国務院、労災保険条例を公布

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年9月

国務院は、労災保険条例(注1)の公布と、2004年1月1日からの施行を発表した。この条例により、大幅に労災保険政策が改善される見通しとなった。

1 労災保険制度の歴史と法的効力

(1) 労災保険制度の歴史

中国の労災保険制度は、1951年に試行され、1952年に修正された「労働保険条例」に組み込まれて開始された。しかし、対象範囲は、国有企業の労働者、党職員、それと公務員に限られていた。

しかし改革開放政策以後、郷鎮企業、私営企業、外資系企業などで就労する労働者の増加とともに、就業場所も多様化した。このため、国務院は、1994年に「労働法」を公布し、広く労働政策の法的整備を進めた。同労働法第70条で労災保険制度を社会保険制度の主要内容の1つであると明確に規定した。

1996年、労働部(現在の労働社会保障部)は、「企業職工工傷保険試行方法」(以下、試行方法と略記)を公布したとともに労災認定の基準である「職工工傷与職業病致残程度鑑定」を示した。こうした内容は、1996年10月1日より施行され、2002年末で、全国の28の省、自治区、直轄市で加入者は、4400万人を超えた。

国務院は、こうした各地の経験を基に今回の労災保険条例を制定した。

(2) 法的効力

中国の法体系では、法的効力は、以下の表のように大きく4つのランクに分かれる。

中国における法律の等級
等級 法律の種類
第1等級 憲法
第2等級 一般の法律
第3等級 国務院が公布する「行政法規」と呼ばれる法律文書
第4等級 国務院の各部門(労働社会保障部、衛生部など)、省、自治区、直轄市の人民政府が公布する「行政規章」と呼ばれる法律文書

1996年の試行方法は、第4等級、今回の労災保険条例は、第3等級に属する。

法的効力において、現状では1,2等級と3,4等級の格差が非常に大きい。今後、この労災保険条例が、試行錯誤を重ねる中で一層整備され『労災保険法』が作成されれば、第2等級に格上げされ大幅に法的拘束力が強化されると予想される。

2 労災保険制度の特徴

(1) 加入対象範囲の拡大

労災保険条例は、企業の形態、雇用の形態を問わず全ての企業の労働者に保険加入の権利を与えている。

企業の形態別では、国有企業、集団企業、合弁企業、私営企業、自営業など全てが含まれる。現在、政府は、失業者、下崗労働者による、起業を推進している。急速に増加する自営業者の多くは、労務管理が未熟という事情のためそれらの企業での労災事故も多く、しかも無保障というケースが多かった。こうした企業では、試行方法では、対象外だったが、新制度では、対象に含められた。

雇用の形態別では正規雇用の他に、労働契約が書面で交わされてない短時間就労の労働者に対しても加入させる義務を負う。この結果、使用者側が、書面による取り決めが無いことを理由に、労働者を労災保険未加入状態にすることは出来なくなった。

(2) 労働者の保険料負担免除を明確化

1990年代、労働社会保障部は、各種社会保障制度を整備してきた。その結果、労働者は、計画経済体制下では存在しなかった『保険料支払いの義務』を課されることとなり労働者が『保険料支払いの義務』を受け入れ、制度が安定するまでに時間を要した。

しかし労災保険条例第10条は、労働者の保険料支払いの義務を免除している。このため、労働者が受け入れやすい制度となっている。

(3) 基金管理の厳格化

労災保険条例は、基金管理を厳格化した。

各企業には、保険料納付の義務が課された。保険料は地方政府が運営する労災保険基金に入れられ、利子と共に厳格に運用・管理される。これにより、使用者が、保険料を納入せずに、株式へ投資したり、各種借入金へ充当したり、あるいは、労働者報奨金の支払いなどに当てるなどの不正行為、さらには、地方政府の指導者が他の財源と混ぜ合わせて基金の存在を不明瞭にしたり、他の事業に流用するなどの操作も出来なくなった。

(4) 給付範囲の拡大

給付範囲については、通勤災害に関するものが最も大きな変更である。試行方法では、通勤途中で発生した交通事故に対する補償は、本人に過失責任が全く無いか、あるいは主要な過失責任者では無い場合にのみ労災認定がなされた。

しかし労災保険条例では、通勤途中の自動車、電車などの事故は全て労災認定が受けられるようになった。

(5) 使用者側の労災申請義務を明確化

試行方法では、企業は、労災事故発生日、或いは職業病の診断なされた日から15日以内に当該労働部門に労災事故発生を報告し、労働者またはその親族は、労災事故発生日、または、職業病の診断がなされた日から15日以内に当該労働部門に労災保険の申請をするようになっていた。特殊な事情の下でのみ30日までの延長が認められた。

しかし、使用者側が労災として報告するのを躊躇したり、労働者の労災制度に対する認識不足から申請が遅れ、保険金を請求する権利を失ってしまう事例が多々あった。

このため、労災保険条例では使用者側に、労働部門への労災認定申請を義務づけるとともにその期限を労災事故発生の、或いは職業病の診断がなされた日から30日以内と定めた。

また、使用者側が、労災認定申請を渋った場合は、被災労働者、或いはその直系の親族、工会が、労災事故の発生した日、或いは職業病の診断がなされた日から1年以内に、使用者側を通さずに直接当該地域の労働部門に労災認定手続きをすることが出来るようにも改正された。

3 今後の課題

(1)保険料率

労災保険条例では、各業種毎に、事故発生回数、傷病発生頻度、被労災労働者に占める死病者数の比率などを参考に、業種別の労災危険度の分類がなされ、このデータに基づいて業種別の保険料率が制定される。調整は5年毎。

しかし、業種別労災リスク分類と各業種別保険料率は、今回の発表には、間に合わなかったため、施行日前までに公布すると補足している。

(2)労災の診断方法と労災基準

中国の職場においては『関係』と呼ばれる人間関係が重要視される。このため、従来は、『関係』の「濃さ」や「内容」により、単位内に設立された病院の医師が、不正な診断書を書くなど、障害等級の認定と労災補償給付金の決定おいて多くの問題が生じていた。

こうした問題は、「職工工傷与職業病致残程度鑑定」の施行によって一部、改善された。

労災保険条例ではさらに改善を進め、「労働能力鑑定標準」は、労働社会保障部と衛生部が合同で作成する。また、障害の状態を鑑定する労働能力鑑定委員会は、各省級政府と市級政府に組織され、委員は、人事行政部門、衛生行政部門、工会、使用者側の組織、事務局などから構成される。

地方の委員が、『関係』を考慮せずに公正な鑑定を実施するには、制度的にさらに緻密にする必要があると見られている。

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