基調報告「仕事と育児の両立支援に求められるもの」
仕事と家庭生活の調和—次世代育成支援対策推進法の成立をうけて—

開催日:平成16年6月29日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

配布資料


ニッセイ基礎研究所 武石 恵美子

この基調報告では、次世代育成支援対策の中でも特に企業に求められること、つまり企業にとってこの次世代育成というのはどういう意味があり、どういう課題があるのかということに関してお話したいと思います。

1.次世代育成支援

次世代育成支援対策推進法とは

次世代育成支援対策推進法という法律は、 2005 年の 4 月から 10 年間の時限立法で施行される法律です。内容は大きく分けて二つあります。一つは従業員 300 人を超える企業においては行動計画を策定して、その策定した旨を都道府県労働局に届けるということが義務づけられます。 300 人以下については努力義務という形になっています。もう一つは、一定の基準を満たす企業に対して「認定をする」という仕組みが盛り込まれたことです。この認定に関しては、お手元のパンフレットにその基準等が記載してありますが、計画の目標を達成していること、それから数値目標も一部ありまして、男性の育児休業取得者がいる、あるいは女性の育児休業取得率が 70 %以上である、そういった進捗が認められた企業に対して認定することになっています。厚生労働省は認定マークのようなものを考えておられるようですが、そういった仕組みが盛り込まれています。

期待される法の効果

次世代育成支援対策法が制定された背景には、少子化の傾向があったわけですが、それでは、事業主の皆様が計画をつくれば少子化が改善するのかというと、それはやってみなくては判らないとしか言いようがなく、少子化傾向がどれだけ改善するかというのは未知数だと思います。

それから、 10 年間という時限立法の中で次世代育成の計画をつくることになっておりますが、この計画の策定が難しいだろうと思います。仕事と子育ての両立支援というような問題は、あらかじめ何か計画や制度をつくって、「さあどうぞ利用してください。」というような類いのものではありません。従業員の方が仕事と子育て・家庭生活のいろいろな場面で困ったことが生じた場合に、企業として何ができるかということを考える中で、いろいろな支援策が組み立てられてきたわけです。したがって、あらかじめ計画をつくり、その進捗をチェックしていくという仕組みがどこまで効果的か、疑問があるのは事実だと思います。ただ、それでは法律効果がないかというと決してそうではなく、以下に挙げる点で幾つかの効果が期待されるのではないでしょうか。

第一点は、事業主をはじめとする社会全体の意識の啓発です。このように一定規模以上の事業主の方に雇用に関する計画策定を義務づけるという手法は、おそらくこれまでの労働政策で採られたことがない初めての手法だと思います。本日のフォーラムも、少子化問題が企業を含め社会全体として非常に重要な問題になっているということを認識していこうという意味で開催されていると思いますが、そうした問題意識を共有化するという意味での啓発効果は期待できるのではないでしょうか。

二点目は、この行動計画は一定の水準以上の計画をつくらなくてはいけないというものではありません。企業の実情に応じて、 10 年間経ったときに 10 年前よりも一歩でも二歩でも前に進んでいる、そういうものが期待されている法律です。現在取り組みが進んでいる企業も、そうでない企業も、 10 年間で少しでも前進しましょうという意味で、全体としての底上げが図られる。

三点目として、認定制度というのがあります。果たして、これもどの程度の効果があるのか、やってみなければわからない部分もありますが、認定をとらないと恥ずかしいとか、認定をとると大変良いことがあるというようなメリット、デメリットに繋がれば、それがインセンティブとなり、企業の取り組みの活性化が期待できるのではないかと思います。

そして、さらに期待することとしては、本日のフォーラムでは、仕事と子育てに焦点が当たっていますが、全体としての仕事と生活のバランス(ワーク・ライフ・バランス)といった広がりのある視点から取り組みが進んでいけば、働き方が根底から変わっていく可能性がある。そのきっかけになればという期待です。

次世代育成支援までの少子化対策

次に、これまでの少子化対策を少し振り返ってみたいと思いますが、少子化対策が最初に始まったのは、おそらく 1990 年の 1.57 ショック―― 1989 年の合計特殊出生率が丙午の年よりも下回ったこと――がきっかけであったと思います。それ以降、 1990 年代を通じてさまざまな施策が打ち出され、実行に移されてまいりました。例えば 92 年には育児休業法が施行され、その後、何度かの改正も経ております。それから、エンゼルプラン、新エンゼルプランということで地域における子育て支援策の充実が図られてまいりました。

これらの少子化対策のポイントとして、やはり仕事と子育てを両立できる環境の整備ということが重要な視点としてあったと思います。女性が働く結果として少子化が進んだという議論があったわけですが、女性が働いても子育てをきちんと支援していく仕組みをつくっていけば出生率は回復するのではないかということで、仕事と家庭の両立支援が、少子化対策の中で最重点課題の一つとして取り上げられてきたと思います。その後、 2000 年以降、少子化対策プラスワンから始まり、次世代育成支援対策推進法、少子化対策基本法、そして今年の 6 月には少子化対策大綱ということで、さまざまな少子化対策が出されたことは皆様ご承知のとおりです。

それらの結果はどうだったでしょうか。 10 年間を振り返って総括してみたいと思いますが、残念ながら少子化はより進んできています。先般、 1.29 という合計特殊出生率のデータが出ましたが、少子化の低下傾向に歯止めがかかっていない、少子化の改善が見られないという状況です。

それでは、働く女性の環境という視点から見るとどうだったかというと、小さな子供を持つ女性の労働力率が決して上昇していない。例えばゼロから 3 歳の子供がいる女性の労働力率は、この少子化対策が始まった 90 年は 29.3 %でしたが、 2002 年は 31.6 %と 2.3 ポイントしか上がっていません。出産・育児を理由に退職する女性が、育児休業法あるいはエンゼルプラン等で就業継続が可能となり、辞めなくても済むと考えられたわけですが、実際には多くの女性が出産・育児を理由に辞めています。

「第一子出産前後における母の就業状態」 は、 2001 年に生まれた新生児の母親の就業状況を調査したものです。第一子初産の女性で、出産一年前に 73.5 %の人が働いていましたが、出産半年後にはそのうちの 67.4 %の人が仕事を辞めており、働き続けていた人は 32.2 %です。出産前に無業の人まで含めると、出産半年後に働いている女性というのは 4 人に 1 人です。しかも常勤、いわゆる正社員として働いている人というのは 18 %足らずということで、子供が小さいときに働いている母親は少数派と言えるでしょう。

このように 90 年代の少子化対策が限定的な効果しか示さなかったわけですが、それではどうして効果が上がらなかったのかという点を考えてみたいと思います。

1990 年代以降の少子化対策はなぜ効果があがらなかったのか

90 年代の少子化対策の重要課題として両立支援策があったことを申し上げましたが、この両立支援策というのは、ほとんどが「働く女性のための施策」として位置づけられていました。両立支援策というのは、ほんとうは働く男性のための施策でもあり、ひいては働いていない女性にも恩恵が及ぶ策であるにもかかわらず、働く女性のための施策というように位置づけられてきたことに限界があったというのが一点目です。

二点目として、少子化対策が子育て支援に集中して施策が進められ、働き方全般の見直しという構造変化というところまで至っていない中で、少子化対策が非常に限定的な政策として位置づけられてしまったのではないかということです。

三点目は、本日のテーマにもなっていくと思いますが、企業にとって両立支援策や子育て支援策の導入というのが非常にコスト高であってメリットがないと考えられてしまったのではないでしょうか。

来年から次世代育成支援対策法が施行となり、企業でも取り組みが期待されるわけですが、それでは、次世代育成支援対策が働く人のみならず企業にとって有効に機能するためのポイントを考えてみたいと思います。

人的資源管理の役割を考える

そもそも、企業にとっての人的資源管理・人事管理は、どういう機能を持っているかということを確認しておきたいと思います。

一つは、企業にとって、経営目的を達成するために必要な労働サービスが必要なときに一定のコストで提供されるよう調整をしていくこと。二つ目として、労働サービスの提供者(従業員)が期待している報酬内容を把握して、それを合理的に充足していく、就業ニーズを充足していくということ。三つ目は、労使関係を調整し安定させるという機能。この三つが人的資源管理の重要な機能として挙げられると思います。

労働力というのは人がサービスを提供するという、人間と切り離して捉えることのできない特殊性があります。つまり、労働力の担い手は自由意思を持っており、労働力の価値というのは、能力開発も含めて労働者の意思や労働意欲によって左右されてきます。したがって、労働者の能力を開発する、動機づけを行うことが大変重要になってくるわけです。それによって労働の価値、労働が経営にどのぐらい寄与するかということが変わってくるわけですが、それを考えるためには、従業員が日頃から何を求めているかということをきちんと考えていく必要があるのではないでしょうか。従業員側の変化というものに着目していかないと、経営だけの論理では効果的な人的資源管理は望めないでしょう。

2.次世代育成支援のポイント

両立支援は従業員に共通する課題

先ほど、両立支援策イコール女性支援策という非常に矮小化された部分があったのではないかと申しましたが、次世代育成支援を考える上で、両立支援策が従業員に共通する課題であることを、まず認識する必要があると思います。

子供が小さいときに仕事を辞める母親が多いので、ワーキングマザーの数は少なく、ワーキングファザーのほうが圧倒的に多い。ところがその人たちがこれまで両立支援策のターゲットから抜け落ちてしまっていた。そこで、働く人全体のための施策であるという位置づけが重要なのではないかということが最初の問題提起です。

特に男性の働き方がポイントになってきます。次のシート( 「 子育てをしている女性の子育て負担感 」 )ですが、子育ての負担感というのは、働いている女性よりも専業主婦のほうが大きいわけで、「片方のみ就労」というのはほとんど専業主婦です。専業主婦の母親が育児の負担をほとんど自分一人で背負っている中で、夫が子育てにもっと参画できるような状況をつくっていくことは、専業主婦の子育て負担感を軽減させるうえで非常に重要になってくる。そういう意味で、働いていない母親にとっても大変重要な施策です。

それから、次のデータ( 「 働く人の変化:男性の仕事と家庭の両立に関する考え方 」 )は内閣府の世論調査ですが、男性が仕事と家庭のバランスをどのように考えているかということで、「仕事と家庭を両立する」と答えた人が、若い層で高い比率になっています。先ほど人事管理というものは、従業員側の変化をとらえることが肝要であると申し上げましたが、男性は家庭を顧みず仕事をしたい人ばかりではなく、やはり家庭と仕事のバランスを図りたいというニーズがあるにもかかわらず、それが実現できないという問題を考える必要があります。男性が育児休業をとらなくてはならないという訳ではないと思いますが、実は育児休業を取得したいと思っている男性は意外に多く、「取得したい」と答えた人は 4 割、「ぜひ取得したい」が 1 割もいます。こうしたニーズがあるにもかかわらず、何らかの理由で実現できないとすれば、その障害を取り除いてあげたほうが前向きに仕事に取り組んでもらえるのではないでしょうか。両立支援策というのは従業員に共通する課題と位置づけなくてはいけないということです。

男性の育児休業という問題は、基幹的な仕事をしている人たちが長期間休むことで、職場にとって一定のダメージを与えると言えなくもありませんが、それを契機に、社員の仕事の配分や、日頃の情報共有化の仕組みが進んでいくと考えられます。このように、仕事の進め方を見直すきっかけが職場に良い効果をもたらすことを考えれば、両立支援策を男女双方の課題としてとらえていくべきでしょう。

両立支援は企業にとってメリットがある

両立支援策の導入は企業にとって高コストだということが少子化対策がなかなか進まなかった一つの理由ではないかと申しましたが、本当にそうなのでしょうか。先進的な企業がなぜ導入しているかというと、コストがかかってもそれ以上のメリットがあると認識しているからだと考えられます。従業員の確保・定着、モラールの向上、ストレスの低減、あるいは仕事に集中できるなど、いろいろな効果が挙げられるかと思いますが、全体として企業の競争力に寄与します。ですから、両立支援策というのは、実は企業にとってもメリットがあり、企業の競争力に結果として寄与する政策だろうということです。

次のデータ( 「 出産による就業の継続状況 」 )は、出産後働き続けている女性の割合です。大企業の方が制度が整っていて、女性が働き続けているのではないかというイメージがありますが、中小企業の方が継続就業率は高くなっています。それから、ファミリー・フレンドリーな制度の導入については、大企業だから導入が可能と考えられがちですが、実はそうでなく、中堅企業や中小企業でもファミフレ制度の導入に積極的な企業が多い。むしろ、中小企業の方が人材の確保や定着に危機感を持っていますので、取り組みを一生懸命やっておられるところがある。それが人材確保の手段となり、企業にとってのメリットがあるからこそ、こうした制度が導入されていくのだと思います。

ただ、企業がメリットを感じるためには、制度があるから利用するということではなく、キャリアや仕事を自分の人生の中に見据えた上で制度を活用していくという、従業員側の意識も問われてくるのではないかと思います。

従業員福利施設でなく、戦略的な人的資源管理施策

ポイントの 3 点目は、両立支援策というものは、従業員に対する福利施策でなく、むしろ戦略的な人事管理、人的資源管理として位置づけられる必要があります。 2 番目のポイントとも関連しますが、結局、こうした支援策は、国際競争に晒されて人材の質が企業の業績を左右するような業界・業種に積極的に導入され、取り組みがなされています。

それから、優秀な人材とはどういう人材かということを併せ考えると、最近の人事管理の流れのなかで、「多様性」というキーワードが出ておりますが、従業員の多様な価値観や発想を企業の財産として経営に生かしていこうという考え方があります。そうした人材が企業にとって必要であれば、その人たちが能力を発揮できる環境を整備・提供していくことが求められます。これまでは子育てや家庭責任を理由に仕事を辞めざるを得ない人たちが切り捨てられていたわけですが、次世代育成支援というものは、そうした人たちの能力を企業の中で生かそうという方向で取り組みが位置づけられていくと思います。

レジュメ( 7 ページ)に、平成 14 年度のファミリー・フレンドリー厚生労働大臣優良賞を受賞された富士ゼロックスの表彰理由が載っていますが、下線部分に「取組みの背景として、多様性の尊重を企業の共有価値の一つとして掲げている」と書かれています。多様性を尊重する人事管理が、いま非常に重要になってきており、次世代育成支援を戦略的な人事管理の中に位置づけていくと考えられます。

「ワーク・ライフ・バランス」 の視点を

最後に 4 点目のポイントとして、両立支援策=子育て支援策、少子化対策=子育て支援策という限定的な範囲で捉えられたという反省のもと、今後の重要な視点として「ワーク・ライフ・バランス」という、もっと広がりのある視点を据えることを提案したいと思います。本日のフォーラムのテーマは「仕事と家庭生活の調和」となっていますが、「家庭」を取り除き、「仕事と生活の調和(バランス)」を図るための施策が重要ではないでしょうか。

子育ての支援策というと、例えば育児休業や、育児のための短時間勤務という制度が挙げられますが、子育てをしていない人の方が多いわけで、その人たちにとっては子育て支援策はあまり意味がありません。あるいは支援制度を使う人も、何となく肩身が狭い思いをして 4 時に帰るところが 4 時半になったり 5 時になってしまうという状況があるわけです。

ですから、子育て支援策の枠組みで次世代育成支援を捉えると、おそらく限界があるのではないかというのが率直な感想です。生活と言えば、育児も介護もあるでしょうが、地域活動もありますし、自己啓発のため学校に通うということもあるでしょう。例えば、現在、多くの人が夜間大学に通っていますが、半分ぐらいは会社に黙って通っているそうです。従業員が様々な生活の場面で自己能力を高めて発揮してくれるのであれば、企業としては可能な範囲で支援していく、そのためにも「ワーク・ライフ・バランス」という広い視点で子育て支援策を位置づける必要があり、両立支援策を真剣に取り組まなくてはならない時代に来ているのではないかと思います。