研究報告 キャリアコンサルティングと社会正義

ここ5~6年、キャリアコンサルティングについて海外の文献を調べていると、よく目にするキーワードなのに、日本のキャリアコンサルティングの議論では出てこないキーワードがあります。それが今日、取り上げる「社会正義」(social justice)です。

今日、お話ししたい内容は、新時代のキャリアコンサルタントの使命と責務を考える際の重要なキーワードとして「社会正義」について考えていこうということです。「社会正義」は、現在、世界中のキャリアカウンセラーが注目し、自らの実践に取り込もうとしているキーワードです。ですから、日本でも、キャリアコンサルティングの各領域で少し重視して考えてみようということです。これは個人、組織、社会のどのレベルでも有効なキーワードになると思っています。

カウンセリングを通じた公平・公正の実現促進を

現在、ヨーロッパを中心に、キャリアカウンセリング関連の国際学会では必ず何らかの形でこの「社会正義」の問題を取り上げています。例えば今年の国際キャリア教育学会スペイン大会では、サブタイトルに「プロモ─ティング・イクイティ・スルー・ガイダンス」(Promoting Equity through Guidance)と掲げており、カウンセリングを通じて、公平、公正を実現・促進することをうたっています。また、この学会では、2013年に、「キャリアガイダンス・キャリアカウンセリングにおける社会正義」コミュニケを発表しました。このコミュニケを初めて見たときは、かつてキャリガイダンス、キャリアカウンセリングに関する公式のコミュニケで、社会的な不公平や分断という言葉から冒頭始まるものがあっただろうかと大変驚いた記憶があります。このコミュニケでは、キャリアコンサルタントも、自らの実践を導く中心的な価値として、社会正義に取り組む必要がある、そういう時代だということが強調されています。

平等・格差・貧困への問題意識の高まりのなかで

OECD、ILO、世界銀行などの国際機関でも、キャリアガイダンス、キャリアカウンセリングの共通の目的として、労働市場と教育訓練に並んで、「社会正義」を掲げています。労働市場の効率化を目指すというのは、日本でも、キャリアコンサルティング施策が労働市場の基本的なインフラとして導入された経緯からも、よくわかる話だと思います。教育訓練との連携も日本人のわれわれにはよくわかる話です。これに加えて3点目の目的に、「社会正義」を置いているわけです。

例えばOECDでは、キャリアガイダンスは平等という目標に貢献し得ると言います。世界銀行では、自分の人生を自分で決める権利を促進するものだから、民主主義的な社会の重要な政策手段の一つだとさえ言っています。社会的な平等、社会的な包摂、さらには、貧困、格差、犯罪、こういったものも全てキャリアガイダンスによって防止、予防できるという議論が真面目に行われています。

ヨーロッパのみならず、アメリカでも、一番大きなカウンセリング学会の倫理綱領の前文で、「キャリア開発」「多様性」に続いて3点目に「社会正義」を掲げています。2000年前後から、日本でも不平等・格差・貧困に関する問題意識が高まりました。世界的に同じような状況があり、これに対して、キャリアカウンセリング、キャリアガイダンスの側で何かできないだろうかという問題意識が生じたわけです。

不利な立場にある層が自己決定できる支援を

キャリアカウンセリングは、もともとボストンの移民の若者の就労支援から始まったという歴史的な経緯があります。なので、もともと社会正義を志向した活動だったのだと思います。ですが、キャリアガイダンス、キャリアカウンセリングについては、以前から新自由主義的な価値観を持っているという批判が根強くありました。そのため、キャリアガイダンス、キャリアカウンセリングの内側からも、確かにそういう側面があるからこそ、もう少し社会正義を考えていこうという気運が高まったという面があります。そして、現在、不利な立場にある対象層、周辺的な対象層が自己決定をより多くできるように支援をしていくのが社会正義のカウンセリングだと定義されています。

社会正義のキャリアコンサルティングを、日本になじむ形でまとめると、①深い意味でのカウンセリング、②エンパワーメント、③アドボカシー──の3点です。深い意味でのカウンセリングとは傾聴することで、やはりよく聞くことが「社会正義」の第一歩になります。そもそも不利な立場にある人は、その存在自体が無視され、認められていないと感じることが多いです。そのため、社会正義のキャリアカウンセリングでは、そうした人たちの「声」をよく聞こうということを強調します。そうした人の存在を認める、より「深い」意味でのカウンセリングが必要となる訳です。その際、個人の悩みとして聞くのではなく、同時に、組織や社会との関係として捉えることも重要となります。

次に、エンパワーメントとは、単に悩みを聞いて一緒に解決策を考えるだけでなく、本人が自分で問題を解決できるような手段を提示したり、場合によっては代わりに積極的に動いたりすることで、より直接的な問題解決を目指します。解決策を、本人が自分でいろいろ選ぶ機会を増やすのがエンパワーメントです。

そして、今日、一番強調したいのは、最後のアドボカシーです。これは、組織、社会、もしくは、制度全体への介入、支援を指します。例えば企業であれば、組織そのものや諸制度の改革に対して、キャリアコンサルタントが積極的に関わっていくことになります。個別のカウンセリングであれば、単に悩みを聞くのみならず、ここに問題を抱えている人がいるということを社会全体に伝え、そうした人が社会生活を送りやすくなるように、より踏み込んだ情報発信を行うということです。

葛藤や矛盾に向かいやすい相対的に立場の弱い層

ちなみに中小企業で働く従業員に、相談に対するニーズを聞いた調査では、若ければ若いほど、男性よりは女性のほうが、正社員より非正社員の方が、相談ニーズは高くなっています。これを社会正義の文脈に即して考察すると、やはり組織文化の中心にある中高年男性、正職員と比べて、周辺的な対象層ほど相談ニーズが高いと言えるのではないかと思います。職場において、相対的に立場の弱い層に職場の葛藤や矛盾が向かいやすいので、長時間労働などの厳しい働き方をしている人であればあるほど、職場で専門のカウンセラーに相談したいというニーズは強いわけです。

その際に、単に1対1でカウンセリングをするだけでなく、きちんと話を聞いた上で、エンパワーメント、アドボカシーといった積極的な問題解決を志向することが新たな使命として考えられてよいと思います。特に学校でキャリアコンサルティングをされている方に強調したいのは、就職させるということが何よりもエンパワーメントの重要な一つだということです。学校卒業時に、就職活動をうまく行わせて学校から社会に出るのとそうでないのとでは、その数年後の生活状況が全く変わります。ですので、職業、仕事に直接タッチするカウンセリングに大きな期待が寄せられているのです。学校のキャリアカウンセリングを、こういった視点からも見直していく必要があると考えています。

職業訓練も重要なエンパワーメントの手段に

職業訓練も重要なエンパワーメントの手段となります。日本では、あまり学習目的、教育目的との関係でキャリアカウンセリングを強調することは少ないのですが、やはり職業訓練も、キャリアコンサルティングと関連づけることで、重要な効果が出ることは、様々な研究から明らかです。

また、企業内キャリアコンサルティングでも、今後、制度や仕組みなどに直接的に提言をしたり、問題がここにあるんだといったことを発言したりというアドボカシー機能が重要視されると考えています。この延長線上に、組織全体の問題解決に貢献し得るキャリアコンサルタント像が見えるのではないかと思います。

キャリアコンサルティングについて、社会正義の話はいきなり唐突だなと感じた人もいると思いますが、冒頭申し上げたとおり、海外では社会正義がキャリアコンサルティングのキーワードの一つになっています。是非、自分の実践で、身の回りで、社会正義というキーワードで何ができるのか、可能なのかということを改めて考えいただければと思います。

プロフィール

下村 英雄(しもむら・ひでお)

労働政策研究・研修機構主任研究員

筑波大学大学院博士課程心理学研究科修了。博士(心理学)。JILPTにおける主な研究成果は、『成人キャリア発達とキャリアガイダンス-成人キャリア・コンサルティングの理論的・実践的・政策的基盤』(JILPT研究双書、2013年;平成26年度労働関係図書優秀賞)、『企業内キャリア・コンサルティングとその日本的特質』(JILPT労働政策研究報告書No.171、2015年)、『欧州におけるキャリアガイダンス政策とその実践①~②』(JILPT資料シリーズNo.131~132、2014年)、『成人の職業スキル・生活スキル・職業意識』(JILPT調査シリーズNo.107、2013年)、『若年者の自尊感情の実態と自尊感情等に配慮したキャリアガイダンス』(JILPTディスカッションペーパー11-06、2011年)など。産業カウンセラー。2級キャリア・コンサルタント技能士。

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