パネルディスカッション
改正労働契約法と処遇改善

パネリスト
菅野 和夫、忠津 剛光、井上 宏人、山本 覚、松本 憲太郎
コーディネーター
濱口 桂一郎 JILPT労働政策研究所所長
フォーラム名
第96回労働政策フォーラム「改正労働契約法と処遇改善」(2018年3月15日)

濱口 パネルディスカッションを始めます。今日の前半部分を振り返りますと、まず当機構理事長の菅野から、改正労働契約法20条の均衡・均等処遇のところに重点を置いた講演があり、その後、新たなビジネスモデルに挑戦する観点で4社の先進的な取り組み事例が紹介されました。

人事制度改革を進めるうえでの課題

こうした流れを受けて、パネルディスカッションでは、私から二つのトピックについて話題を提供し、それについての考えをお聞きしようと思います。最初の論点は、人事制度改革を進めていくうえでの課題です。業界に見合う新たなビジネスモデルに取り組んでいく際には、社内の部局や労働組合、労働者などから様々な意見が出てくると思います。実際に人事制度改革を進めていくなかで、どのような問題があったのか。そして、それをどのように乗り越えてきたのでしょう。J.フロントリテイリングの忠津様からお願いします。

ビジネスモデルに合わせて人事戦略を転換

忠津 ビジネスモデルを転換する際には、「こうした方向性で行きたい」といった社長を始めとする経営陣の思いやニーズがまずあって、それに沿った形で「人事制度はこういう形に変えていこう」などと進められていきます

今回のことで言えば、経営陣から「職務型はもう限界に来ている」といった話が出されました。新たなことにチャレンジしたり創造する時代を迎えた今、職務が標準化されていた時代のように職務で各人の処遇を定めるのではなく、変化の時代に合う人事制度改革をどのように進めていくかを考えて欲しいとの課題を突きつけられたのです。「職務型は限界に来ている」ことを起点に議論を重ねるなかで、全社的な異動または新事業に展開していく時に自由に人を配置できるような人事制度に転換していこうとなり、旧来のものとは異なる「新職能型」を取り入れることで、社内でのコンセンサスがほぼ得られました。

「職務型」から「新職能型」への見直しを

その過程で、超えねばならないハードルもあります。かつての職能型の時代に処遇が高止まりしたことを知っている人たちからすれば、「新たなことにチャレンジする時に能力が陳腐化したらどうするのか」といった疑問が生じます。そうなった時に、どのようにして洗い替えの仕組みを入れていくか。非常に難しいのですが、アップダウンする仕組みを入れていかないと企業が持ちません。これが最大の課題で、どういった手法を採っていくかを模索しているところです。

こうした改革に取り組むに当たり、社内の仕組みもボトムアップ型を取り入れました。仕事の改善や新事業への提案などを職場で出し合って現場で話し、それが上がってくる形です。こうしたプロセスでは、マネジメントのレベルをどう高めていくかがが大切なので、そのあたりに力を入れて改革を進めている経緯があります。

現場の声を踏まえた限定正社員制度

濱口 ありがとうございます。職務給の方向にあった賃金制度をもういっぺん、個人に着目する形で職能給的な方向に切り替える改革は、大変興味深い話です。次に千葉興業銀行の井上様に、お伺いしたいと思います。

井上 先ほどから、高い経営自由度のもとで様々な工夫をされている各社の事例発表を聞き、健全なる危機感のなかで無数の可能性を追求されている姿勢がよくわかりました。一方、当方はまだ規制が多く残る業界です。「銀行であるからこそ、これ以上はできない」といったことも多く、異端・異能を数多く使えるようなビジネスモデルにはなっていないような気がします。いわゆる、オーソドックスな基礎的能力の高い人材が必要になるので、当行の課題はそのようなタイプの優秀な人材をどうやって安定的に確保するかということだと思います。

事例発表でもお話させていただきましたが、これまでのような新卒社員からたたき上げられた男性の正社員のみが会社の中枢を担うという形では、この少子化のなかでは立ちゆかないでしょう。では、これから先どういった人を基幹戦力化するかと社内を見回したときに、それまではスポットライトの当たることが少なかった女性という層に行き当たったわけです。さらにその女性のなかでも、パートタイムで働く、潜在的な能力がとても高いのに、いろいろな家庭の事情で時間的な制約があって活躍が制限されている人が沢山いました。そういった人たちの活躍推進策を考えていた時に、ちょうど労働契約法の改正がありました。

「限定」の意味と「役割」の線引きを明確に

ただし、当行の限定正社員制度は、法改正が直接の引き金になったわけではありません。当行は千葉県内を中心に約70店の営業店を展開している小ぢんまりとした銀行です。人事部に永く在籍している担当者であれば、行員・パート従業員のほぼ全員の顔がわかります。そういったスモールサイズの銀行だからこそ、最前線で働く個々人が何を考え、どんなニーズがあるのか現場の声を聞き、それに対応していく形で新制度を作りました。

こうした過程を経てきたこともあり、労使交渉のなかで大きな問題が発生することはありませんでしたが、正社員と限定正社員の間の諸条件のバランスについては特に配慮しました。「限定」とつける以上、その言葉が何を指すのかを誰もがわかるようにしなくてはなりません。勤務地などの目に見える限定に加えて「役割」の線引きをどうすべきか、経営や関係する本部部署も交えて説明可能な処遇差について議論を重ねて、今の限定正社員制度がつくられました。

濱口 ありがとうございます。千葉興業銀行はある意味保守的な業界のなかで、女性やパート労働者の活躍について非常に革新的な活動をしています。では、長野県で機器製造をしている竹内製作所の山本様に、正社員転換制度を実行していくなかで出てきた社内的な問題点について、お話いただきたいと思います。

定着率向上に向けて登用制度を整備

山本 当社が正社員登用制度を設けるきっかけがが幾つかありました。一つは単純に現場の声です。近年の若い社員は、社会貢献性のようなことを強く意識している割合が多く、そういう社員は、いわゆるビジネス的な観点とは違う道徳的な観念も非常に強く持っています。当社にもそういった人材がいて、いわゆる非正規社員が一定以上のスキルを有しても処遇がなかなか良くなっていかないことに対し、「気の毒だ。何とかならないのか」というような声が多く挙がっていました。

他方、当社で経営サイドが非正規を増やしてきた背景には、労務費の高騰や固定費化を避ける目的が少なからずあったと思っています。しかし、定着率が決して高いとはいえない状況のなか、定期的に新人を採用しても一定期間いて退職してしまい、入れ替えサイクルが速いと、企業にとって大きな損失になります。現場の教育研修には相当なマンパワーが必要で、労務費は額面上の賃金以上に高くつきます。教育研修をしても、その成果を一定のアウトプットとして現場に提供してもらうには、それなりの期間が必要です。それには定着率のアップが急務だとなり、正社員登用制度を整備することになりました。

不本意非正規を社員に迎えたい

その際の課題は、経営サイドへの説明でした。単純に給与の額面上だけを見ると、当社の場合、正社員登用で年収が100~200万円上がります。額面上の給与だけを追ってしまうと、「労務費が上昇した」とマイナスの印象を与えてしまいかねません。そこで、採用活動や教育研修にかかるコストなども算出して、「トータルで見れば、登用制度を行うことによる圧迫要因はない」ことを経営サイドに伝えて理解を得てきました。

当社は、新卒採用と中途キャリア採用の二つのチャンネルで人材を獲得してきました。私個人としては第3のルートとして、いわゆる契約社員や派遣社員を入れたかった。彼らの履歴書を見ると、転職が非常に多かったりして厳しい書類選考には残れないような人が多くいます。しかし、それは本人の責任だけでなく、就職氷河期などの時代の流れのなかでやむなくそういった職歴を踏んでいる人も少なくありません。そういった人たちを社員に持ってこられるようなルートが欲しかったし、今は第3のルートとして正社員登用制度がうまく機能していると思っています。

濱口 ありがとうございます。正社員登用で単純に人件費コストが上がるわけではなく、トータルで見ればむしろ下がる面もあるという、経営全体の感覚が非常に重要だったというお話は、とても大事なポイントだと思います。さて、クレディセゾンでは雇用形態を一本化するというお話でした。その実施には、恐らく社内的にもいろいろな議論があったのではないでしょうか。

必要な経営と従業員の信頼関係

松本 一本化するうえでのポイントは、経営と従業員双方への伝え方にあったと思います。経営に関しては、社長以下経営陣、幹部社員含め、これからの当社のあり方や中期経営計画も含めた経営戦略の立て方に人事戦略の文脈をどう合わせながら進めていくのか等、かなり時間をかけて対話してきました。そういう意味では、人事制度を変えることを経営戦略の実現にどう活かしていくかについて、経営側にはある程度、認識してもらっていた自負はあります。最終的には、中期経営計画の利益目標6~7%の成長に対し、人件費の増加を4%強に抑える形で設計しました。

この利益目標は、当社の体力や環境からすると非常に高いハードルでした。構造改革のなかでその高い目標を実現させようとするわけですから、社員には本当にチャレンジしてもらわなければいけません。そしてチャレンジする以上、やはり社員を信用する必要があるわけです。そういった考え方を突き詰めていくと、今まで雇用形態で有期契約にしているのは、もしかすると業務や経営の都合でリスクと捉えている部分もあったのではないかとなりました。社員に対し「これからもっとチャレンジしよう」と言いながら、会社はチャレンジしていないことが伝わってしまう。「会社も社員を信頼するから、社員も会社を信じてチャレンジをして欲しい」と言える関係が必要ではないかと議論しました。

社員については、総合職に大きな反応は無く、専門職は「正社員とほぼ同じ仕事をしているのに、何で確定拠出がないのか」「昇格の制限があるのはなぜか」などと処遇に少し不満を持っていた人が結構いたので、基本はウエルカムでした。有期契約の人は二極化していました。活躍している人ほど「正社員になるのに非常にハードルが高い試験がある」「総合職よりもパフォーマンスを発揮している」などと思っていて大歓迎なのですが、マイペースで働いている人のなかには、「何かとてつもなく難しいことを強いられるのではないか」などと考えて、萎縮してしまう人もいます。伝え方については、むしろこれからが大事になると思っています。

行動や思考を変えていく取り組みも

報告では説明しきれませんでしたが、今回は役割等級制度も緩めにつくっています。「こういうポジションの人はこういう役割・行動を期待しています」ということで、①チャレンジする②常識を疑う③やり切る④チーム力を高める⑤自分を高めていく──といった五つの行動原則を10項目のコンピテンシーに落として、役割ごとに定義しています。例えば「常識を疑う」についても、ものすごく大胆にしなければいけないポジションもあれば、それほどではないポジションもありますが、そういうものも普段の行動原則として評価して、行動原則に合う人の方が処遇は高まるしチャンスも増えるといったことを打ち出していき、業績だけではなく行動や思考を変えていくよう取り組んでいこうと考えています。ただ、こういったことは一足飛びには行けないと思いますし、机上ではなく実際に想定通りになるのはなかなか難しいと思いますので、今後そのあたりを固めていきたいと思っています。

濱口 ありがとうございます。他社がやっていないことをやるのがクレディセゾンという会社の最大の特徴で、それを有期で働いていた人たちも巻き込んでいくのが非常に重要なポイントだったということを、今伺って改めて感じました。ここで、菅野理事長にコメントをいただければと思います。

労働政策の改革で企業が受ける影響とは

菅野 本フォーラムの主たる目的は、処遇改善政策が進展し、かつ経営環境の変化等のなかで内発的な改革を進めている企業も多数出ているだろうということで、処遇改善の先進事例を聞いて参考にするということです。

それを踏まえて政策との関係でコメントすると、いま議論されている働き方改革、同一労働同一賃金もそうですが、特に労働契約法の改正の18、19、20条などは正規と非正規を分離して処遇の格差をつけることで、正社員の雇用や労働条件を守っている雇用管理を何とか変えたいという発想による改革と言えましょう。しかし、その改革による立法は、今日お聞きしたような経営上の問題意識に発して、それに対応していくなかで行われる人事処遇制度の改革にも網をかぶせるわけです。今日の事例報告のような、企業の自主的取り組みを考えると、政策として非常に難しい領域に踏み込んでいるというのが私の感想です。

冒頭、私は今まで20条についての裁判例が7件あると紹介しました。このなかには、従来型の正規・非正規を分離しての雇用管理をしているところもありますが、企業あるいは労使の問題意識から改革をして正社員・非正社員を多様化し、グラデーションをつくって処遇の再編成をしたようなところも訴訟になっています。今後、両方について判断がなされていくわけですが、もしも働き方改革法が成立すれば、その状況が一層進展することになります。やはり政策を考えるうえでは、問題意識としてある従来型の人事管理の制度ばかりではなく、企業が取り組んでいる先進事例も参考にして、そういう企業が新しい政策によってどういった影響を受けるのかについても考えないといけない、というのが私の感想です。

これからの時代に求められる働き方や処遇

濱口 ありがとうございました。では二つ目のトピックに移りたいと思います。今日、ご報告いただいた企業事例は、いずれも労働契約法の改正に対応することを超え、かなり先制的に新たな人事制度を構築されています。他方、今は第4次産業革命と言われる時代です。そのような時代には、どういった雇用区分や働き方、処遇が求められるのか。それらを支える様々な法制度、政策が必要になるのでしょう。各社が考える新たなビジネスモデルも踏まえて、お話いただければと思います。

人を基準に見て処遇する仕組みが必要に

忠津 少し言い過ぎになるかもしれませんが、人事は、職務型を入れると結構、楽です。その職務につけていれば給料は上がらないので、ポスト管理さえきちんとしていれば全体が管理できます。人事の役割が人件費やコストのバランスを取る運用だけをすれば良いのなら楽なのです。しかし、今は仕事がすごく変化しているなかで業務自体が標準化されませんし、何より新しい価値を生み出さないと生き残れません。

一つ例を挙げます。5年、10年ずっとマネージャー職をしている人がいます。そういう人に、「新しいことにチャレンジしてください。今回、ビジョンをつくったのでやってください」と言っても、「どうしてですか。業務の標準化で私はずっとM3じゃないですか」となる。そこで「いや、チャレンジ分は成果で評価して賞与で報います」と話しても、「(月例賃金の)ベースで報いて欲しいよね」と返されてしまう。人事として、こういう問題にどう応えていくのかを考えなくてはなりません。

そこで人をコストと見るのではなく、「同じ人が能力を発揮していけば、そういう成果に向けて基本的なところをもっと可変的に見られる仕組み・制度を社内に定着させられない限り、当社が掲げる戦略は実現しない」といった考え方のなかで、「新職能型」という人を基準に見て処遇をしていく仕組みにチャレンジできるのかを検討しているところです。

濱口 ありがとうございます。この取り組みは、人事にとって非常に大きなチャレンジだと思います。では千葉興銀の井上様、お願いします。

個々の事情に合わせるグラデーション型人事制度を

井上 月並みな言い方ですが、労働力人口の減少は避けて通れない深刻な問題です。しかしながら、それは予測できていることなので、会社はそういった厳しい環境下にあっても、コア人材をいかにして採用し雇用し続けていくかということについて、これまでになかった創意工夫をもって、その普遍的な課題に正面から向き合っていくより他はないと思います。

今までの人事管理は、景気の浮沈はあったとしても基本的には必要な労働力は確保されている状況で、制度という固定化した枠組みに個人を押し込めるような仕組みだったように思えます。いわゆる正社員とパート従業員というたった二極のなかでの人事管理だけでよかったわけです。しかし、最近の就業ニーズは本当に多様化しています。当行のパート従業員は大多数が家庭の主婦なので、例えば配偶者の転勤や親の介護を理由に辞める人も一定数いるわけです。そういう人にまた戻ってきてもらうことを考える必要もあります。地方銀行という業態からか、とりわけ介護責任のあるパート従業員はとても多く、そういう人たちが離職せず働ける範囲で貢献してもらえるような柔軟な制度をいかにつくっていけるか真剣に考えていかなければなりません。固定化した人事制度ありきの時代はもう終わっていて、これからは本当に個別の顔を見ながら制度運用していくことが求められてくると思っています。もしも現行の仕組みで当てはまらなかった人が出たら、当てはまるように制度そのものを見直しするとか、運用で微修正するような、グラデーション型と表現するような人事制度や運用が必要になってくると考えています。

そういう意味では、先ほどの事例で紹介した通り、今はいわゆるパートタイマー3区分、行員と行員に近いアソシエイト行員2区分の合計5区分で運用していますが、これを6区分、7区分に増やしても構いません。もっと言えば、その間を自由に行き来できるような設計をしたうえで、今のその人にとって一番フィットする区分を使ってもらい、都合が合わなくなったら、また元に戻せるようにすれば良いと思います。そういう対応で有能な人に少しでも長く働いてもらえば、人件費が利益になって返ってくると確信しています。

濱口 ありがとうございます。「グラデーション」という言葉が、千葉興銀の人事制度の根幹をよく表していると改めて感じました。では、竹内製作所の山本様、お願いします。

地方企業はシンプルな制度と運用で

山本 今後の働き方や雇用区分、処遇、行政に求めたいことについて、私自身はシンプルなものが一番良いと思っています。多店舗展開している企業と違い、当社は長野県本社に約9割の社員が勤務していて、目の届く範囲で概ね会社が回る状況ができ上がっています。地域限定勤務という概念もなく、複雑なコース設定も不要です。そういった企業にとっては、シンプルな制度と運用の仕方が最も取り組みやすいのです。

今、各種イベントや紹介記事などで他社の事例を見聞きする機会が多いのですが、どれも立派な制度ですが複雑に見えてしまい、参考にはなるものの導入に踏み切るのに戸惑ってしまいます。そうしたなかで、まずは取り組みやすいシンプルな形でスモールスタートして、そこから必要に応じて拡充をしていく形が大事だと思っています。

実は当社もコース転換などの検討をしていた時期がありました。しかし、人事部門の労力が増えるとの試算となり導入を見送ったことがありました。これは恐らく各社同じ状況だと思いますが、今は人事も含めたいわゆる間接部門の人間を増やす概念は基本的にないと思っています。むしろ間接部門は縮小傾向にあり、そういった労働に割くマンパワーが減っていくなかで、新しい制度の構築や運用、なおかつメンテナンスも必要になってきたら、正直やりづらいわけです。

労働契約法などの法改正の趣旨も十分わかりますし、会社としてもそうあるべきだと思っているなかで、いかにシンプルに物事を進めていけるかの視点が、今後の企業人事に必要なことだと思います。

濱口 ありがとうございます。いまお話いただいたシンプルなビジネスモデルのなかでシンプルな人事制度を目指している事例も非常に重要です。では、クレディセゾンの松本様、お願いします。

将来は他社とのつながりも意識した人事対応に

松本 業種・業態、特徴で大小はあるかもしれませんが、事業の変化等で会社の中身がどんどん変わっていき、役割も変わっていくような時代になってくると、雇用体系でコントロールするのは難しい。むしろできるだけ制度設計はシンプルにして、運用でどれだけ対応できるかになるのではないかと思っています。「こういう役割の人がどのぐらい必要」「こういう役割の人をどれだけ増やすか」といったこともある程度は必要ですが、内製化だけにこだわらず、必要に応じて業務委託も組み合わせて機動的に動かすことも結構求められてくるのかな、と思っています。

今、当社ではプラットフォームをシンプルに一つにしたうえで、自由に運用できるようにして役割を明確化しています。しかし将来的には、それでも人手が足りなくなれば、他社とのつながりで人材を融通し合い、案件単位でプロジェクトを組む形も意識しなければいけなくなるかもしれません。人も1社だけに縛られるのではなく、「ある役割が担える人はプロジェクト的にA社とB社に関わってもらう」といった融通が当たり前になる時代が来るかもしれないということです。特に当社の場合、自社のなかで突出したリソースやコアのようなものを持ち得ているわけではなく、あるものとほかのものを組み合わせて進めていくビジネスなので、いろいろフレキシブルに対応できるよう会社も人も制度もなっていなくてはならないと思っているので、そういう仕組みにしていきたいと考えています。その点、法制度の面でも、あまりいろいろなことを想定し過ぎて精緻に設計するよりは、運用の領域を増やすような弾力的な方向が求められるような気がしています。

濱口 ありがとうございます。他社がやっていないことをやるのが特徴のクレディセゾンらしいお話でした。ここで再び、菅野理事長にコメントをお願いします。

企業の自主的な動きを認める政策アプローチを

菅野 私が述べようと思っていたことを、最後に松本さんが仰ってくださいました。企業が置かれている状況や問題意識はそれぞれ違い、それに応じていろいろな工夫をしているのだと思います。あるべき人事制度や向かう方向は、それぞれが考え工夫を凝らして取り組むのが良いわけです。

ただ、政策としては、少子高齢化や技術革新、グローバル化のますますの進展等の日本全体の状況がいろいろあって、それに応じた全体的な方向を出すわけで、今の働き方改革の動きも同様だと思います。大切なのはその際、各企業が行っている自主的な取り組み、工夫、努力を阻害しないこと。むしろそれを助長し、促進し、支援することです。

法政策の実現手段には、ハードローとソフトローがあります。ハードローは、刑罰規定や裁判規範などで強制するもの。あらゆる状況の企業に適用して強制することになるため、どうしても一律になります。一方、ソフトローは企業の自主的な取り組み努力を促進し、それを社会的にもいわば認定する状況をつくっていくアプローチです。近年、流行っていて、えるぼしマークなどもそれに該当します。政策においては、企業ごとに違う奥深く幅広い問題であるということをよく認識して、手段も考えていかなければいけないとの感じを持っています。

フロアからの質問へのコメント

濱口 では、この後は、各パネリストにフロアから事前に集めた質問に答えていただくとともに、クロージングのコメントをしていただこうと思います。J.フロントの忠津様からお願いします。

短時間勤務者を採用する「マザー採用」

忠津 私には、報告で述べた「マザー採用」の詳細と、人事制度改革の採用への影響についての質問をいただいています。マザー採用というのは、最初から短時間勤務の社員を採用する仕組みです。当社は進んだ両立支援の仕組みを持っていて、実際に社内での適用実績もかなりあります。それを採用力に活かして、専門知識を有してキャリアを築くことを望んでいながら働き方に時間的制約を抱えている人に対し、「こういう両立支援制度があって100%利用して、持てる能力を充分に発揮して欲しい」という採用の新しいスキームです。当社は女性などの多様な人材を戦力化していくことをビジョンに掲げて、実現に向け、マネジメントも100%支援することを約束しています。現在、採用活動中ですが、マザー採用は非常に強いインパクトをもって採用を行えています。

まとめです。今日、お伝えしましたような話をすると、「社長のコミットもあるからいいですね。うちはそういうのがないです」といった声をよく聞きます。実際、私もかつてはそう思っていた時期がありました。今一つ言えるのは、思いのある社長に巡り会えたということではなく、人事ももっと分析力や数字など、そういうもので物を語らないと、経営を説得できないということです。これからも分析力に基づいた人事の提案力を身に付けていかねばならないと真剣に感じています。

濱口 ありがとうございます。次に千葉興銀の井上様、お願いします。

社内の誰もが納得する説明で改革を進める

井上 質問票のなかで、今後の法改正を踏まえて同一労働同一賃金の役割・処遇を見直す際の注意すべき点について問うものがありました。これは、いかに社内の納得性を得られるかに尽きると思います。今後、裁判所による判断が蓄積され、それによって徐々に基準のようなものが出来上がっていくとは思いますが、それももう少し先の話になると思いますので、まずは社内の誰もが納得する考え方をつくって、しっかり説明していくしかないだろうと考えています。

今回、アソシエイト行員という、正行員とパート従業員の中間的な雇用形態をつくりました。その際のポイントがいくつかありますが、その一つにどういったスキルや能力を持てば高い価値として社内で認識されるのかが一目瞭然になるような制度設計にしました。

働く上で、「この仕事はここがポイントだよね」「正行員ってここの負担が結構大きいよね」「ここが正行員であるがゆえの辛いところだよね」というようなことがどこの会社にもあると思います。そういう象徴的な部分をあえてクローズアップして、「アソシエイト行員には正行員と違ってこういう負荷は求めませんが、この部分だけはプロフェッショナルとして行員以上にやってください」などと説明していきました。

あと、J.フロントの忠津様のお話にもありましたが、これからの人事部門はやはり定量化して数値として残すことが不可欠だと思います。よく「モチベーションが上がるから」などと言われますが、モチベーションは数値で計測できるようなものではありません。そういうものではなく、できるだけ数字やデータで示せる指標を駆使しながら、経営にしっかり理解してもらったうえで、会社としての方針を固めていくのが、我々が当面やらなければいけないことなのかなと思っています。

濱口 ありがとうございました。では、竹内製作所の山本様、お願いします。

全採用チャンネルに一定の厳しさを持たせる

山本 私には、「正社員登用試験の内容をもう少し具体的に教えてください」という質問がありました。試験は事前に書類選考があり、その後、面接試験、小論文試験、筆記テストがあります。筆記テストは、いわゆる一般常識レベルで、国語、算数、理科、社会に時事問題も加えています。面接と小論文は今後のキャリアの積み方などに論点を持って行き、総合的に判断しています。

正社員登用する人材については、いわゆる新卒の大卒採用や中途のキャリア採用に求めている人物像とほぼイコールにしています。そのため、現場での入社後の受け入れが非常によいのが特徴的です。仮に高卒でも社会人としてのキャリアをしっかり積んできていて将来のビジョンも明確になっていますので、現場に溶け込みやすい状況にあります。また、特定の採用チャンネルだけ入りやすかったりすると、既存社員の納得が得づらく社内の不協和音を呼びかねません。こうしたことから、採用チャンネル全てに一定の厳しさを持たせる運用をしています。

濱口 ありがとうございました。クレディセゾンの松本様、お願いします。

多くの関係者と「なぜ、見直すか」を議論する

松本 いただいた質問から、これまで説明されていないものを中心にお答えしたいと思います。まず、「短時間、短日勤務者が増えていくと、現場での役割、業務配分、評価の課題や対策はどうなるのか」といった質問です。これは本当に難しく、以前から課題になっています。もともと短時間勤務の人と制度をただ移行しただけの人は今までどおりの働き方なので、そこは雇用形態が変わっただけで問題ありません。加えて、業務ウエイトのコントロールも結構昔からやってきていて、調整できています。あとは部門間で極端になり過ぎないよう、短時間勤務者の割合をちょっとコントロールしてローテーションをしたりしています。一方、評価に関してはマネージャー間の格差がまだ結構あり、配慮し過ぎる人とうまく使える人に二極化しています。この解消は結構難しく、何かトレーニングや研修をすれば良いわけでもありません。マネージャーの評価を客観的にすることで本人に気づかせたり成功事例を伝える等、いろいろなデータによるフォローを考えていかないといけないと思っています。

後は、制度の見直しに取り組むに当たっての注意点。これはやはり目的です。いま取り組もうとしていることの上位目標は何なのかを突き詰めて考える。足元の課題の解決にどうしても目が向いてしまいがちですが、「そもそもなぜ、見直すのか」をできるだけ多くの関係者と議論して追求し、そこから現行の不具合の解消よりも「こんな仕組みだったらこの目的に近づける」ということをスタートとした方が良いと思います。

濱口 ありがとうございました。最後に菅野理事長にお願いします。

企業の自主的取り組みに調和的な法解釈とは

菅野 現在は改正労働契約法があり、これをどのように活かすかを考えていました。ハードローで要件と効果として規定されているなかで、企業が行っている自主的な取り組みなどに調和的な解釈としてはどのようなものが考えられるのか。先ほどの議論で、社内の納得感が一番大事だとの話がありました。例えば20条の「その他の事情」がありますが、そこでは、企業のなかでどのくらい納得感がある理念とプロセスでつくられたのか。そして制度の内容もそのように見えるかというようなことは考慮すべきではないか。また、社員区分と処遇制度の統合の形を最終目標として描いたうえで、それに向かって段階を追って労使交渉を進めていくアプローチも必要なことがあるわけです。そうしたソフトロー的な考慮も現行法の「その他の事情」に入りうるのではないかを考えていました。いずれにせよ、労働政策を考えていくJILPTとしても、大変に参考になる事例をご報告いただいたことに対し、御礼を申し上げたいと思います。

濱口 本日の労働政策フォーラムは「改正労働契約法と処遇改善」というタイトルでしたが、ある意味それを超えて、各社がそれぞれ置かれた状況のなかでどのように新しい人事制度を確立しているかについて、議論させていただきました。どうもありがとうございました。

プロフィール(コーディネーター)

濱口 桂一郎(はまぐち・けいいちろう)

JILPT労働政策研究所所長

1983年労働省入省。労政行政、労働基準行政、職業安定行政等に携わる。欧州連合日本政府代表部一等書記官、衆議院次席調査員、東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授等を経て、2008年8月、労働政策研究・研修機構労使関係・労使コミュニケーション部門統括研究員、2017年4月から現職。著書に『労働法政策』(ミネルヴァ書房、2004年)、『新しい労働社会』(岩波新書、2009年)、『日本の雇用と労働法』(日経文庫、2011年)、『若者と労働』(中公新書ラクレ、2013年)、『日本の雇用と中高年』(ちくま新書、2014年)などがある。