公的年金制度の危機、数年後に迫る?

カテゴリー:高齢者雇用

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  • 国別労働トピック:2003年10月

去る6月21日、欧州委員会は加盟各国の財政状況の将来についての報告書を発表し、そのなかで各国が現行政策の修正を行わないとの前提で2050年までの財政状況の予測を行った。それによると、現時点ですでにEUの定める財政赤字抑制策(いわゆる「安定協定」)の達成が困難になっているドイツ、フランス、ポルトガルのような加盟国における状況悪化が予想される一方、人口の高齢化に伴って公的年金支払いによる財政圧迫が極めて深刻になる国々がある。スペインはまさにその一例である。

スペインの出生率は世界最低水準で、2002年には出産可能年齢の女性1人につき1.26人まで落ち込み、世界最低のレベルにある。欧州委員会の指摘を待たずとも、社会保障制度の一環としての公的年金制度の維持は常に頭の痛い問題であった。

社会労働党政権末期の1995年、政府・労組・雇用者団体は公的年金制度の維持をめぐり「トレド協定」と呼ばれる歴史的合意を達成した。しかし2001年の同協定改正に際しては、2大労組の1つである労働者総同盟(UGT)が「社会保障制度の抱える主要問題に適切な解決を与えていない」として署名しなかった。そして現在、国会において再び同協定の見直しをめぐる議論が行われている。

気になる社会保障制度の財政事情について見ると、近年順調な経済成長と雇用回復を維持してきたスペインでは決して悪くない。社会保障制度加入者数は史上最高の1670万人余となり、収入も予測を上回る黒字財政を達成している。制度に加入している労働者数は年金受給者1人に対して2.45人であり、制度維持のために最低限必要な2人を上回っている。問題はこの状態がいつまで続くかである。というのも、現在スペインでは内戦中(1936~39年)および戦後にかけて生まれた人口の少ない世代が定年退職の時期を迎えているが、2015年以降は50年代の出生率回復期から60~70年代生まれのベビーブーマー世代が年金受給者となり、代わってこれを支えるより若い世代の人口は再び減り始めるからである。したがって、その時になって現状どおりの年金制度の維持が不可能になることは目に見えている。

公的年金制度の改正をめぐっては、労組、政府与野党、専門家らからすでにいくつかの提案が行われている。2001年のトレド協定改正では、年金支給額の算定に際して過去15年間における社会保障制度負担金支払額だけでなく労働した年数すべてにおける額を考慮に入れるべきとの提言が行われたが(ちなみに1982年~96年の社労党政権時代、この期間は2年から8年、8年から現在の15年に引き上げられている)、政府はこれを早急に適用したいとしている。その他、若年者の労働市場参入が年々遅くなり、平均余命が長くなりつつあることを考慮して、定年退職年齢を現在の65歳から70歳に引き上げるべきとの声が強い。もっとも、近年のスペインではいわゆる定年年齢前の早期退職が盛んに行われ(会社側の提示条件がよければ50代前半で早々と早期退職する例も少なくない)、実質的な退職年齢は平均で62~63歳となっている。

より根本的な問題としては人口の年齢構成の極端な不均衡が挙げられるが、その意味では働く女性が子どもを産み育てやすい環境整備が最大の課題である。実際スペインの家庭が最も強く求めているのは、よりフレキシブルな労働時間・労働形態、幼稚園の大量設立、そして家庭のなかでもとかく女性の肩にのしかかってきがちな高齢者介護になんらかの公的サービスを導入することである。

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