講演録:第6回国際フォーラム
ドイツ労働市場改革の現状(2005年2月14日)

ローマン教授講演

お話を始めます前に、2つだけお断りしておきたいと思います。本日のテーマは極めて新しい事柄でございます。従いまして、場合によっては、私が皆様のご質問すべてにお答えするわけにはいかないという場面も出てくるかと思います。第2番目のお断りと申しますのは、このテーマにつきましては今非常に大きく議論がなされているところでありまして、様々な意見がありますところから、本日、私はドイツを代表して、ドイツで既に一般に了解がなされているような点についてお話するということではなく、あくまでも私自身の立場に立ってお話するということを申し上げておきたいと思います。

1.失業の実態

こうした改革の出発点になりました背景の事情は、ドイツにおきましてはもう何年もの間非常に失業率が高く10%を超え、400万を超える人々が失業する状態が続いていたということでした。先ほどのお話にありましたように、今年の初めに失業者数が500万人の大台を超えて大変大きな話題となったわけです。これにつきましては、従来は社会扶助――日本的な生活保護ですけれども、その受給者として失業統計には載っていなかった人たちも、今回は失業者として統計に集計されたといった影響もあります。平均的に10%以上の失業率であるというその言葉からだけでは、国内の失業問題がどれだけ深刻であるかはなかなか分かりづらい部分があると思います。

ドイツ国内においては、失業の地域格差が非常に大きくなっております。新しい連邦の州、旧東ドイツの諸州においては非常に失業率が高く、旧西独の地域では失業率が低いという現象があります。旧東独地域は失業率が18.4%、旧西独については8.5%となっています。最も失業率の高い連邦の州はドイツ東北地方のメクレンブルク・フォアポンメルン州で22.1%、最も低い州はドイツの西南の地域にありますバーデン・ヴュルテンベルク州で6.9%です。

失業率の高さはどのような教育・訓練を受けたかということによっても非常に大きく左右されます。職業訓練、職業教育などを受けていない人の失業率は22.6%、中程度の教育、職業訓練を受けた人は8.8%、そして、大学の修了者は3.7%と非常に低くなっています。

こうした高失業率の背景にはどのようなことがあるのかということを、少しソフトな面から見ていきたいと思います。まず第1に挙げられるのが、国内外の景気の低迷という要素です。次に生産性と労働コストのアンバランス、互いにマッチしていない現実があります。さらに、文化的側面から見た場合には、基本的な労働モラル、モチベーションが低下してきているということも考えられると思います。これらがきちんとした相関関係にあるのかについて私は実証したわけではありませんが、カトリックの地域においては失業率が低く、プロテスタントと考えられている地域においては高いということです。

このようにいろいろな要素を分析した結論として、どのような対策をとるべきかが引き出されてくると思います。やはり職業教育、職業能力を向上させる対策が非常に大事ですが、特に失業者に対する職業資格の付与が大事な対策になってくると思います。先ほど申しましたように、教育・訓練のレベルが高ければ高いほど失業率が低くなっており、こうした対策が有効であると考えられるわけです。また、次に必要な対策として挙げられるのが、労働コストの削減です。労働コストといっても単に賃金だけではなく、賃金附帯費用と言われる法定福利費用を引き下げていくことも考えなければなりません。最後に挙げられるのが、失業者に対して経済的なインセンティブを与えることと、制裁措置を考えるということです。先ほど、労働に対する意欲が低下していることが1つの背景として挙げられたわけですが、もしそうだとすれば、労働意欲の低下を二次的に補うものとしてインセンティブを考える必要があるのではないかと思います。

先ほどのご紹介にもありましたように、私の大学はベルリンにありまして、かつては西ベルリン地域にありましたが、現在は東ベルリン地域にあります。そのため、私どもは東西のドイツ、東西のベルリン、その中間にある雰囲気がどういうものなのかがよく分かる立場にあります。そこで出てくる問題に、東西の賃金格差を機械的に一律にすべきかどうかということがあります。生産性に差があるにもかかわらず、その差に目をつぶって、東西の賃金格差を単に機械的に合わせればいいのかということが1つの問題点として出てきます。旧東ドイツの方々はこのようなことを言います。「我々は東ドイツにおいて40年の長きに渡り不自由な生活を強いられてきたのである。しかしながら、そうした中で、自らの力で民主主義的な変革を遂げたのだ。従って、ドイツ全体の豊かさの恩恵にあずかる権利を我々も持っているのだ」と。こういう人々に対する、西側の人々の答えはこういうものです。「我々は西ドイツにおいてこの豊かさを築き上げるために40年の間額に汗して働いてきたのだ。東の人々も、豊かさを享受したいのであれば、まず、それだけ長い時間をかけて自分たちで働いて築き上げていかなければいけないのではないか」と。私はこの両者の主張はどちらも正しいと思います。東ドイツの人たちが言っている主張は、政治的な観点から見た場合に正しい主張であると言えます。また、西側の人たちが言っていることは、経済的な原理に立ってみればもっともな主張であると言えます。

2.就労の促進

こうした様々な問題があるわけですが、労働市場におけるいろいろな問題についての対策が、古典的には社会法典の第III巻において講じられているわけです。就労促進、雇用促進の目的、そして、その課題となっているのは失業をあらかじめ防ぐことと、失業期間を短縮するということです。

その目的を達成するために様々な施策がありますが、まず第1に挙げられるのが職業訓練の市場と労働市場の需給関係をうまくバランスをとっていくことであり、また、地域格差についてもバランスをとっていかなければいけません。また、職場に空きが出た場合には、できるだけ早くそこに新たな人を採用して埋めていく必要があります。ある人が仕事に就きやすくするためには、その人の知識・技能を拡充していく必要があります。さらに、雇用促進の枠内でとられるさまざまな施策の中で、少し幅広い観点から考えられているのが、ある人が持っている能力にふさわしい仕事を得られるようにすることで、その人の持っている能力以下の低賃金労働に就かなくても済むような施策も考えられています。また、こうした雇用促進対策によって、地域の雇用情勢に対する好影響、あるいは、インフラの促進にも好影響を与えたいということがあります。

こうした中で給付が行われますが、その給付が対象としている人々には幾つかのグループがあります。その第1のグループとして挙げられるのが働く人々、被用者です。給付、サービスの具体的な例として挙げられるものに、学校を卒業して、社会に出る場合に、どういった職に就いたらいいのかに関する助言活動があります。また、職業紹介も提供されます。もし、ある時点において、直ちにどこかに就職するチャンスがないような場合、将来自営で何かを始める場合には移行援助金が給付されます。給付の1つとして職業教育・職業訓練に対する支援金、補助金があります。また、特に障害者などの就職をしやすくするために、職場を障害者の就労に適した形に改善していく必要があるわけです。そうした目的のためにアシスタントを雇用することに対する支援などもあります。また、仕事の量が減ったことによって直ちに雇用している人を解雇する必要がないように、短時間労働という制度もあります。建設業の分野については、1年を通じて雇用を確保する目的のために、例えば、冬季手当という形での財政的な支援があります。また、失業した場合には、被用者に対して失業給付金が支払われ、会社が倒産することによって職を失った場合には、倒産によって職を失った場合の給付金が支払われます。

以上、挙げましたのは、法律によって定められている施策ですが、そのほかに労働行政の自由裁量によって実施することができる施策もあります。こうしたものの例として挙げられるのが、就業に関する助言活動を支援していく対策や職業紹介活動を支援していく対策などです。同じように労働行政の自由裁量でできる施策としては、失業者が自己の職業能力について判断し、どのような教育を受ければ再就職できるのかということをきちんと考えていくための施策というものもあります。また、例えば、障害者が就職した場合に、公共交通機関では職場に通えないような場合に、移動の手段に対する支援を行う。あるいは、就職するために引っ越しをしなければならない場合に、引っ越しのための支援を行うといったこともあります。また、職業訓練・職業教育にかかる費用に対して、そのコストを支援・負担する給付もあります。

また、被用者側に対してではなく、使用者側に対する給付サービスもあります。その1つとして挙げられるのが労働力の仲介です。この仲介サービスについて使用者側は費用を支払う必要はありません。また、ほとんどの場合期間が区切られていますが、労働報酬に対する給付金、補助金もあります。それから、もう一つのグループとして、自治体などに対して、いわゆる失業対策事業を行うための支援も行っています。それによって新たに雇用をつくり出すことになります。

こうした施策の中で基本とされていることは、積極的な就労促進の重視で、それまであった労働報酬をある程度補助金で補う受動的な対策に重きを置くのではないということです。もちろん、このようなサービス給付や現金給付を行う際には、経済的に節約を旨とすることがうたわれています。ただし、連邦会計検査院は常にこうした原則にのっとっていない例を発見しています。

もう一点申し上なければならないのは、新しい法律は、常に、女性の活動を促進する意味で、ジェンダーの視点が取り入れられていることです。仕事と家庭の両立は関係者のすべてにかかわる問題でもあります。さらに、障害者をできるだけ社会一般のプロセスに巻き込んでいくということも常に重視されているポイントです。

さて、それでは、失業した場合に、具体的にどういう形で今申し上げた施策を展開していくのかということです。ある人が失業者であることを届け出た場合に、その段階で、その人がどういった職業能力を持っているのか、どういった適性を持っているのか、できないことは何なのか、障害は何なのかということを把握します。そして、それをベースに、個々人に応じて何が必要なのか、これからの対策の方針を考えていきます。ただし、連邦の雇用機関、あるいはドイツの雇用機関がこうした作業で直接扱い切れないような複雑なケースに関しては、雇用機関はその目的に適した他の機関に該当者を送ることができることになっています。

このようにして行う第1段階は、いわば診断の段階に当たるわけですが、それをもとにどういう治療を行うかを決めます。その治療方針が「再就業の取り決め」と言われている合意書です。そこには、失業者が再び就職をするまでのプロセスにおいて、失業している人は単に労働行政が何らかの施策を行う対象物という受身の立場にあるべきではないという考え方があります。失業者自身も自ら積極的にかかわってもらうことで、失業者との間で合意するわけです。

この「再就業の取り決め」という合意書は2ページにわたっていますが、第1ページには、その人に対してどのような積極的な雇用政策がとられるのかが書かれていて、雇用機関の側が失業者に対して何をするのかについてきちんとまとめてあります。それに対して2ページ目は、失業した人が再就職のために自らどのような努力をしていくのかをきちんと書きとめ、合意書として取り交わす内容となっています。この「再就業の取り決め」の合意書は、極めて重要な文書であるということを失業者にも分かってもらうために、きちんとした契約書のような形で判を押したものを本人に渡しています。ただし、この合意書の中に盛り込んだ事実に対して、新たに別の事実が出てきた場合に、合意書の内容は新しい知見に基づいて改訂されていきます。この合意書の内容については、6カ月ないし3カ月の期間を置いて、どれくらい進捗しているかがチェックされます。

もし、直ちに再就職ができなかった場合には、昔の言葉で言えば失業給付金、現在の段階では失業給付Iが得られることになります。この失業給付Iは、古典的な雇用促進対策の大きな枠の中で認められている給付です。これは失業保険制度という社会保険の1つからの給付金で、社会保険ですから、保険の権利を発生させるための一定の待機期間というものが定められていて、通常12カ月の保険加入期間が必要です。

また、この失業給付を受けるための条件として、職業紹介を行う雇用機関の側が何かを言ってきたときに、常にそれに対応できるような体制をとっておかなければいけません。それに加えて、失業者にも休暇規定があります。例えば、雇用機関から何か文書での連絡が行った場合に、すぐにそれに反応できるように毎日ポストをのぞいて、郵便が来ていないかをチェックしなければいけないし、要求があった場合には自ら雇用機関に出向いて、そこで何らかのミーティングを行わなければなりません。また、受け入れ可能な妥当な職が紹介された場合にはそれを受け入れなければならないし、必要とされた能力向上訓練などの対策にも参加しなければなりません。さらに、先ほど言いました「再就業の取り決め」書の中で、自らがやらなければいけないこととして義務づけた内容を忠実に行わなければいけません。具体的には、自分でも職を探す活動をしなければなりませんし、採用してもらうための応募書類、履歴書などを書いていろいろなところに送るなど、積極的な活動を行わなければなりません。このような義務を履行しなかった場合には、その制裁措置として失業給付の停止、一定期間の失業給付カットが行われます。

そこで問題になってくるのが、受け入れ可能な仕事とは具体的にどういうものなのかという問題だと思います。一般的には、失業している人の能力に応じて、その能力でこなせる仕事であれば、非常に特殊な個人的理由がない限り、受け入れ可能な仕事として引き受けなければならないと定められています。しかしながら、事業所組織法などの基本的な労働法規にもとるようなものであってはいけません。

受け入れ可能な仕事を報酬面から見ると、このような職であってほしいという失業者の関心と、ポストが空いている場合にはできるだけそこに再就職する人をつけたいという雇用機関の関心があって、そのバランスをとっていかなければならないわけです。失業者が持っている職業能力から見ると給料が安いところであっても、ある程度再就職してもらわなければなりません。その両者の利害・関心が相反するところをうまくバランスをとって受け入れ可能であるとしているラインが、例えば、再就職後の最初の3カ月については、それまで働いていた給料よりも2割減の給料であっても、これは受け入れ可能な職であると考えます。また、失業期間が3カ月を超えている場合には、それまでの報酬よりも3割少ない職であっても受け入れ可能であると考えます。

以上が一般的な再就職に向けての戦略ということになるわけです。それがうまく行かない場合には段階的に条件が厳しくなっていきます。受け入れの可能性を判断する際のもう一つ別のファクター――先ほど言いましたのは給与という面からの判断ですが――は職場までの通勤距離がどれくらいであるかということです。通勤距離に関しての受け入れ可能な限界という線引きは、1日の労働時間が6時間以上である場合には、通勤時間が往復合わせて2.5時間というところで線が引かれます。この2.5時間というのは日本ではそれほどひどくないように思えるでしょうが、時間というものに対する理解は各文化圏によって非常に差があるということを私自身体験しております。失業の期間が4カ月を超えてしまいますと、再就職のために別の土地に引っ越しをするということがあっても、これは受け入れ可能な職であると判断されます。

失業給付Iの給付額は、社会保険ですので、払い込んだ保険料に依存しています。保険料に依存をするということは、すなわち失業する前に得ていた報酬額に依存した額になってくるということです。一般的には以前の収入の約60%で、子供がいる場合には7%が上積みされます。ですから、大ざっぱに計算をいたしますと、職を失う前の生活の3分の2の部分がこの失業給付Iで保障されるということになります。以前はこの給付期間は最高で32カ月でしたけれども、現在は最長で12カ月ですし、55歳以上の場合には最長で18カ月です。このように受給期間が変わってきたことの背景には、政策の方針が変わってきているということがあります。以前は、若い人たちに雇用の機会を与えなければいけないということが大きく言われていた時期がありました。そのようなときには、社会保険に対して財政的な負担が多少かかっても、中高年はできるだけ早く退職して、若い人に職場のポストを明け渡したほうがいいと言われていました。

しかし、1つ大事なポイントとしてここで言っておかなければならないのは、失業しても社会保険による保護は継続される必要があるということです。社会保険は失業保険に入るわけですが、失業している場合には、失業保険の保護は一応関係がなくなります。それ以外の社会保険による保護は失業の期間も継続していく必要があるわけです。

3.連邦雇用庁のスキャンダルとその結末

このようにして労働行政が雇用促進のために幅広い施策を展開していたわけでありますが、そこで労働行政サイドに非常に大きなスキャンダルが起き、そのことによって極めて重大な影響がいろいろ出てきました。連邦の会計検査院が、連邦雇用庁が行政においてうまく機能していない、きちんとした業績を上げていないと指摘し、それに加えて統計に人為的な操作があったことを明るみに出しました。その結果として、短期的な施策と長期的な施策という2つの分野において、スキャンダルを受けた対策が講じられることになったわけです。短期的な対策は、連邦雇用庁の行政のあり方を民間一般の、例えば、株式会社の経営と同じようなスタイルにするよう組織を改変したわけです。その改組により連邦の雇用機関となりましたが、そこの専任の理事長――単純に訳すと理事長となってしまいますけれども、一般私企業の場合に代表取締役という言葉が使われているものと同じです――が行政を運営をしていき、同時に私企業と同じように監査役会という制度もつくって、その監査役の方々が雇用機関の仕事ぶりについて常にチェック機能を働かせるということになりました。

さらに、長期的な対策を考えていくために、2002年2月22日に「労働市場における現代的サービス委員会」という委員会が発足をしました。この委員長になった方がペーター・ハルツ氏です。そのため、ハルツ委員会とも言われています。ハルツ氏はフォルクスワーゲン社で人事担当の重役だった方です。フォルクスワーゲン社は、過去にも社会政策面、あるいは雇用対策で非常に斬新な手法を取り入れ、一般の注目を集めた企業です。例えば、「5000×5000」といったプログラムがあって、5,000人の失業者を雇用するかわりに、その人たちに対する報酬を引き下げた形で雇用するプログラムも行っています。この委員会の構成は、委員が15人で、各界を代表する方々が委員となっています。経営者側と労働側、研究者、経済の分野では経済のコンサルティングなどの専門知識を持っている方、あるいは、経営そのものに携わっている経済人、労働行政や地方行政の関係者など、非常に多様な各分野を反映する構成でした。

2002年2月に発足をした委員会ですが、8月にはもう報告書を提出いたしました。その報告書の中に13の「イノベーションモジュール」というものを取りまとめています。ここで細かくは触れませんが、これら非常にたくさんの「イノベーションモジュール」の中から、後のハルツ第Ⅰ法、Ⅱ法、Ⅲ法、Ⅳ法として、実際に法案にまとめられていったわけです。ただ、ここで指摘しておきたいのは、このような政策に対する構想を練ってその報告を取りまとめ、方針を出すということは、本来は政治サイドが行うべき課題であると私は思うわけです。非常に微妙な問題であったり、回答が難しい問題の場合には、政治の側が非常に簡単に何らかの専門家会議、あるいは有識者会議に諮問をゆだねるという手法がとられています。そのようなやり方をすることによって、政治が引き出される結論から1つクッション置いて、だれかの陰に隠れてしまうことができるわけです。全く同じようなやり方で、いわゆるリュールップ委員会というものもありました。これは社会保険の財政問題について解決を図るための委員会です。

ハルツ委員会の答申を受けて、「労働市場における現代的サービス」のための4部構成の法案がつくられ、今日、ハルツ第I法から第Ⅳ法と一般に言われています。これについては政治的に大議論が巻き起こりましたし、現在でもその議論は続いています。社会民主党と労働組合との間の関係にも非常に微妙な影を落としました。また、政党から脱退して、別の政治組織をつくるといった動きもありました。また、昨年来、いわゆる「月曜日デモ」が、ハルツ法に反対するために行われています。ちなみに、「月曜日デモ」は、旧東独時代に民主化を要求する市民が非常に大規模なデモを組織して、毎週月曜日にデモを行っていました。その呼び名が「月曜日デモ」だったわけです。その当時の「月曜日デモ」に比べれば、ハルツ法に対抗する「月曜日デモ」は確かに規模の点からは小さいかもしれません。ただ、ここで「月曜日デモ」と言われたということは、あの当時の東ドイツにおいて、民主主義を要求する大きなうねりがあったことを念頭に置いた上で、ハルツ法が持っている問題の重要性を指摘しようという思いがあったのではないかと思います。

4.ハルツ第Ⅰ法

さて、それでは、具体的にハルツ第I法に話を進めてまいります。ここでのポイントは、ドイツ全国に人材サービスエージェントを導入することです。全国の労働局はそれぞれの担当地域を持っていますが、それぞれの労働局が、その地域に既に存在しているか、あるいは新たに設立される人材派遣会社と契約を結んで人材サービスエージェントを設けることになります。人材サービスエージェントの業務は、具体的に人材を派遣するサービスを行うことによって失業者に対して働く場を与えることであり、同時に、職業のあっせんを行うことです。さらに失業者で派遣をされていない時期には職業能力の付与対策として職業訓練、あるいは能力向上訓練などを行います。

こうした人材サービスエージェントを設ける決定を行った背景には、経営者側が、失業者を新たに直接雇い入れ、その人との間で労働契約を結ぶことよっていろいろな義務が発生することがあります。それに対して逡巡するような経営者でも、人材派遣会社との契約であれば比較的簡単に人材の派遣を受ける傾向があることが指摘されています。失業者にとっては、自分が持っている職業能力を維持していくためにも、こうした派遣サービスを受けることは大変よいことですし、派遣サービスの中で新しい仕事、業務などを行うことになれば、自らの職業能力をさらに拡大させていく点でメリットがあります。人材派遣で派遣をされる失業者が得る労働報酬の額は、実際に失業給付で得る額よりも少ないのですが、その差額分については失業保険側が支払うことになります。従って雇い入れるほうも安い報酬で人を雇うことができるメリットがあります。

このような人材派遣サービスを行うことによって2つの効果が出てきています。1つの効果は、継続的な派遣の状況から通常の雇用関係に移行していくことです。こうしたケースが3分の1ぐらいあります。他方、人材派遣を全く受けたくない人々の中には、失業給付を受けることをやめてしまう者も出てきています。こういう失業者は派遣を受けたくないし、もう働きたくない。単なる福祉給付だけをもらえばいいと思っています。そういう人々を、ほんとうに職を探している人々からふるい分ける効果も出てきています。

また、ハルツ第Ⅰ法の中のもう1つのポイントは、職業再訓練にどういった方向性を加えたらいいのかということで、職業訓練対策を充実させていくことです。職業訓練実施の構造を変えていくことで、職業訓練の実施主体の改革や職業訓練を受ける側の失業者の選択の自由をより広くすることが考えられています。

5.ハルツ第Ⅱ法

ハルツ第Ⅱ法の中心になっているのがいわゆる私会社、「Ich-AG」というものです。先ほど、自営したい人に対しては移行援助金があると申しましたが、それに加えて、ハルツ第II法では起業補助金という制度がつくられました。給付を受ける際の条件は、事業計画に基づく経済的な収益見通しを作成しておかなければいけないということです。それから、予想される収入が年間2万5000ユーロを超えないことです。このような条件を満たした者に対しては最長3年まで、この事業が安定していく過程において、それぞれの段階での支援・補助金が与えられます。

それから、もう一つの新しい制度が「ミニジョブ」です。この「ミニジョブ」によって、規模は小さくとも非常に数多くの雇用が創出されることをねらっています。「ミニジョブ」の場合、所得が400ユーロまでは働く側にとっても、雇う側にとってもいろいろな手続きが簡素化されることになります。その次に、400ユーロから800ユーロまでの分野は移行ゾーンと定義され、その扱いも少しずつ変わっていき、800ユーロを超えると正規の雇用関係とみなされます。

6.ハルツ第Ⅲ法

ハルツ第III法は、2004年初頭に施行されました。これまでの労働行政の名称が「連邦雇用機関」に変わり、各地のかつては労働局と言われていたところに「ジョブセンター」がつくられることになりました。このように名称を変えることで、職業紹介行政は何よりもまず顧客に対するサービスなのであって、単なるお上による行政ではないということをアピールしました。ですから、これまでのように、ともすると長い間失業している期間をうまく管理しようという行政のあり方ではなく、できるだけ早く再就職につなげようというサービスを行っていくようになりました。

また、労働組織の面においても内容的に少し変わり、労働行政の中間レベルのところでの自立性があまりなくなりました。ですから、労働行政は中央レベルの一番トップと、最も底辺にある各地域の労働行政、その2つが今非常に重要な意味を持つようになったわけです。この組織の持っている人的、あるいは組織的な力を失業者に対する相談業務、あるいは、失業者を活性化させ、その人に積極的な姿勢を持ってもらうようにするための支援、そして職業紹介業務に集中するよう変わってきました。

コミュニケーションについても、迅速な形態を採用するため、インターネット、Eメールの活用、コールセンターの設置なども行われています。また、バーチャル労働市場を立ち上げ、求人、求職双方がインターネットのポータルサービスを経由して、できるだけ早く人や職を探すことができるようになりました。

この一連のハルツ法と並んで、もう一つ、労働法の変更がありました。それは解雇防止規定の変更で、失業給付の受給期間が最長12カ月に短縮されました。

7.ハルツ第Ⅳ法

2005年初めに施行されたハルツ第Ⅳ法の最大の特徴は、失業扶助と社会扶助を統合することです。社会法典の第Ⅱにこの統合した給付について、求職者のための基礎保障とうたわれています。ここでの原理・原則は、求職者を支えると同時に、その人が積極的に何かすることを要求するもので、そうした2つの側面からの給付です。失業扶助、並びに社会扶助は、どちらも税財源による給付です。ただ、失業扶助と社会扶助の違いは、失業扶助は失業する前の所得に応じた扶助金が支払われ、社会扶助の場合には、その人が生きていくために最低限何が必要かを基に算定した額になります。この2つを統合することは、簡単に言えば、多少の経過期間、時間的な余裕を経て、失業扶助制度を廃止することにほかなりません。

この給付の対象者は、働く能力があって扶助を必要としている15歳から65歳未満の者です。働く能力があるという判断基準は、その者が健康上の理由、あるいは身体の障害などがあって、1日に3時間以上働けないような場合で、それに該当しない場合は働く能力があるとみなされます。今言ったような理由で1日3時間以上働けない人々について、給付の内容は旧来と変わりません。ただ、今回は社会法典の第?巻でこの給付が規定されることになります。

働く能力がある人たちが再就職するためのサービスが社会法典のIIIに規定されています。積極的な雇用促進対策――いろいろなものがありますが――を講じていくことによって再就職を促すということです。失業者を担当する人は、これまで1人で非常にたくさんの人の面倒を見ていたわけですが、この点についても改善されて、1人の担当者が最大で75人までの求職者を担当し、その1人1人の状況に応じて面倒をみていくことになります。ただ、職を求めている人の中には非常に難しい条件を持っている人がいて、そういった場合には特別なケアマネジメントで対処していきます。特別な難しい条件というのは、例えば、債務超過に陥っているような人々ですとか、何らかの依存症になっているといったケースです。このようなケースでは就職の世話をする前に、まず、その他の問題を解決する必要があるわけで、こういったケースの場合に特別な対応がなされることになります。

25歳までの若い人たちに対しては直ちに職を紹介し、直ちに職業訓練につかせる。あるいは、直ちに最低限の仕事であってもその仕事に就かせるという対策を講じることになっています。この対策の目指しているところは、簡単に言えば、若者が日中に外でうろうろしていることがないようにということです。それから、再就職の場合に、自分が希望している給料よりもはるかに安い給料でも、とりあえず職に就いた人に対しては、連邦雇用機関から賃金の上積みという形で最長24カ月補助金が支払われます。24カ月としたのは、24カ月の期間があれば、その対象者が自分の力でもう少しよい職を見つけることができるのではないかと考えてのことです。

職業紹介を受けられない要扶助者に対しては就労機会が与えられますが、この就労機会は労働法にのっとった対策ではなく、社会法規、すなわち福祉的な性格を持ったものです。こういった人たちは失業給付IIの給付を受けるわけで、失業給付Ⅱ及びかかった必要経費を受け取ることができます。こういう人たちの仕事のことを「1ユーロ・ジョブ」と言っていますが、この表現は正しくないと思います。

失業給付Ⅱの受給者に対しては、受け入れる可能性のある職場、すなわち受容可能な職場の判断基準がより厳しいものになっています。受け入れ可能な職ということで、先ほどの失業給付Iでは、「それまで得ていた給与の3割減であっても受け入れ可能であるという判断基準がある」と申しました。失業給付IIの場合には、30%は同じですが、以前の給与ではなく、その地域で一般的とされている賃金の3割減であってもまだ受け入れ可能であるという判断基準になります。このような制度を導入することによって懸念されるのは、非常に低賃金の特殊な労働市場ができてしまうのではないかということと賃金ダンピングが横行して、賃金の推移が下降線をたどっていくのではないかということです。

受け入れ可能な仕事を拒否した場合には、第1段階では失業給付Ⅱが30%減額されます。さらに長く紹介された職を拒否し続けた場合にはこの減額がもっと大きくなっていき、最後には現金の給付が一切なく、現物給付だけになります。具体的には、家賃を家主に直接雇用機関から支払い、失業者、あるいはこの扶助を受ける者がお金を一切手にすることができなくなります。失業給付IIの額は、旧西独地域及びベルリンでは月額345ユーロで、旧東独地域で331ユーロとなっています。

失業給付IIに関しては、給付を受ける前に自分が持っている財産があれば、まずそれを使わなければなりませんが、必ずしも全財産を使い切ってからでなければ給付しないということではなく、一定程度保有する財産が認められています。それから、収入がある場合、その収入と失業給付Ⅱの給付金との間でどのように相殺するかという問題があります。月額400ユーロまでの収入であれば、その収入のうちの15%は失業給付との間での相殺は行われません。したがって、15%は実質的な収入として残るということです。それから、400ユーロから900ユーロの収入は月額30%まで、900ユーロから1500ユーロの収入は15%まで相殺されません。

また、失業給付IIに関しては、期限を限った形での追加給付があります。この追加給付に関しては、以前の失業給付、すなわち現在の失業給付Iですが、この失業給付IとIIとの差額の3分の2までが補助金として支給されます。1年目は3分の2までが追加的に支給されます。そして、2年目になるとその額は半減されます。従って制度全体をまとめると、ある人が失業した場合に、失業1年目に関しては、失業保険の通常の給付で以前の3分の2程度の生活水準を維持することができますが、失業2年目になると、失業給付IIの給付対象として、失業1年目から見るとかなり給付のレベルが下がってしまいます。しかしながら、失業給付IIを受けるようになったその年、すなわち、全体で見れば失業2年目に関しては、まだ、以前に働いていたときの給料の額が給付の中に一部反映される部分が残っています。しかしながら、3年目になると、以前の収入が反映される要素が半減してしまうことになります。そして、4年目以降はほんとうの最低補償しか受けられない制度、月額345ユーロの給付しか期待できない制度となります。トータルで見ますと、以前の失業者がたどったプロセスより、非常に速いテンポで最低ラインに到達してしまうと言えると思います。

コメンテーターのコメント及び質疑応答

岩田

私は独立行政法人労働者健康福祉機構賃金援護部長でJILPTの客員研究員の岩田と申します。この後は、私がコメンテーターと質疑の司会をさせていただきたいと思います。私はコメントメモを用意しておりますので、皆様方の質問に入る前に、ここで簡単に背景を補完するという形をとらせていただきたいと思います。

まず、ドイツ経済と労働市場と書いておりますが、1980年代末もしくは90年代初めぐらいまでは、日本、ドイツとも高い雇用パフォーマンスを誇っていましたが、近年は停滞状況に陥っているということを数字で示しております。例えば、実質GDPでドイツを見ますと、2002年は0.1%増、2003年はマイナス0.1%となっております。日本は2002年はマイナス成長で、03年は1%成長となりましたが、昨年の後半あたりから伸び率が下がっているという状況です。

それから、失業率を見ますと、ドイツは10%近い失業率が近年続いている状況です。日本も、ドイツに比べれば低いように思えますが、かつては2%程度の失業率でしたので、それに比べればまだまだ高い数字となっています。賃金面では最近日本は回復の兆しもありますが、基本的にマイナスになっていたのに比べて、ドイツは少しは上がっており、雇用と賃金を比べるとどっちもどっちという状況ではないかと思います。先進国の中では、日本とドイツがいわゆるブービー争いをしている状況でしょうか。

次に、日本とドイツの類似点、相違点を私なりに書いています。大ざっぱに言いますと、先進国の中では韓国を除くと、経済社会環境はドイツが日本に一番似ているのではないかと思っております。最近は少し違っていますが、従来は株主よりも従業員を重視する社会であって、解雇がしにくい状況であったわけです。それから、個人の自由より社会連帯をより重視する社会であって、例えば、年金も、欧米などは個人の保険料で自分の老後の給付を賄う積み立て方式をとっていますが、日独はそうではなくて世代的な連帯をより重視する形で、基本的にはその年の保険料でその年の給付を賄う仕組みをとっていたわけです。それから、貧富の差が小さく、賃金格差が少ない状況であるし、自分たちのグループに入らない外国人への排他意識も一方では指摘されてます。

ただ、近年になって状況が少し変わってきておりまして、例えば、経済のグローバル化の中で近隣諸国の人件費の安い巨大な労働市場が意識されるようになってきました。例えば、ドイツは東欧諸国やトルコであり、今後はロシアも徐々に入ってくる。日本は東南アジア、中国であり、徐々にインドも入ってきている状況だと思います。それから、ドイツは東西ドイツの統合があって、日本はバブルの崩壊があって、その後遺症が長引いて、成長の鈍化がまだまだ続いています。それから、財・サービス・労働の各市場の規制緩和について、先進国の中では遅れて取り組んでいる状況ではないかと思います。また、そうした中でいろいろな政策を今とりつつありますが、社会保障制度の抜本改革に苦労しているとか、従来、若年者対策の必要性がほかの国に比べると少なかったなどの共通点があります。ドイツには現場訓練と教室学習を一緒にしたいわゆるデュアル・システムというものがあり、日本は年功賃金があって、若年者の需要が強かったため若年者対策の必要が少なかったのですが、近年はそういう状況ではなくなってきています。それから、先ほど連邦雇用庁のスキャンダルの話が出ましたが、日本でそれに相当するのがご承知のように社会保険庁の問題です。こうしたことも非常に似ているのではないかと私は思っております。

一方で、当然相違点も多いわけでして、ドイツは当然ながらEUの枠組みに入っていることで、例えば、財政赤字をGDPの3%以内――今は守られていない部分もありますが――とする規定があります。ヨーロッパでは総合的雇用政策改善手続きがあって、EU理事会で雇用ガイドラインを作って、それに基づいて各国は雇用行動計画を作る。各国はそれに対する実施状況を報告し、その報告に対してまたEU理事会で改善勧告を出すといったプロセスが繰り返し行われています。こうしたEUの枠組みがあるということが非常に重要です。

それから、労働市場にとっても微妙な問題があって、ドイツのほうが日本よりも労働組合の影響力が強い。それから、ドイツは職務に結びついた賃金システムとなっている点があります。また、移民の圧力がやはりドイツのほうが大きいなど、いろいろなことがあるのではないかと思います。

こうしたことで、相違もありますが、やはりドイツは非常に似ている国で、私はドイツに非常に関心を持っております。

それで、今回、ハルツ法と労働市場改革法が出てきましたが、これを簡単におさらいしますと、ハルツ委員会は、先ほど先生からお話があったと思いますが、フォルクスワーゲンの役員を委員長にして企業・労働組合・自治体・学識経験者からなる委員会をつくって、失業者を半減するとか、失業給付・失業扶助の支出を大幅に削減するという大目標のもとに、ほんとうに幅広い政策課題が出されてきたということであります。

それから、「アジェンダ2010」というものがあって、これは2003年3月のシュレーダー首相の演説で始まって、夏に閣議決定がなされて、対策が提起されたということでございます。それに基づいてハルツ第I法から第IV法が出てきましたし、労働市場改革法が出てきたということであります。その中身は幅広いので、人によってどこに関心があるかは様々でしょう。連邦雇用庁の組織改革に関心がある人もいると思いますし、今日、ローマン先生が最後に詳しく説明されました社会扶助と失業扶助の統合と、それにともなって給付内容が徐々に厳しくなっていく仕組みに関心を持つ方もいると思います。それから、解雇保護法の改正に関心を持っている方も多いのではないかと思います。

その次の、日本における近年の政策対応については、労働基準法の改正、雇用保険法の改正など、日本もそれなりにやっているわけです。それから、今検討中の生活保護法。これはドイツの社会扶助に相当するわけですが、これも今年の大改革を目指して今検討されています。こうしたことで、メニューはそれぞれの国でかなり揃ってきています。ただ、ドイツの場合は、年金で65歳をさらに引き上げるというようなことが今後の大きな検討課題となっていますし、日本では、ご承知のように消費税が大きな課題となっています。まだ残された部分もありますが、かなりのメニューがそれぞれの国で出揃いつつあるといった状況ではないかと思います。ただ、これらの実際の効果がどこまであるのかはまだ十分に検証する必要があると思います。それから、労働市場改革だけではなく、社会保障政策、産業政策、地域政策といったことが連動して改革がなされている。こうしたことがやはり日本としても参考になるのではないかと思っているところでございます。

ともかく、今回、私もローマン先生の話で初めて知ったこともたくさんあって、非常に勉強になると思います。これから皆様方の質問をできるだけおとりしたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

質問者

ヨーロッパでフランスとドイツを比較しますと、フランスもドイツも製造業の雇用が減っていますが、フランスの場合はどちらかというとサービス関係の雇用が増えています。しかし、ドイツの場合はサービス産業の雇用はあまり増えていないようですけれども、その原因はどういったところにあるんでしょうか。

ローマン

そこには、多分、国民性が関係しているかと思います。ドイツ人はそもそもあまりサービスを積極的にしたいと思わない人種であったのかもしれません。今の改革の中ではまさにその点を変えていこうとしていて、安い給料でも就かなければならない仕事には、サービスを提供する仕事がたくさんあります。そういった中で変わっていくのではないでしょうか。

質問者

今日、ハルツ法の4つをお話しになったわけですが、これはいわゆるガスト・アルバイター、外国人労働者にどのように適用されるのか、完全に適用されるのか、そうでないのか。その点を伺います。

ローマン

イエスであります。これは長期の滞在許可とか、そういうことを対象にしているわけではありません。ですから、国籍はこの法律に関しては要件では一切ありません。ガスト・アルバイターとおっしゃいましたけれども、今日のEUから言えばすべてEU市民であるわけで、EUの規定によりますと、EU各国の人々はどこの国に行っても内国民扱い、同等の扱いを受けることになっていて、そうでない差別は禁じられているわけです。

岩田

その外国人という理解はEU市民のことだけでいいですか。トルコとかも含めてのお話ですか。

ローマン

いえ、そうであっても国籍要件による差別というものはありません。

質問者

連邦雇用機関のことで、2つほど質問します。先ほど専任理事長を長に据えて、私経済的な手法で効率性を求めるとご説明がありましたが、この専任理事長というのは民間の方を選任するということでよろしいのかということと、雇用機関自体については、いわゆる民間的手法といいますと、職についても能力給とか、今までの連邦職員とは違う給与体系を合わせて導入をされたのかという点についてお聞きしたいと思います。

また、監査役会でチェックするということでございますが、一般的には、民間は共同決定法があります。公務員の世界では職員代表制がありまして一応分けています。そこで民間的な共同決定法を入れると、公務に組合の方も入って、共同で重要なことを決定するという形で、若干、今までの連邦政府の考え方と違う方法を入れたのかなと思っていまして、そのあたりを教えていただければと思います。

ローマン

革命的なことが起こったといっても、大体その内実は半分程度ということが多いわけです。この連邦雇用機関についても、民間的な経営手法で非常に能力を重んじ、能力に対して給与を支払わなければならない部門は、民間の会社に委託する形をとっていて、そこの部分は連邦雇用機関の内部とは切り離す形になっています。

しかし、連邦雇用機関の内部においても、職員の給与体系を能力給に変えていくべきであるという声は非常に強く、公務の分野においては、これから能力給にどんどん変わっていくと言えると思います。その1つの例として、2005年1月1日から大学の教授はすべて能力給に変わりました(能力がどういうものかについてはまだはっきり分からないのですが)。いずれにしても能力給制度がもう導入されたわけです。

連邦雇用機関は、労働行政の組織だったわけで、国、あるいは行政サイドは、組織改変があったからといって直ちに人事面においてすべて民間人にカードを渡してしまうということはないのであって、まだまだ公務員、あるいは公のサイドが人事を握っている部分はあります。これから徐々に民間的な組織形態に変わり、そこで働く人たちについても民間の方を入れていく方向に変わっていくであろうということが予想されるので、現在はあくまでも過渡的な段階にあると言えると思います。このようにして、将来は市場経済の原理、民間的手法を積極的に取り入れていくことが結果としてどういう効果を上げるのか、上げないのか。この点については、おそらく3年後ぐらいにもう一度きちんとした検証をすべきではないかと私は思っています。

質問者

ハルツIV、社会法典IIについて質問させていただきます。これは長期の失業者というか、安定した仕事になかなかつけないでいて、家庭の生活にもいろいろと問題があったり、生活も困窮している人に対してどういう対応をするかというものだと思います。従来、ドイツではそうした場合に生活を保障ということと、就労を支援するという両方の課題を、日本と違って職安と地方自治体の福祉事務所の両方がやってきたんだと思います。そこを、今回、1つの手からの援助という形で整理するという動きだったものですから、どんなふうになるのかとても注目していました。日本でもそういう問題が共通して出てくるのかなと思いまして、とても関心を持って見ていました。今日のお話で、結局どういうものになったのかという点で2つ質問があります。1つは援助の内容です。生活保障の面を引き下げるということはとてもよくわかりました。ただ、そうではなくて、就労の支援だとか自立の支援といったようなところで、社会法典IIの対象になる人たちにどの程度の改善がなされるのか、を教えていただけたらというのが1点目です。

もう1つは、社会法典IIを見ますと、結局だれが責任を持つのかということが、古い言葉で言う職安、今の雇用エージェントと自治体の福祉事務所との関係がやはり複雑で、とても分かりにくいままになっているように見えます。そうした生活も困っているし、就労もなかなか大変という人に対して、1つの手からの援助というのはとても大事なことだと思います。そこが今回の改革でどこまでできたのか、どんな課題が残ったのかということについてご意見をいただけたらと思います。

ローマン

ハルツ第IV法において、就労支援という点でもっとも大きな改善点は、担当者が扱う求職している失業給付IIの受給者数を最大75人とし、1対75と決められたということだと思います。それ以前はもっとたくさんの人を担当者が処理するという体制であったことから見ると、1対75という比率であれば、担当者が1人1人のことを、その人の状況がどうなっているのかをよく見ながら対処していくことができる。そういう意味で手厚い就労支援が行えるということだと思います。ただし、その前提条件は、1日3時間以上働けるといった働く能力を持っている人に限られるわけです。そういう人たちに対しては、社会法典IIの枠内において、こうした1対75という比率で就労の支援、いろいろな相談に乗ってもらったりということができるようになるわけです。1日3時間以上働けない人については、これまでどおりの行政的なサービスが行われるわけですが、その部分についての規定は社会法典?のほうになるわけです。

それから、2番目のご質問についてですが、各地につくられるジョブセンターはこれまでの労働局を置きかえるものです。そのジョブセンターと各地にある雇用機関、社会局とが協力して仕事を行っていくというのは確かに非常に難しいのが現状で、今、ドイツ全国で69カ所、郡に属さない都市、あるいは郡自体が独自に新しいジョブセンターを自分の力でつくるということを言っています。雇用機関と社会局とが協力してジョブセンターをつくるんですが、そのジョブセンターをつくるに当たって、69カ所は郡に属さない都市及び郡、69カ所は自治体の力だけでジョブセンターをつくることに決定しています。

法律の一番最初の考え方は、連邦雇用機関と自治体が協力をしてジョブセンターをつくって、1つの手からの給付、サービスをするという構想だったのですが、その点については非常に賛否両論があり、反対意見も強かったということを背景にして、この69カ所については自治体独自のものを認めようという妥協が図られました。今のところこの妥協案は69カ所で落ちついていますが、既に、法律によって連邦雇用機関と自治体がジョブセンターをつくるに際して、協力するためにアルバイツ・ゲマインシャフト、協力委員会を作るやり方が基本法に抵触するという訴えも起きています。基本法は基本的に地方の自治を認めているわけで、そこの部分への介入ではないかということです。確かに、自治体が持っているこれまでの福祉局のような機関と、労働局といったもともと雇用庁の機関であったところの組織では行政文化の違いがあるわけです。それを法律によって強制的に結婚をさせたようなものですから、やはり問題は絶えないわけです。私個人の意見としては、今目標としているこの課題を遂行するには、むしろ自治体に任せたほうが適していたのではないかと思います。2つが協力してやるのではなく、「もう、自治体に全部任せるからやってください」のほうがよかったのではないかという感触を持っています。

質問者

今の質問と重なるんですが、ハルツ法IVに「職安で紹介された仕事を拒否した場合に給付を最大3割カット」という文章がありますが、職業選択の自由などを主張する人との訴訟問題に発展することはないでしょうか。

ローマン

具体的な訴えとか訴訟はまだありません。というのも、施行されてからあまりにも日が浅いものですから。しかし、そういった訴訟問題は当然出てくることが予想されます。その場合に法律の係争点となるのは職業選択の自由よりも、むしろ基本法の第1条に定めているところの「人間の尊厳の保障」というところがかかわってくるのではないかと考えます。どこまで安い賃金での仕事を強制できるのかといったことが、人間の尊厳の維持とかかわってくるのかどうかというところで争われるのではないかと思っています。確かに30%カットというのは非常に厳しい経済制裁ですが、肉体的に誰かに仕事に行くよう強制することはできませんから、再就職、あるいは働くことを強制するための経済的制裁として、これは働くことを強制するための制裁措置を明確に意識してやっているわけです。ですから、短期的には、これまで以上にホームレスが増えるということもあり得ると思います。

質問者

現在の日本とドイツとの共通の問題の1つは若者の就労ということです。日本には、ご承知のとおりフリーターとかニートと言われる方々がいて、今、その人たちを日本の人材サービスの会社は簡単に使い捨てられる最も安価で、使い勝手のよい労働力としてシステム的に多くの製造業に送り込んでいるという状態です。これはマスコミでも報道されておりますが、この背景には就労至上主義といいますか、どれほど屈辱的で、低賃金で、将来の見込みのない仕事であっても失業よりはよいという一種のイデオロギーがあるように思います。今のお話では、ドイツでもかなり賃金の低下を担保として強制的な就労に行政が導くような政策が行われている。このことがもたらす将来的な不安に対してどのように対応したらいいとお考えなのか。これはドイツと日本でかなりオーバーラップする問題ですので、その点を最後にお伺いしたいと思います。

ローマン

今、おっしゃったような考え方は確かにドイツでもあります。しかしながら、ドイツではそういった意見を持っている人が大半を占めているわけではありません。大半を占めていないからこそ、今回の法律がこのように成立したわけです。

ただ、ドイツの場合には、失業給付に伴う経済制裁によって就労してもらう先というのは、決して生産現場ではありません。ドイツの場合には、工場などの生産現場にそういう形で就労してもらうと、かえって生産のプロセスを阻害してしまうため、経営者側もそういったことは望んでいません。ですから、ここで就労の機会を与えて何かの仕事をしてもらうわけですが、人材派遣で行った先で就職すればいいわけです。労働機会というのは直訳すれば「労働の機会」になりますが、本当の意味での職という意味ではなくて、何かすることを与えようという、日本で言うところの昔の失業対策事業といった意味での労働機会です。その労働機会を与えることによって人々が働く感覚を忘れないように、そして、またまともな仕事につくような道に行ってほしいと国は政策的に考えているわけです。

労働機会を与えること自体は、その部分だけを見れば経済的に全く利潤を生まない分野です。国はそこにお金をつぎ込んでいるわけで、日本の派遣会社が若者をそのようにシステマチックにどこかに送り込んで利潤を上げるといったようなことはドイツではないと言えます。国がそこに一生懸命にお金をつぎ込む理由は、経済的なプレッシャーを背景にして、今働いていない人がまた昔のように、あるいは新たにきちんと働いてほしいという願いがあるわけです。その予算が「有効に使われた予算だった」と後でみんなが考えてくれるようになってほしいというのが国の今の考え方です。

ただし、先ほど来申し上げているように、この点については非常に大きな議論、対立があります。今、ドイツではニューレーバーといった施策が行われています。こういったやり方については、他の国においていろいろな実践例があり、マイナスの影響があったりということもあるわけです。それが労働組合にどういう影響を与えるのか、あるいは、政党にどういう影響を与えていくのか。こういう対策をとったシュレーダー首相がほんとうにポジティブに評価されるのか、されないのかということについても現時点ではまだ分かりません。次回の連邦議会選挙において、その結果がどうなるのかということもほんとうにまだ分からないし、この対策の効果が上がってくるのかどうかということについてもまだ断定的なことは言えないというのがほんとうのところではないかと思います。

ではそこまで言うのなら、なぜこんなことをやるのかということだと思います。これは、やはり、古典的な解決手法、経済が上向きになって徐々に世の中がよくなっていけば失業問題は自然に解決していくといった従来からのパターンに一切期待することがもうできなくなっている。何か別の対策を講じなければいけないという困った状況の中で、これを試してみようという形で行われている対策なのであります。具体的には労働コストを下げていこうとか、労働あっせん、職業あっせんの効率を高めていこうとか、労働意欲を高めるための対策をとっていく。直接的に意欲を高められないのであれば、二次的に意欲を高める対策をとることはできないだろうかといったようなところから、今挙げたようないろいろな対策が講じられるようになったわけです。しかし、全体として見た場合に、それで総合的に将来の状況が今よりもよくなるのかどうかについては、まだ大きなクエスチョンマークが残ったままであると言わざるを得ないと思います。

ドイツと日本を比べた場合に、私は日本のほうが少しよいのではないかなという印象を受けております。従って、私としては、まさに日本の皆さんこそこの問題を解決するために、今日本にあるリソースを総動員して、非常に適切な解決策を見出してくれないかと思っています。単純に言えば、これまでのやり方ではもうどうにも立ち行かないから、新しいことを試しているのだというのが今のドイツのこの新しい動きだと思います。

講師プロフィール

ウルリッヒ・ローマン(Urlich Lohmann

ベルリン・アリス・ザロモン大学教授(Dr.Prof.)

講師ウルリッヒ・ローマン

1944年生まれ。ボン大学、ベルリン大学、ミュンヘン大学で法学と社会学を専攻。ベルリン自由大学、マックスプランク社会法研究所に勤務した後、1991年から92年までエアフルト大学教授。92年から現在までベルリンのアリス・ザロモン大学で教授を務める。社会保障法および社会政策の理念的基礎に関する研究を、特に比較法的視点から行っているほか、医療法と医療倫理についても著述がある。

※主な著書:『東ドイツにおける社会法の展開』(1996)他