研究報告 母親の非典型時間帯労働と子どもへの影響

非典型時間帯の就業者が増加

非典型時間帯とは、いわゆる月曜から金曜の9時~5時という典型的な就業時間帯の対立概念です。

先進諸国ではいずれも非典型時間帯に働く人々が増えており、日本でも特に非正規労働者を中心に、深夜や早朝などに働く人々が増加しています。図表1は一日の各時間帯における就業者数を示したものです。1991年から2011年までの変化を見ますと、日中の時間帯は就業者数が減少している一方で、深夜・早朝や18時以降の就業者数が増加していることが分かります。12時~13時は昼休みに当たる時間帯なので、就業者数が少なく、グラフが窪んでいますが、91年と比べるとその窪みはだんだん浅くなっています。つまり正午前後に昼休みをとる人が減少していることになります。さらに、就業者を正規労働者と非正規労働者に分けると、夜間や早朝の時間帯は非正規の割合が高いことが分かります(図表2)。

図表1

時間帯別就業者数(平日)

(資料)総務省統計局「社会生活基本調査」、厚生労働省「平成27年版労働経済白書」より大石作成

参照:配布資料5ページ(PDF:600KB)

図表2

時間帯別就業者数の構成(正規と正規以外)(平日)2011年

(資料)総務省統計局「社会生活基本調査」より大石作成

参照:配布資料7ページ(PDF:600KB)

夜間・深夜・早朝の労働の影響

夜間にも働く労働者がいるからこそ便利な社会になっている面もあるわけですが、同時に様々な問題も孕んでいます。まず、健康や安全への影響です。例えば、夜間・深夜労働が疾病リスクを高めることや、夜勤明けにヒヤリ・ハット事故が多いこと、また早朝4時~5時頃に重大な交通事故が起こりやすいといったことが知られています。

ふたつめは、ワーク・ライフ・バランスへの影響です。サービス経済化が進んだ結果、様々な曜日や時間帯にサービスが提供されるようになり、そうした仕事に従事する労働者も増えているわけですが、子どもの生活は別のリズムで成り立っています。非典型時間帯労働と家庭生活を両立させようとすると、親自身のメンタルや健康だけでなく、子どもの健康や行動にも良くない影響が生じることを指摘する研究が海外では多数出ています。例えば米国の研究では、母親の深夜・夜間労働の年数が長くなると、子どもの読解力や数的能力が下がるという結果になっており、こうしたネガティブな影響はひとり親世帯でより顕著に観察されるとしています。

日本の場合、ひとり親世帯──とりわけ母子世帯は、半分以上が貧困にあります。ただし、日本の母子世帯の母親の就業率は先進国でも突出して高いのです。つまり、働いているのに貧困というのが実態です。

図表3は、母親の時間帯別の就業率を示しています。どの時間帯においても、シングルマザーの就業率はふたり親世帯の母親を上回っていますし、2001年と2006年を比較すると、シングルマザーの場合、日中だけでなく17時~21時の就業率上昇が目立っています。ふたり親世帯の母親の場合も、時間帯に関係なく就業率が上昇していることが分かります。

こうした母親の働き方の変化は、どのような影響を家庭生活にもたらしているでしょうか。JILPTの「子育て世帯全国調査」個票を再集計してみると、母親が非典型時間帯に働く世帯では、子どもと過ごす時間や、一緒に夕食をとる回数が少なく、とくに母子世帯でそうした傾向が見られることが分かりました。

子どもの学業成績への影響

さらに、気になる学業成績への影響について分析した結果をご紹介します。先に結論を申し上げると、悪い影響は出なかった──少なくとも悪い影響を統計的には検出しませんでした。なお、この分析で用いているのは、母親による子どもの成績の主観的評価指標ですので、実際のテストの点数や成績とは必ずしもリンクしていないという点にご注意ください。

その上で図表4を見ると、中学進学の時期と重なる12歳頃から、母親の評価による学業成績不振の割合が上昇します。高校受験を控えた時期になると他の子どもと比較し始めるのか、「うちの子は成績が悪い」と考える母親が増加するようです。

図表4

子どもの年齢と(母親の評価による)学業成績不振の割合

(注)回答した母親が「遅れている」もしくは「かなり遅れている」を選択した割合。2011,12,14年のデータをプールしたデータセットによる集計結果。

参照:配布資料20ページ(PDF:600KB)

それでは、母親が非典型時間帯に働くと、子どもの学業成績への評価に影響は出るのでしょうか。詳細はJILPTの報告書(注)をご覧いただくことにして、図表5では計量分析の結果だけご紹介します。上から順番に4通りのモデルを推定しており、下の分析のほうがより厳密な分析方法だとお考えください。表中の「-」は、母親の非典型時間帯労働が子どもの学業成績に及ぼす影響が、統計的に有意には観察されなかったことを示しています。固定効果ロジット・モデルによる推定では、母親の非典型時間帯労働は子どもの学業成績に有意な影響を及ぼしていませんでした。この点は、海外における先行研究とは異なる結果となっています。ただし、先ほど説明したように、分析対象とした子どもの学業成績は母親の主観による評価のため、やや客観性に欠けるという問題はあるかもしれません。また、この分析ではデータの制約から3~4年程度の期間でしか影響を観察できていません。海外では、より長期間で母親の働き方や子どもの成績を観察・調査をしていますので、これからやるべき研究はもっとあるだろうと考えています。

いかにWLBを確立すべきか

現在、「一億総活躍」や「女性の活躍推進」の掛け声のもとに、あらゆる年代の就業率を高めていくことが政策的に推進されています。他方、次世代を担う子どもたちの生活(学校、幼稚園、保育園など)は、平日の9時~5時が基本であることに変わりはありません。あまりにも「総活躍」や「労働参加」に政策の重点が置かれるようになると、では次世代育成は誰がどのように担っていくのかという問題が生じることになります。日本の女性の労働時間は、無償労働を入れると非常に長い。そうした状況で、さらに労働にドライブをかけて大丈夫なのかということを問題提起したいと思います。

また、非典型時間帯との関連では、先進諸国に共通して「アンソーシャル」な時間帯における細分化された仕事が増加する動きがあります。例えばスポット的に注文が入り、それに対応する労働者をその時だけ調達する傾向が現れていますが、果たして、どのようにワーク・ライフ・バランスを確立すればいいのかというのが、今後の課題だと思います。

脚注

(注)労働政策研究・研修機構(2017)『子育て世帯のディストレス』労働政策研究報告書No.189

テーマが「母親の~」となっているが、分析に使用したデータに母親の働き方に関する事項が多く含まれていたためであり、ジェンダーにとらわれる内容でないことをお断りする。

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