自由貿易と労働基準をめぐって

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  • 国別労働トピック:2003年12月

2003年8月7日、オーストラリア連邦最高裁判所は、グローバル化と労働基準に大きな影響をもたらすと思われる重大な判決を下した。最高裁の判決は、オーストラリアの領海を航行する船舶はオーストラリア法の適用を受ける、という至って単純なものであった。ただ、この判決を通じ、最高裁がオーストラリア人労働者の労働基準と労働条件を擁護する姿勢を示したため、その反対の立場をとる連邦政府の今後の動向が注目される。

特にオーストラリアと米国の間では、自由貿易協定をめぐる交渉が行われており、それを背景に自由貿易を通じたオーストラリア人労働者の労働条件悪化も問題となっている。

最高裁の判決内容とその影響

問題となったのは、カナダ企業の所有するヤラ号であった。ヤラ号はオーストラリア領海で使用され、乗組員もオーストラリア人であった。ところが2003年5月に所有者であるカナダ企業が、バハマ船籍への変更とオーストラリア人乗組員の解雇を行い、代わりにウクライナ人を雇用する意向を示した。会社側は、連邦政府がいわゆる便宜置籍船を支持しているため、競争に打ち勝つためには自分たちもそれを選択せざるをえないと主張した。乗組員はこれに反対し、バリケードをつくって船内に立てこもった。その結果、事件は労使関係委員会(AIRC)に持ち込まれ、AIRCは会社のやり方がオーストラリア法に反すると判断した。しかし会社側は、オーストラリア領海を航行する外国籍の船舶についてAIRCが管轄権を持たないとして上訴した。これに対し、連邦最高裁判所は会社側の主張を退け、オーストラリア領海を航行するすべての船舶にオーストラリア法が適用されると判示したのである。

判決の影響については確定的にはいえないが、現時点では次のような観測が示されている。

まず、オーストラリア労働法の管轄範囲は、職場の安全衛生から老齢退職年金、労災補償制度まで及びうるため、判決に従えば、船舶所有者間の競争手段として賃金などの労働条件を利用することが困難となる。加えて、外国人船員について移民規則を適用除外とするために、運輸大臣が発行している特別許可証も法的に問題となりうる。

また、大局的には、オーストラリア労働市場の周辺に境界線を引くことによって、グローバル化の浸食に歯止めをかけることができるのではないかとの見方も示されている。つまり、仮に最高裁が会社の戦略を支持していれば、国境を横断して活動を行う使用者が、近い将来オーストラリア人労働者の代わりに低賃金の外国人労働者を利用できていたはずであったということである。

労働基準と自由貿易協定

WTOでの貿易交渉の動向をにらみながら、米国を含むいくつかの国々は2国間で自由貿易協定を締結しようとしている。オーストラリアは、「テロとの戦い」において米国を支持したことから、交渉において相対的に有利な立場を保持している。

しかし、問題は予想外の分野から現れた。米国議会は、自由貿易協定のなかに環境と労働基準にかかわる規定を設けることを義務づける法律を可決した。労働基準は、いわゆるディーセント・ワークの概念に代表されるILOの中核的労働基準を基にしていた。問題は、オーストラリア労働法がILOの中核的労働基準を部分的に満たしていないことである。特に職場関係法が、ストライキ権を不当に制限していることなどはILOの専門家委員会でも指摘されていた。そこでオーストラリア労働組合評議会(ACTU)は、この事実をアメリカ労働総同盟(AFL-CIO)に知らせ、米国議会に詳しい調査を行うよう求めた。労働団体からの圧力を背景に、米国議会がなんらかの対応を行うことになれば、オーストラリア政府も国内法整備を検討せざるをえなくなるであろう。

皮肉なことに、米国労働法自体も労働者の権利保障という点では十分とはいえないと指摘されている。したがって、仮に自由貿易協定に労働基準が定められれば、オーストラリア政府が、労働基準を尊重していないことを理由に米国製品を拒否するということもありうる。

米国からは、これ以外にも通商上の障壁撤廃が求められており、通商政策が国内における1つの争点となっている。ただ、米国との交渉における最大の難関は恐らく農業保護の問題であり、そのために協定締結までには大きな困難が待ち受けているといえよう。

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