IGメタル、東独地域の週35時間労働要求をめぐるストで全面敗北

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

カテゴリー:労使関係労働条件・就業環境

ドイツの記事一覧

  • 国別労働トピック:2003年9月

ドイツの金属・電気業界では、金属労組(IGメタル)が東独地域の週35時間労働を要求する賃金協約交渉が2003年5月に決裂したことを受け、同労組は6月初めから無期限の本格ストライキに打って出ていたが、ストは自動車産業で西独地域に波及して、有力大手自動車企業の生産ラインが止まり、折からの景気と労働市場の低迷の下でのこのような強行手段に対する各界の強い批判の下に、6月28日にストは4週間を経て中止され、同労組の全面敗北が決定した。

以下、スト開始から終結までの経緯の概要と、IGメタル敗北の影響について記する。

(1)スト開始から終結までの経緯

IGメタルは2003年初頭から、ドイツ再統一後13年を経て、現在週38時間の東独地域の労働時間を西独地域の週35時間にまで短縮して、両地域の格差を解消することを今年の賃金協約交渉の目標として打ち出していたが、実際、協約交渉で金属連盟に対して賃下げなしの労働時間短縮による格差解消を要求した。しかし金属連盟側は、西独地域に比して東独地域の生産性が低いことから、コスト面で到底受け入れがたいとしてこれを拒否し、他方IGメタルは警告ストなどで圧力を強め、交渉は難航して5月12日に決裂、IGメタルは本格ストのため組合員による原投票(Urabstimmung)を経て、6月2日にストを開始し、東独地域のザクセン、ベルリン・ブランデンブルグ地区で順次ストを実施した。

スト開始の直前に、カネギーサー金属連盟会長は、IGメタルの週35時間労働要求は、1日36分の労働時間の短縮をもたらし、これは労働時間が長いという東独地域の企業立地条件の優位性に決定的な不利益となり、2万人の雇用が失われると警告した。だが、IGメタルは2002年のスト(本誌2002年8月号参照)よりもさらに強く打って出るとして強硬姿勢を崩さず、西独地域にもストの影響を及ぼすとし、実際、その後ストの拡大は特に自動車産業を巻き込むことになった。すなわち、ストによる部品生産の停止の影響が西独地域に及び、自動車大手BMWは6月23日、ミュンヘン工場などで主力モデル「3シリーズ」(3er-Reihe)の生産を停止し、1万人が自宅待機を余儀なくされ、同じく大手フォルクスワーゲンも6月27日、ウォルフスブルグ本社工場での主力モデル「ゴルフ」(Golf)等の生産停止を余儀なくされた。

ドイツの労働争議では、ストの長期化による業績低下を嫌って、使用者団体加盟企業の中に労組の賃上げ要求に妥協する企業が出て、使用者団体側に加盟企業分裂の試練が伴う傾向がある。しかし、今回は東独地域の金属業界の使用者団体が6月半ばに強力な防御戦線を築いて、あくまでIGメタルの要求受け入れを拒否し、さらに、経済の低迷と大量失業状況(東独地域では失業率約20%)の下でのIGメタルの強硬路線には、各方面からの批判が強かった。

政界では、シュレーダー首相が目下のドイツの経済状況からストは理解しがたいとした。また、クレーメント経済労働相が、東独地域の週38時間労働について、企業の立地条件としてまだ有利であり、現在同地域は外国企業を初めとする多くの企業の投資を必要としているのに、今回IGメタルが週35時間要求ストを実施したことは、大量失業という誤った時期における、東独という全く誤った場所でのものだと強く批判した。

このような状況で、上述のように、ストの影響が西独地域の大手自動車企業の生産停止に及ぶ中で、批判は強まり、ゴットシャルク自動車産業連盟(VDA)会長は、生産拠点を東独地域から東欧に移転すると警告し、電機大手のジーメンス社などからも類似の発言が続いた。さらに、ストを実施している東独地域の部品生産会社の工場で、組合員とスト反対の従業員の対立も生じ、IGメタルのスト指令の統一性にも問題が生じた。そして何よりも、この景気・労働市場の低迷下でのIGメタルの強硬路線に対して、マスコミ・市民の批判が強まり、6月27日に労使交渉は再開され、ツビッケルIGメタル委員長とカネギーサー金属連盟会長のトップ会談を経て、同委員長は28日にスト終結を宣言し、IGメタルはストの目標を達成することなく、全面敗北となった。再開された交渉では、東独地域で労働時間を短縮する前に、単位生産当たりの労働コスト(Lohnstuckkosten)を下げる等、東独地域で一定の経済的な条件が満たされなければならないとの使用者側の要求をIGメタルも受け入れたが、このようなストの目標達成を伴わぬ同労組の全面敗北は、1954年以来の歴史的なものである。

(2)IGメタルの敗北の影響

歴史的な敗北の影響として、以下のことが指摘されている。

IGメタルの敗北の背景には、2004年5月から欧州連合(EU)が東欧諸国に拡大し、チェコ、ハンガリーなど加盟諸国の労働コストの安い豊富な熟練労働力が、ドイツの製造業の脅威になり始めたという事情がある。これらの諸国は、日本も含めて、外国の自動車メーカー等の進出先として注目されているが、ストの最中に既に使用者側から指摘されたように、IGメタルの今回のような強硬なストにより、企業立地条件の問題から、今後東独地域から東欧諸国へドイツ製造業の生産拠点の移転が進む可能性がある。

従来から、産業別労働協約で一律に賃金・労働時間を規制するのではなく、使用者団体に所属する企業の業績に応じて、企業レベルで労働条件を決定する弾力性を、開放条項の活用等で進めるべきだと、特に経済界・野党から指摘されてきた。そしてシュレーダー首相も今回のIGメタルの全面敗北を受けて、赤・緑(社会民主党・緑の党)連立政権もこの問題に立法的に対処する可能性を否定しないとしており、ドイツの労使関係の要となってきた産業別労働協約の制度面での改革が、今後さらに論議されることになろう。

a.とb.については、従来から議論があるだけでなく、昨年(2002年)の賃金協約交渉におけるIGメタル等の強硬路線と関連して、学界等から指摘されたが、これとは別に、今回のIGメタルの全面敗北は、次期委員長の決定に大きな影響を及ぼす可能性があるとされている。すなわち、今回のIGメタルの歴史的敗北で、同労組内には労働界をリードしてきた同労組の地盤沈下の危機感が生じているが、この敗北は同労組内の強行派の敗北であり、特にストを指導した強行派で賃金問題の最高責任者であるペータース副委員長に対する批判が強まっている。同副委員長は、同労組内の改革派と強行派の対立の中で、勇退するツビッケル委員長の後継者に4月に指名されたが(本誌2003年7月号参照)、スト敗北後、同労組の最高幹部の一人は、ペータース氏の委員長就任の可能性は50%以下になったとしており、次期委員長選出とIGメタルの将来の路線についての今後の動きが注目される。

2003年9月 ドイツの記事一覧

関連情報