基調講演 改正労働契約法と処遇改善

JILPT理事長の菅野です。皆様ご存じのとおり、近年、非正規労働者の処遇改善政策が進展しています。また、最近は人手不足が進行して、企業において有期・パート労働者の活用とそのための処遇制度の改革が進められています。本日のフォーラムではその状況と課題を検討したいと考えて企画しました。私からは、その処遇改善政策の現状と均等待遇に係わる裁判例、同一労働同一賃金の動向等についてお話したいと思います。

有期・パート労働者の処遇改善政策の進展

はじめに、近年の有期・パート労働者の処遇改善政策の進展を簡単に確認したいと思います。これが本格化したのは、2012年の労働契約法改正です。この改正の第1は、5年を超えて更新されている有期労働契約労働者に対して無期雇用への転換権を付与する18条で、これにより今年4月から無期転換権の発生が始まります。次に有期雇用の更新拒否につき判例の雇い止め法理を明文化した19条については、裁判例が多数出されており、裁判所に労働審判等も含めて多数の事件が行われていると理解されます。そして、有期雇用・無期雇用労働者間の不合理な労働条件の相違を禁止する、いわゆる均衡待遇原則を定める20条については、今のところ、私の把握した限り七つの事件が公刊されています。その他、12年の国民年金法等の改正と16年のそのフォローアップの改正で、パート労働者への社会保険の適用拡大が行われています。

政策動向をにらんで進む企業の処遇改善

続いて、2014年にはパート労働法が大幅に改正されました。パート労働者も有期契約労働者と同様の均衡待遇、不合理な労働条件の相違の禁止が8条において規定され、それまであった均等待遇の規定、07年法による均等待遇規定が適用要件を緩和されました。具体的には、無期契約ないし実質無期状態という要件が削除され、要件は職務内容の同一性と職務内容・配置の変更範囲の同一性だけになりました。

そして、まだ法案要綱の段階ですが、働き方改革法案がこの通常国会に提出されることが企図されており、そのなかに同一労働同一賃金の規定が入っています。有期・パート雇用者に共通の均衡・均等待遇原則が裁判規範として規定されますが、これについては、これまでの規定に「待遇のそれぞれにつき」という言葉が挿入され、あるいは「その他の事情」という基準に対して、「待遇の性質・目的に照らして適切と認められるもの」という修飾語が付されています。その他、説明義務や労働局による紛争解決手続きが規定されているところです。

この法案がもしも今国会で成立することになれば、各企業においては、もとからの正社員と無期転換の社員、有期・パート社員といった、社内にいる労働者全体にわたって、社員区分と処遇に関するさらなる点検・見直しが要請されることになるでしょう。つまり、現在進行している企業における有期・パート社員の処遇改善は、こうした政策の動向をにらんだものになってきていることも想像されます。

パート法旧8条違反の裁判例

次に、関連の法ルールについての情報提供ですが、まず、一番関連性があると思われる七つの事件での裁判例を見ていきます。

最初はやや特殊な事例で、中小の運送会社の運転手の正社員と、準社員と称される非正社員間の基本給・賞与の格差です。珍しいことに、2014年改正前のパート法の旧8条によって「待遇の格差は違法である」とされております。小さな運送会社なので職務内容は同じだし、正社員の配転も行われていない、そして、準社員である有期社員について契約が反復更新されて実質的に無期状態になっているという、旧3要件が備わっている事例です。

一部手当の格差が不合理と判断された裁判例

次に労契法20条に関する五つの裁判例においては、職務内容に重複があっても、より広く職務の経験を重ねて管理業務へ進む正社員と、職務が狭い有期・パート社員間の処遇の違いは、概ね基本的な部分で不合理ではないとされつつ、一部手当の格差が不合理とされているとまとめることができると思います。

一つ目は、全国規模の運送会社での転勤・出向ありの正社員ドライバーと、勤務地の変更のない契約社員ドライバーの賃金全体の違いが争われた事件です。大阪地裁の判決は、「無事故手当、作業手当、給食手当、通勤手当の格差は不合理であるが、その他の基本給、賞与、退職金、皆勤手当、家族手当、住宅手当の格差は不合理ではない」という判断をしています。現在上告中で、そのうち判決が出る見込みです。

二つ目は、地下鉄の構内売店業務に専従する契約社員と、構内業務全般に従事し、キャリアを展開する正社員の手当等の違いについて争われたもの。時間外労働割増率の違いのみが不合理とされ、本給、賞与、各種手当、退職金等、その他6種類の相違は不合理ではないとされています。

さらにこのグループに属する事件として、宅配事業大手における、マネージ社員(無期)とキャリア社員(無期と有期)間の賞与支給方法の差異が「不合理ではない」とされた仙台地裁の判決があります。このケースは有期と無期の社員間の処遇の統合が行われた後の賃金制度について争われたもので、統合後の賃金制度の差異のうち、賞与支給方法の差異を取り上げて争った事件です。

同様に、郵便事業において正社員、非正社員ともに多様化してグラデーションをつけた人事制度改革を行った前後の事件があります。こちらは限定正社員とも言うべき新一般職と、有期契約下のフルタイム・パート双方の契約社員との間の賞与、諸手当、休暇の違いが争われ、東京地裁と大阪地裁で判決が出ています。年末年始勤務手当と住居手当は両判決とも不合理とされましたが、その他については、東京地裁では夏季・冬季休暇の不支給が不合理、大阪地裁では扶養手当の不支給が不合理だという判断になっています。

処遇制度の細部の是非を判断する時代に

最後は、定年後の嘱託の処遇と労契法20条に関する事件です。定年前と同一の職務に従事する複数の嘱託運転手の賃金が20~24%低いことについて、業界相場と年金・雇用保険の給付を考慮して「不合理とは言えない」という東京高裁の判決が出ていて、上告審の判断待ちになっています。

私は、これら一連の事件を通して、やはり均衡待遇のルールの下で、裁判所が企業の処遇制度の細部にわたってその是非を判断する時代に入ってきているとの印象を持ちました。

裁判例に影響与える「ガイドライン案」の特色

次の関連の法情報として、2016年12月20日に働き方改革実現会議で策定されたガイドライン案を挙げておきたいと思います。それは、今の裁判例の判断がこのガイドライン案を参考にしているようにうかがえるからです。この案は同一労働同一賃金の法案をつくっていくうえでの考え方を提示したもので、諸手当は各手当の趣旨に照らして具体的に均等・均衡待遇を要請しています。特に職務手当と言われる、特殊作業手当・特殊勤務手当のようなものは同じ職務であれば同じ手当を要請しています。通勤手当も実費弁償の性格を重視していますし、賞与は貢献に応じて支給すべきだとしています。これらは裁判例に影響を与えつつあるような気がします。

その一方で、基本給は同じ制度下に置いている場合には同じ基準で支給すべしとしているだけで、同じ制度下に置くようにとは言っていません。退職金や家族手当、住居手当などにも触れておらず、いわゆる長期雇用慣行を体現しているような賃金項目については控えている感じがします。

人材活用の仕組みを基本とした日本版同一労働同一賃金

それから、次の法情報としては、法案要綱のなかの同一労働同一賃金についてです。その一番肝心な点は、これまでの均衡・均等規定と連続性のある規範にしていることです。例えば、「職務給で統一せよ」というようなことは言っておらず、むしろ職務内容と職務の内容・配置の変更範囲、いわゆる人材活用の仕組みを基本とした日本版の同一労働同一賃金と言えるようなものになっていると思います。

なお、均衡待遇では三つ目の規準として「その他の事情」があり、広い事情を考慮できるようになっています。ただし、有期労働者の採用時及びその求めがあった時には、待遇の相違についての説明義務が明確に規定されていますので、今後は説明義務に備えていく必要があると実感します。

というのは、昨年3月に出された厚労省内の検討会報告では、「説明義務を果たさない場合は待遇の相違の不合理性を判断する考慮要素とすべし」と指摘しており、法律家的な感覚では裁判所もそういうふうに言うだろうと予測しています。そして、説明義務をきちんと果たすためには、関係する規定等含め、やはり制度を整える必要がありますが、説明がしやすいのは、従業員全体にわたって職務内容と職務内容・配置の変更範囲に沿った賃金制度にすることだと感じています。

労働者全体に関係する賃金格差の改善

以上のように、有期・パート労働者の処遇については、法のルールが立法や裁判例、政策によって発展中です。私は、こうした法ルールの最も大きな効果は、社会と労使の意識を変えることだと思っています。他方、法のルールの執行を考えた場合、そのための法の装置には限界があると思います。行政指導や行政によるADR、裁判に替わる紛争解決手続にはマンパワーの限界がありますし、民事裁判はそれ自体に時間と費用がかかります。この種の事件は性質上、和解が困難でもあります。

裁判所の側から考えると、趣旨明確な諸手当の格差や職務給で同一業務に従事する技能者同士の格差、小さな運送会社で働く運転手の正社員と準社員の間の賃金格差などは比較的、判断しやすいと言えます。しかし、複雑な賃金・評価制度などは非常に判断が難しい。そもそも正社員と非正社員の賃金格差の改善は、訴訟を提起した原告だけの問題にはとどまらず、職場の関係労働者全体にわたる問題です。全体的な利益調整が必要になるため、労使交渉での段階的・調整的対応が適切な事柄であるように思われます。

処遇改善は労使共同の取り組みで

また、均衡待遇原則の基準における「その他の事情」には、何が入るのか。裁判例や学説が真っ先に挙げるのは、「労使協議においてどの程度丁寧に、非正規労働者も含めた従業員の意見を汲み取って合意に達しているのか」といった労使協議の状況です。

これまで当機構の情報誌で紹介した企業事例や、今日の4社の先進事例等を見ると、幾つかの対応パターンがあるように思われます。具体的には、①労働組合の問題提起から労使交渉を重ね、社員区分や処遇制度の段階的な統合に向かった動き、②経営側の経営理念、問題意識とイニシアチブに発する処遇制度改革、③訴訟リスク回避を主眼とした職務・処遇制度の再整理、④既存の社員区分のなかで正社員転換制度を用いて優秀な有期・バート社員を正社員に積極的に繰り入れていく──等の対応が見られます。

近年、人手不足が先行し、パート・有期労働者の戦力化は労使共通の課題になっています。私としては、各地域、各業界、各企業での労使の取り組みを期待しているところです。

プロフィール

菅野 和夫(すげの・かずお)

JILPT理事長

1966年東京大学法学部卒。1968年司法修習修了。東京大学法学部助手、助教授、教授、米国ハーバード大学ロースクール客員教授等を経て東京大学法学部長・同大学大学院法学政治学研究科長を務める。2004年退官。東京大学名誉教授。明治大学法科大学院教授(2005~09年)、労働政策審議会会長(2005~09年)、中央労働委員会会長(2006~13年)、日本学士院会員(2008年~)などを歴任。主著に『新・雇用社会の法(補訂版)』(有斐閣、2004年)、『労働審判制度第2版~基本趣旨と法令解説』(弘文堂、2007年)、『労働法(第11版補正版)』(弘文堂、2017年)、『詳説労働契約法(第2版)』(共著・弘文堂、2014年)など。

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