ハンガリーにおける最低賃金の上昇、主に零細・小企業に影響
2001年と2002年における最低賃金の上昇がもたらした影響について企業を対象に行った最新調査の1つから、大企業より小企業がその弊害を被ってきたことが分かった。また最低賃金水準が2002年に5万 HUF(ハンガリー・フォリント)まで上昇したことが、繊維・衣料産業といった低賃金部門で操業する企業に悪影響を与えた。この部門の使用者は、以下のような方法でこの影響を埋め合わせようとした(注1)。
- 1日8時間勤務制に代えて、「文書上」での6時間勤務制を導入
- ノルマ、あるいは労働基準の修正という手段によって労働密度を高める
- 月額賃金の重大な遅延支払い
- 「集団的休暇」慣行の実施
注目に値するのは、27%が最低賃金で働く農業のような部門では、最低賃金の上昇に伴う社会的費用の増加分を使用者が引き受けたことである。表1ではハンガリーとEU加盟数カ国における最低賃金をユーロ換算で比較している。
国 | 1999年 | 2002年 | ||
ユーロ | ハンガリーの最低賃金 との比較(%) |
ユーロ | ハンガリーの最低賃金 との比較(%) |
|
ベルギー | 1118 | 716.7 | 1163 | 553.8 |
フランス | 1083 | 694.2 | 1126 | 536.2 |
ギリシャ | 458 | 293.6 | 473 | 225.2 |
オランダ | 1154 | 739.7 | 1207 | 574.8 |
アイルランド | 983 | 630.1 | 1009 | 480.5 |
ルクセンブルク | 1259 | 807.1 | 1290 | 614.3 |
英国 | 1062 | 680.8 | 1124 | 535.2 |
ポルトガル | 390 | 250.0 | 406 | 193.3 |
スペイン | 506 | 324.4 | 516 | 245.7 |
ハンガリー | 156 | 100.0 | 210 | 100.0 |
出所:Erzsebet, Kun, J.(2003)前掲書.:p5.
ハンガリーにおける大幅な賃金上昇(2002年には賃金関連コストが30%上昇した)がもたらした影響の1つとして注目されるのは、外国投資家に対するハンガリーの吸引力の低下である。例を挙げると、昨年スロバキア、ポーランド、チェコ共和国を主とする中欧・東欧諸国経済(これらの国々は民営化の途上にあった)への外国直接投資額は330億米ドルに上ったが、ハンガリーに対する投資家の関心は薄れた。しかし2003年には、国内主要銀行の民営化と、先に挙げた国々の魅力の低下を追い風に、ハンガリーへの海外直接投資の流れがさらに増加するはずである(注2)。次の節はハンガリー経済における賃金の推移に焦点を当てる。
2. 1990年代のハンガリー経済における賃金の推移
目覚ましい賃金上昇の結果、20世紀最後の10年間(1990~2000年)に国民経済における実質賃金は12%上昇した。実質賃金は1997年以降上昇してきたが、その年間上昇率も2000年までは比較的緩やかであった。しかし2001年の大幅な上昇によってこうした傾向が変化し、2002年には最高水準の実質賃金上昇率(12%)が予想されている。特に公共部門の賃金は大幅に上昇すると予想され(15%)、民間部門の実質賃金は7%程度上昇すると予想されている。
以前は、実質賃金の低下が急速な生産性の向上と相まってハンガリー経済の競争力を向上させた。GDPに対比して生産性の水準は毎年上昇し続け、同時に国レベルでの競争力を押し上げてきたのである。しかし2001年の急激な実質賃金上昇と強いハンガリー通貨(ハンガリー・フォリント)とによって国の競争力は低下し始め、その傾向は2002年も続いた。1990~2001年の総賃金、純賃金、実質賃金の推移については表2を参照されたい。
年 | 常勤従業員の平均賃金 | 消費者 | 実質賃金 | |
総賃金 | 純賃金 | 物価指数 | 指数 | |
前年同期=100 | ||||
1990 | 128.6 | 121.6 | 128.9 | 94.3 |
1991 | 130.0 | 125.5 | 135.5 | 93.0 |
1992 | 125.1 | 121.3 | 123.0 | 98.6 |
1993 | 121.9 | 117.7 | 122.5 | 96.1 |
1994 | 124.9 | 127.3 | 118.8 | 107.2 |
1995 | 116.8 | 112.6 | 128.2 | 87.8 |
1996 | 120.4 | 117.4 | 123.6 | 95.0 |
1997 | 122.3 | 124.1 | 118.3 | 104.9 |
1998 | 118.3 | 118.4 | 114.3 | 103.6 |
1999 | 116.1 | 112.7 | 110.0 | 102.5 |
2000 | 113.2 | 111.1 | 109.5 | 101.5 |
2001 | 118.0 | 116.2 | 109.2 | 106.4 |
出所:Erzebet Viszt(2003)前掲書.:p.23.
3. 部門別の賃金格差
ハンガリー経済全体で名目総賃金は3.5倍上昇してきたが、この大幅な賃金上昇の陰には見落とすことのできない部門別格差が存在する。
表3には国民経済の部門別、産業別の賃金格差が示されている。
賃金の最も高い部門 | |
1992年 | 2002年 |
1.金融サービス | 1.金融サービス |
2.行政 | 2.電気・水道・ガス供給 |
3.鉱業 | 3.行政 |
4.電気・水道・ガス供給 | 4.鉱業 |
5.不動産サービス | 5.不動産サービス |
賃金の最も低い部門 | |
1.農業 | 1.ケータリング・ホテル業 |
2.ケータリング・ホテル業 | 2.農業 |
3.建設業 | 3.保健・社会福祉 |
4.保健・社会福祉 | 4.建設業 |
賃金の最も高い産業 | |
1.石油精製業 | 1.石油精製業 |
2.鉱業 | 2.化学産業 |
3.化学産業 | 3.機械産業 |
4.鉄鋼業 | 4.建設業 |
賃金の最も低い産業 | |
1.靴・皮革・繊維産業 | 1.靴・皮革・繊維産業 |
2.その他の製造業 | 2.その他の製造業 |
3.食品産業 | 3.製紙業 |
4.機械産業 | 4.食品産業 |
資料出所:Erzsebet Viszt(2003)前掲書:32-43.
1992年には最も低い部門の賃金は国内平均総賃金の68.7%に相当し、また最も高い部門の賃金は国内平均総賃金の190.1%に相当していた。しかし2001年には、最低額は65.8%に相当し、最高額は208.6%相当となり、平均賃金の最も低い部門と最も高い部門との格差が2.8倍から3.2倍へと拡大した。製造業の内部では平均賃金の変動はあまり見られなかった。
国民経済の諸部門を比較してみると、賃金の推移に様々な要因が考えられる。なかでも最も強く影響するのは企業規模である。小規模な民間企業が数多く操業している民間部門では、賃金の一部が非合法な形、あるいは下請け業者の収入として支払われている。こうした慣行は、大企業の賃金構造にも大きくかかわり、その常勤従業員の賃金をも押し下げる結果となっている(例:ケータリング、ケータリング・サービス、卸売業、小売業、建設業)。またいわゆる危機部門(例:鉱業、鉄鋼業)の法定賃金が、かつての順位を下げていることも注目に値する。
民間部門の賃金水準は市場の力に影響されるが、公共部門の賃金水準は国の経済政策によって決まる。1990年代、公共部門の賃金は全国平均に比べても、民間部門に比べても低かった。教育部門の賃金を例にとると、1992年には全国平均賃金より2%低く、2001年には6%低かった。同様に、保健医療部門でも1992年は平均を11%下回り、2001年は24%下回った。しかし行政部門の賃金は全国平均以上であった。
いくつかの分析が行われた結果、同程度の同じような職務でも民間部門のほうが10~15%賃金が高いという格差が存在することが注目された。
4. 賃金格差を起こす諸要因
民間部門においては、ハンガリーで操業している多国籍企業(MNCs)が果たす役割は重要である。多国籍企業はハンガリーに進出してきた1990年代初頭に、全体的賃金水準を引き上げることに貢献した。しかしその後は多国籍企業間に労働市場における競争がなかったことが原因となって、国内の賃金構造はほぼ安定した。多国籍企業がもたらしたその他のプラス効果として、雇用の安定化、労働文化と労働条件の向上が挙げられる(例:障害者に対する賃金慣行を評価すると、ハンガリー企業に比べ多国籍企業や外資系企業は均等賃金方針の実行が進んでいる)。
職種別に賃金水準を評価すると、一般に外資系企業や合弁企業では同じ職種でもハンガリー企業より高い賃金が支払われている。半熟練労働者の場合には32.8%、熟練労働者には59.2%、大学新卒者に対しては26.6%、中間管理職では156.2%、上級管理職では138.2%高くなっている。多国籍企業の最高管理職に対しては最高水準の賃金が支払われている。
ハンガリー経済においては、職業上の地位が賃金格差の形成に重要な役割を果たしている。別の試算によれば職位別の平均賃金は4%上がった。また、賃金水準と教育水準との関係もかなり深いといえる。詳しくは以下の表を参照されたい。
最終学歴 | 民間部門 | 公共部門 | 国民経済 |
全国平均に対する平均賃金の比率(%) | |||
小学校以下 | 66.4 | 52.3 | 61.9 |
職業学校 | 79.3 | 61.5 | 77.0 |
中等専門学校 | 107.7 | 75.7 | 96.9 |
普通中等学校 (ギムナジウム) |
107.4 | 80.3 | 97.4 |
専門カレッジ | 131.9 | 105.9 | 136.0 |
高校 | 209.1 | 105.9 | 136.0 |
大学 | 307.5 | 160.3 | 220.8 |
全体 | 105.0 | 90.0 | 100.0 |
資料出所:Erzsebet Visz(2003年)前掲書.p.42.
表4に示された数字は、教育水準が高いほど高い賃金が保証されていることをよく表しているが、なかでも民間部門において高賃金の獲得に学歴が果たす役割が大きい。公共部門では、教師や保健医療従業員が専門知識を他の職業や部門に転用できないことから、教育の役割が過小評価されている。
最後に、1人当たり平均賃金という指標を使うと、1989~2001年の間に賃金の地域格差が拡大したことに言及する必要があるだろう。
年 | 中央ハンガリー | 北部大平原 |
1989 | 11719 | 9675 |
1992 | 27172 | 19563 |
1993 | 32450 | 24025 |
1994 | 43010 | 31131 |
1995 | 46992 | 34704 |
1996 | 58154 | 41122 |
1997 | 70967 | 50021 |
1998 | 86440 | 58208 |
1999 | 101427 | 68738 |
2000 | 107978 | 67446 |
2001 | 125517 | 80834 |
出所:Erzsebet Viszt(2003年)前掲書.p.43.
最も発展した地域(中央ハンガリー)と開発の遅れた地域(北部大平原)の賃金格差は1980年代末には19%であったが、2001年にはその差は41%に広がった。中央ハンガリー地域(この地域は首都とその周辺で構成されている)が賃金順位で高い位置を占めるのにはいくつかの要因がある。最も重要な要因の1つは、低賃金の非熟練工業労働者の大部分を擁する工業が首都から移転してしまい、それに代わって高賃金の金融サービス業や多国籍企業の本部が首都に進出してきたためで、これらの部門が全国でも最も高い賃金を支払っているためである。
注
- Erzsebet Kun, J.(2003) “A minimalber-emeles szine es fonakja,(Leginkabb a kisvallalkozasokat sujtotta-A legtobb cegnel berfeszultseget okozott(最低賃金上昇のプラスとマイナス影響), Nepszabadsag, Julius 21., p.5.(ハンガリー語)
- Peter Dunai(2003), Riaszt a bernovekedes(賃金上昇が海外直接投資家の意欲を弱める),Nepszabadsaag, Julius 16, p.18
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