事例報告② 栃木県におけるキャリア教育──高校の現状

はじめに、高校と言っても幾つか区分があり、栃木県の場合、普通科に通う生徒は全体の約6割、商業科や工業科などの専門高校に通う生徒は約3割、そして1割が普通科目と専門科目の両分野を学ぶ総合学科に通っています(図表1)。

図表1 栃木県高校生課程別人数 平成28年3月卒

図表1 グラフ画像(28年学校基本調査より)

参照:配布資料2ページ(PDF:615KB)

昨年、栃木県の高校を卒業して就職した生徒は約4,000人で、そのうち普通科の生徒が1,100人含まれていました(図表2)。専門高校と違い、普通科の生徒のほとんどは職業訓練を受けないまま、就職していくのが現状です。

図表2 栃木県高校課程別就職者(正非)人数 平成28年3月卒

図表2 グラフ画像(28年学校基本調査より)

参照:配布資料3ページ(PDF:615KB)

インターンシップを実施している学校は、専門高校23校、普通科・総合学科が9校で、実施しないのは51校ですが、インターンシップを経験している高校生は、県内高校生総数の9%しかいません。

キャリア教育の現状──進まない要因と課題

多くの高校では、キャリア教育を総合的な学習の時間3単位や特別活動の中で実施していますが、専門高校では課題研究という科目に代替できることになっています。その科目は、1年を通して自分たちで課題を見つけ出し、解決に取り組むというものです。一例を挙げると、宇都宮商業高校では、「モロバーガー」というモロ(ネズミザメの切り身)を使ったハンバーガーを生徒が考案し、企業の方にも入っていただき商品化することになりました。現在も上河内サービスエリアで売り出していますが、売上げが150万円を突破しています。このような実際の社会と関わりのあるキャリア教育の実践も取り入れています。

ただし、一般的にキャリア教育が進んでいるかと言えば、現状は必ずしもそうとは言えないのではないかと思っています。学校という組織は、トップの判断で動きます。校長がやらないと言ったら、教員は動けません。教員は全ての決裁を校長に持っていきますが、例えば、キャリア教育を実践したいと考えても、「事故があったらどうするのか」「保険はどうするのか」などと指摘されるかもしれません。外部の企業の人を呼ぶといっても容易なことではなく、しかも予算はほとんど出ない──。教員の負担感、保険費用、人材の問題などを考えても、なかなか進まない要因が幾つも挙げられます。

起業家教育の重要性と深刻な人材流出

前述のとおり、インターンシップの参加は非常に低い状況です。普通科高校では大学進学に主眼を置いていますので、キャリア教育を必要と思っても時間を確保できないのが現状です。高校側は、大学で社会人になるためのキャリア教育をやってくれると考えているようですが、宇都宮大学のように様々なキャリア教育のプログラムを展開したり、起業家精神を養っていこうとする大学はまだまだ少ないのが現状です。起業家教育を取り入れている学校がほとんどないことが、栃木県に本社、本店が少ない所以かもしれません。

余談になりますが、以前、県内の高根沢高校の生徒たちと一緒に「焼きちゃんぽん」を考えて売り出したところ、関東一円のコンビニのローソンで、1カ月で4,600万円を売り上げました。ところが「学校は儲けてはいけない」ということで、高根沢町と栃木銀行と高根沢高校で包括連携協定を結び、そこから生徒たちの活動資金を得ることができました。生徒たちは大変勉強になったと言っています。

それから、栃木に起業家が少ないということと関連し、人材流出の問題を指摘したいと思います。栃木県では、毎年約1万人の若者が大学に進学しますが、地元に残るのは約2~3割。7,000人は県外に出ていってしまいます。そのうち栃木県内に戻ってくるのは2,000人強ですから、ほぼ5,000人の若者が毎年、県から流出していることになります。これは非常に深刻な問題だと捉えています。

宇都宮商業高校のキャリア教育

図表3は宇都宮商業高校のキャリア教育の導入の事例です。基本的に例外なく、インターンシップに全員が参加します。体験した後、振り返りを行いますが、生徒が成長していると実感します。様々な活動を通じて、自ら動き、挑戦するようになりましたし、自分の行動に自信と責任感を持つようになりました。また、ボランティアや地域貢献への参加者が多くなり、地域からの評価や信頼も寄せられるようになりました。生徒会や部活動が活発になると、リーダーも出てきます。服装や挨拶に自主性が出てきて、働くことへの関心や意欲も高まりました。とくにインターンシップでは、苦労することもあるけれど、自分たちで考え挑戦するという機会が多いので、非常に効果的な取り組みとして今後も続けていきたいと考えています。

企業の採用担当者が本校を訪れる際、よく「野球部の生徒をください」と言われます。挨拶や返事をきちんとする習慣がついているからということですが、キャリア教育を導入してからは、他の生徒たちにも挨拶はもちろん、服装や態度にも変化が見られました。本校には1,000人近く生徒がいますが、風紀の乱れはありません。よく挨拶もしますし、生徒が街に出ても安心しています。つまり、生徒にいろいろな体験や経験、将来起こるであろうことを想像させて、自信と誇りを持たせるように導いていけば、子供たちは成長すると信じています。こうした取り組みを始めてから、本校では就職・進学や資格取得の実績も右肩上がりになっています。とくに資格取得(合格率)は全国一を達成し、この数年トップにいます。

図表3 キャリア教育の導入 宇商

図表3 事例一覧

参照:配布資料8ページ(PDF:615KB)

行政や企業に求めること

今までキャリア教育の現状や本校の取り組みについてご紹介しましたが、今後もキャリア教育を推進していくためには、やはりトップの判断が重要であるということを重ねて強調したいと思います。トップ、つまり教育委員会をはじめとする行政や学校長が動かないと、学校は動きません。教員の意欲を後押しするような支援や働きかけが必要だと思います。また、キャリア教育の先にある就職の問題を考える時、企業の側にも、若者が離職しないで定着しやすい職場の環境づくりや、社会を担う人材の育成に向けた努力をお願いしたいと思います。

プロフィール

杉本 育夫(すぎもと・いくお)

栃木県立宇都宮商業高等学校校長

商業科の教員として数多くの高校生の就職・進学など進路指導に携わる。栃木県の小中高校のキャリア教育指導の手引き作成に関わる一方、高校において銀行、自治体、企業、高校とで地域活性化、人材育成のための包括連携協定を締結し、高校生を積極的に学校の外に出す教育を展開。2016年4月より現職。

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