式が採用され、労使双方が掛け金を納め、資金の運用と管理は企業自ら行った。

設立に当たり、退職時期の相違による年金支給額の差額をどのように制定するかが問題となった。最終的には次の2つの方法を用いた。

  1. 1994年以前の退職労働者には、労働年数に調整係数を乗じた額に、さらに企業福利費を利用した調整金を加算し、勤続年数が長くなるほど、支給額が多くなるようにした。
  2. 1995年以後の退職労働者には、職位賃金、技術賃金、勤続年数の3要素から年金額を算定した。

この企業は、企業年金を用いて労働者の勤務に対する積極性を引き出し、企業の発展に好影響を与えるために、毎年の利益目標を達成した場合にのみ、企業は計画どおりの負担金を積み立てた。また、個人の都合により辞職する場合は、退職後、個人の掛金部分のみ支給し、企業による積立金部分からは支給しないことにした。

経営者側は、基金の運用の事務的な部分を代行させた。最高経営責任者、財務部、人事部、在職労働者の代表、退職労働者の代表から組織した理事会が、基金の投資戦略を決定した。

2001年末で、企業年金への労働者の参加率は100%に達し、1人当たりの積立金総額は2万元に達した。

資金は、証券、国債、銀行への貯蓄などにより運用され、平均収益率は年率10%を維持していた。ここ数年運用成績が低下したが、現在のところこの制度を解散させる計画はない。企業は企業年金制度採用の目的を人材の確保においている。

(2)中国電信集団公司

中国電信集団公司は大企業であり、全国の30の省、自治区、直轄市に30万人の職員を抱え、企業が独自に企業年金を運用するには管理上困難であった。このため、中国人寿保険公司に企業年金の運用・管理・年金支払いに関し委託契約を結び、保険商品の「国寿永泰団体年金保険」に団体加入した。これにより、経営者側は、事務的な煩わしさから開放された。

(3)電力企業連合

1992年、電力企業は、電力部系列の持株公司等が連合で電力企業年金の設立に着手し、1996年、電力企業基礎老齢年金改革と平行し補充老齢年金制度を充実させた。2001年末、関連企業1122社、労働者96万1879人が参加し、積立金総額は69億9000万元に達した。ただし、全参加企業が同一条件で加入しているわけではなく、個人口座の管理方法、基金管理方法などに相違があった。

2003年、こうした混乱を除去するために、電力企業年金管理監督委員会が設立され、加入企業が統一した条件の下、企業年金を運用・管理することが決定され、独自に基金の運用管理を実施することを決定した。

2003年11月1日より、同委員会は運用を開始するが、基金の分散投資状況は、銀行預金5%、債券投資35%、株式などへの投資15%、貸し付け事業45%になっており、年間利益率を4%に設定している。同委員会は、「電力企業年金管理センター」を設立し、運用益の0.4%を管理費として徴収している。

(4)上海市企業年金発展センター

上海市は参加希望企業を募り、「上海市企業年金発展センター」を共同で設立し、企業年金の管理・運用を実施している。

株式投資に熱心な土地柄でもあり、比較的多くの資金を株式に直接投資している。2003年上半期、海信電気公司と上海航空公司がそれぞれ第7位と第8位の大株主になったことが報道されている。上海市企業年金発展センターの株式投資額は4000万元に達している。

(5)個々の実施状況のまとめ

実施されている企業年金の実例から実施内容を総括すると次のようになる。

  1. 制度の内容
    現行の企業年金は大きく次の2つの形式に分類される。
    1. 受領年金額固定型
      大企業はこの方式を採用している場合が多い。労働者は将来の受給額を明確に知ることができ、信頼度が高い。他方、確定利益を得るために契約金融機関と厳格な契約を結ぶ必要がある。現状では不足金が生じた場合、企業が支払っている。また、この方法は、中途退職者や中途採用者の取り扱いが複雑で面倒だと見られている。
    2. 掛け金固定型
      各労働者に個人口座を設定し、各自が自分の積立金額を容易に知ることができる。管理が簡単で、労働者の移動に関しても容易に事務手続きを処理することができる。欠点は、将来の年金支払額が安定しておらず、投資効果の変動が年金額を増減させ、運用収益率が低下した場合、労働者に不満が出やすい。
  2. 体的な特徴
    • 大部分の地域で経営状態のよい国有企業が実施しているのみである。
    • 個人口座を利用した方式を採用している企業が多い。
    • 企業年金が企業と労働者の両者からの支出により成り立つ方法が定着しつつある。
    • 企業は、掛金を余剰資金、労働奨励基金、福利基金から支出している。
    • 企業年金の運用方法は、銀行への貯蓄、国債の購入が圧倒的に多く、全体の約80%を占めている。株式や不動産などに投資する企業は少ない。
    • 企業の経営状態や人材状況により、年金の管理・運用方法に大きな相違がある。

5.企業年金の普及速度が遅い理由

個人の貯蓄志向が高く、政府が税制的な優遇政策を敷いているにもかかわらず、企業年金制度の普及速度が緩慢な原因として、次の要因が考えられる。

(1)制度上の要因

  1. 法的整備の立ち遅れ
    企業年金に対する法的整備が遅れており、特に積立金の管理・運用方法に対するガイドラインが不明瞭で、企業にとっては面倒な事業、労働者にとっては不安の残る制度になっている。
    現状は、基礎老齢年金の施行直後よりはるかに混乱した状況を呈している。
  2. 運用成績
    企業年金を実際の投資運用状況を見てみると、主たる運用先は銀行への貯蓄と国債の購入である。2000年の収益率を見てみると2.79%である。地域的組織された企業年金の運用効率を見ると、わずか1.34%の地域もある。これだと個人の銀行での貯蓄の利率より低く、労働者は不満を抱いている。他方、株式への投資はリスクがあまりに大きく躊躇している企業が多い。結果的に、多くの企業が有効な運用方法を見いだせずにいるのが現状である。
  3. 専門のシンクタンクと人材の不足
    企業年金のモデルケースとしては、企業が年金管理委員会を組織し、委員会が基金を委託する銀行・保険会社・投資会社などの金融機関を選択する。委託金融機関は基金を運用し、退職労働者には年金を支払い、期末には運用結果と年金支払い状況を企業に報告し、運用管理費を受け取る。
    しかしながら、中国の金融機関は企業年金の運用に対する専門知識と経験がまだ少なく、企業は、企業年金に関する業務をすべて委託するのを躊躇している。特に、地方都市の場合この傾向が強く、独自に人員を組織し基金の運用業務や年金支払い業務を実施している。これは、企業にとって重い負担である。また、こうした人員を割く余裕のない企業は、労働と社会保障部門の基礎老齢年金制度の組織に業務を委託している場合もある。
  4. 未整備な部分の多い金融市場
    中国の金融市場に不安定・不公正な要因があり、運用方法が限られている。企業年金を管理・運用する組織に資格認証制度を実施し、新規設立企業が信用できる管理会社を選択できるような政策を実施すべきだという要望が出ている。
  5. 税制上の優遇措置を拡大
    企業にとって現在の税制優遇措置は、収益金の企業年金会計への支出を経費として認めているだけである。これだけでは、企業は企業年金制度の採用に積極的になれず、さらなる優遇政策を求めている。

(2) 退職労働者側の要因

  1. 単位より国家
    建国以後、政府は、それまで家族がしていた退職労働者の生活保障を、単位により保障するよう政策を実施してきた。しかし改革開放政策開始後、単位の収益力に差が出始め結果的に支給年金額の格差が拡大した。
    このため、政府が地域ごとに基礎老齢年金制度を設立し、統一した給付条件で年金を支払う制度を採用した。
    しかし今回また、一部を単位の管理下に置くよう指導し始めた。このため、少なからぬ労働者は、たび重なる政策変更に対応できない状態に陥っている。現状では、多くの労働者は、退職後の年金管理を単位より政府が行うことを希望している。
  2. 「遠い未来」より「現在」
    中国系の企業で就労する一部の労働者は、所属する企業が今後どれだけ経営を維持できるか不安を感じている。
    こうした状況下、現在の企業の利益を、退職後ようやく受給できる企業年金として凍結されるより、現在の賃金を増額させるか、あるいは福利政策のなかで最大限に使用されることを望む傾向が強い。
  3. 強い個人貯蓄志向
    ある民間の調査によると、2002年末の個人貯蓄額は8兆元に達したと見積られ、主たる貯蓄の目的の1つに「老後の備え」が挙がっている。

このことから、老後の生活保障に有用な企業年金制度に対する関心はあると予想されるが、中国の労働者は、一般的に自己資金を自分で管理することを希望する傾向が強い。

これは、企業年金制度の採用時だけでなく、他の保険制度の採用時にも見られた預金への拒否反応の一因である。

(3)経営者側の要因

  1. 重い社会保障制度の掛金
    企業の各種社会保障制度の掛金率の総計は、賃金の30%に達している。経営者側は、さらに企業年金制度を設立し経済的負担を強いられると企業の成長力に悪影響を与えると考えている。
  2. 資金に余裕がない
    経営者側は、WTO加入以後、企業経営がグローバリゼーションにさらされて企業経営に苦慮している。少なからぬ経営者が国際競争力の不足を痛切に感じ、余剰資金を労働者への福利政策に回すより研究開発資金や経営資金に回すべきだと考えている。

6.外資系企業への影響

一部の外資系企業は比較的早く補充老齢年金制度を設立しているが、企業年金制度の有無が労働者が企業を選ぶ魅力的な条件の1つになっているのは事実である。

しかし、実際に実施している外資系企業は少ない。それには次のような要因があると見られている。

  • 面倒な企業年金の設立より、その分賃金で労働者に支給する方法を選択する傾向が強い。
  • 多くの外資系企業は、今後数十年間中国国内で企業活動を続けられるのかは予測ができず、長期計画を必要とする企業年金制度の設立を敬遠する傾向がある。
  • 外資系企業で就労する有能な中国人労働者は、より高い収入を求めて転職する傾向が強く、企業年金は必ずしもこうした人材を引き止める魅力となりえない。

しかしながら、今後、企業年金に関する法的制度が進み、金融市場が整備された場合、中国系企業での企業年金制度の普及率は上昇すると予想され、そうした状況になれば、外資系企業も有能な人材や熟練労働者を確保するうえで、この制度の採用を検討せざるをえない状況もありうると見られる。

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