事例報告① 宇都宮大学の実践とそこから見えるもの

講演者
末廣 啓子
宇都宮大学キャリア教育・就職支援センター副センター長、教授
フォーラム名
第88回労働政策フォーラム「多様化する仕事と働き方に対応したキャリア教育」(2017年1月23日)宇都宮開催

私は長らく労働行政で雇用・失業の問題に関わってきましたが、宇都宮大学にキャリア教育・就職支援センター(キャリアセンター)が発足した10年前に本学に移り、以後、キャリア教育と就職支援に携わっております。

宇都宮大学は5学部(地域デザイン科学部、国際学部、教育学部、工学部、農学部)、4研究科(国際学研究科、教育学研究科、工学研究科、農学研究科)で構成され、約5,000人の学生が在籍しています。

企業と学生の認識のギャップ

まず、大学に来て非常に驚いたことは、経済社会の変化の中で、人の働き方や働かせ方がかつてなく変化・多様化しているにもかかわらず、そのことが学生や大学に伝わっていないまま、アルバイト先や就職先を選択して社会に出ているということです。もう一つ驚いたことは、企業が求める人材像と学生の認識に大きなギャップがあることです。企業は即戦力を求めているので資格が必要だ──そう思い込んでいる学生が多い。会社は新卒に対しては「人間」を見て採用しているということが理解できていないのです。そして、就職内定がゴールではないことも分かっていない。どうも、社会で働いている大人の「当たり前の思い」──例えば、苦労して嫌なことがあったけれど、自分の成長を実感したとか、世の中に役立っていると思える瞬間があるとか──、そうした思いが伝わっていないのではないかと感じました。

キャリア教育の3本柱──労働問題の授業、「キャリアフェスティバル」、入学時からのガイダンス

そこで、まず、始めたことが三つ。一つは、自分たちが生きていく社会、とりわけ企業や働き方の実態を正しく理解させ、関心を持たせることが重要だと考え、初年度から労働問題の最新情報を丁寧に解説し、自分のキャリア形成との関わりを考えさせる授業を開講しました。

二つ目の取り組みが、世界で活躍している企業を招き、シンポジウムや分科会で直接学生と語り合ってもらう「キャリアフェスティバル」という大きな行事を全学生対象に実施したことです。地方の学生にとって、関心はあってもなかなか触れ合う機会が少ない世界市場で戦っている企業──地元で頑張っている企業も必ず入れていますが、その本社中枢で経験を積み、会社全体を見ているような立場の人から直接話を聞くことで、学生の視野を広げ、自分たちも羽ばたける可能性があると実感してほしいと考えたからです。

三つ目が、入学後の早い時期に、進路選択や就職活動の意味、大学生活の送り方についてメッセージを送る必要があると考え、新入生に対するガイダンスを実施しました。これら三つの取り組みが宇都宮大学のキャリア教育の柱となり、改良を加え、さらにいろいろなプログラムを増やしながら実践しているところです。

4年一貫のキャリア教育と手厚い就職支援

宇都宮大学キャリアセンターでは、入学時から卒業までの「4年一貫のキャリア教育」(実際は大学院生も対象)をキャッチフレーズとして、低年次生中心の全学共通のキャリア教育と、専門教育のなかでのキャリア教育の充実・連携を図っています。専門教育のなかでもきちんとキャリア教育を行うと謳っていますが、実際は、そこが一番難しいところだと感じています。

それから、本センターは「手厚い就職支援」も標榜し、面接練習やSPI対策、業界・企業研究など様々なセミナーを開いたり、未内定者には、最後はキャリアセンターの職員が1人ずつに電話をかけて個別相談にのり求人開拓などもしながら就職に結びつけます。

キャリアセンターは、名前の通り全学のキャリア教育と就職支援を一体的に行う組織で、教育・学生担当理事をセンター長とし、専任教員と職員、キャリアアドバイザー、各学部からの協力教員から成っています。専任教員は大学全体のキャリア教育の体系づくりや学内外のコーディネートも担っています。また、大学は縦割り組織なので、各学科の若手の教員が参加するワーキンググループをつくり、意見交換やコンセンサスを図るという活動を続けています。

前述の「4年一貫のキャリア教育」については、2011年度から、各学部で「導入キャリア教育」を必修化しています。当面、各学科で行う必修の初期導入科目のなかで、当該年度の担当教員が、その学問の社会的意義や先輩の生き方なども含めて導入キャリア教育を2コマ教えるというやりかたです。毎年キャリアセンターでは担当教員向けの研修をし、結果報告に基づくフィードバックとさらなる働きかけを行っています。こうした取り組みは非常に大変ですが、数年続けていくうちに、結果的に少しずつ学部教員のキャリア教育への理解が進んできていると感じています。

「自信がない」「議論しない」「失敗を恐れる」──傾向として見られる今の学生たち

今の学生に対して感じることは、一般的な傾向として、自信がない、失敗をとても恐れるとか、チームワーク、コミュニケーションが苦手な学生が増えていることです。また、一番気になるのは、総じて、議論や批判をしないこと、理不尽な相手に対峙するという姿勢が乏しいことです。ブラックバイトが問題になっていますが、経営者の理不尽な要求について、労働法制度の知識不足もあると思いますが、「辞めると経営者や仲間が困る」という学生さえいて驚きます。

その背景として見えることは、マニュアルや親の指示で育ち、自ら考えて対処するという経験をしないまま大学生になってしまったのではないかということです。また、自ら工夫して遊んだ経験が少ないと、遊びの中で身に付くはずの他者理解や他者との距離の取り方、関係構築が難しくなってしまうのではないかと思います。そして、ネットの時代に育ってきたので、SNSの世界を信じる一方、リアルなものに触れにくい世の中になっています。彼らの育った時代は経済の右肩下がりの時代とも重なりますが、相対的には豊かな社会で生まれ育ってきたとも言えるでしょう。

こうした時代において、進路選択や就職活動に向き合う学生たちのなかには、入学時から就職への不安に駆られる学生や、就活で心が折れてしまう学生もいますし、安定志向で公務員を希望する者も多いです。

情報があふれるなか、リストラやパワハラ、ブラック企業などの情報に触れて、多くの学生が不安を抱えていますが、SNS頼りでその情報をうのみにしてさらに不安を抱えることとなる。一方、前述したような、仕事は大変だけどやりがいや誇りもあるというような働く人の「当たり前」の感覚は伝わりにくいのです。特にこの数年、女子学生の両立への不安や専業主婦願望の傾向が散見されるため、仕事と家庭の両立セミナーを開き、したたかに両立している卒業生を招いて触れ合う機会を設けたりしています。

宇都宮大学のキャリア教育の目指すもの

本学のキャリア教育では、今までお話ししたように、生き生きとした現実・事実を伝え、見て、感じてもらい、正しい現実理解と広い視野を持たせること、そして、社会を変えるのは自分たちだという意識も含めた主体性と起業家精神を育むことを目指しています。そのためのベースとして、経済や企業経営の動向、産業・職業、働き方の多様化など、働くことに関わる問題の正確な認識と、身を守る術としての労働法制度を理解することが重要です。それに手厚い就職支援が一体となって、初めて良い進路選択、さらに職業生活につながっていくと考えています。

実施にあたっては、教員と職員が一体となり、産業界や行政、NPO等の協力を得ながら連携して取り組んでいます。また、内定した学生が自主的に後輩たちの就職活動支援を行う「就活応援団」など、学生の力を活用した取り組みも進めています。

自分たちで自分たちの社会をつくっていく──主体的な意欲を引き出すことが重要

具体的な目標として、次の五つを掲げています。①多様な働き方の中から選択する力を付ける、②社会人・職業人として必要な基本的な能力を身に付ける、③働くことや職業、社会と自分との関わりを考える。さらに、その社会を担い、貢献し、変えていく存在としての自分を認識する、④身を守る術としての労働者保護の法制度・対策、労働組合等を理解する、⑤自分の望む職業生活へ至るステップや情報へのアプローチを理解する──。大切なことは、習得した知識をどう活用するかということで、これら五つの目標は全てそこにつながっています。当初、労働に関する問題についての話をすると評論家然と「対策を講ずべきだ」とコメントする学生もいましたので、自分たちで自分たちの社会をつくっていくという主体的な気持ちや意欲を引き出すことが非常に重要だと感じながら、日々取り組んでいます。

実践例として、講義や演習のほかに、生身の職業人との直接対話や、企業を招いたパネルディスカッションへの参加、労働組合による講義、身近なフリーターへのインタビュー、自分にとってのキャリアモデルへのインタビューと議論など、いろいろなプログラムを展開しています。

長期インターンシップと起業家教育の取り組み

取り組み開始から数年が経過し、一定の成果があったと感じていましたが、学生にはいまだに、議論しない、コミュニケーションが足りない、失敗を恐れる、リアルな企業人と触れ合う機会が少ないといった傾向が見られました。

そこで、2013年度から二つのプログラムを導入しました。一つ目は、夏休みを中心に長期間、チームで企業に関わる「課題発見・解決型インターンシップ」です。企業でしっかりインターンシップ体験をした後、自ら課題を発見し、何度もやりとりを重ねた後、最終的に企業に解決提案をするものですが、私たちの想定以上に、学生が苦労していくなかでめざましく成長していくことが分かりましたので、今後も続けていきたいと考えています。二つ目は、「起業の実際と理論」というキャリア科目授業を宇都宮市と連携して実施したことです。市民受講者と学生がチームを組み、市内の企業家も多数参加しています。起業を身近なものとして感じ、生き方や働き方の一つの選択肢として認識する。そしてアイディアを形にする体験を通じて、起業に限らず様々な場面で求められる起業家精神を養うことを目的としています。今年度は40人近い学生が参加し、にぎやかなクラスになりましたが、こうしたことを積み重ねていくことが大事だろうと思っています。

キャリア教育に必要なこと──全学を挙げての取り組みと産官学の連携も重要に

先ほど来、キャリア教育には労働問題の理解が不可欠だと申し上げてきましたが、自己分析が必要ないという意味ではありません。業界理解や個別の課題にとどまらず、それらの背景には、社会・経済・政治や人々の意識・行動のダイナミックな動きがあり、その社会の一員としての自分の存在を認識し、社会を支え、変えていくのは他ならぬ自分たちであるというところまで思い至ることが重要なのだと思います。実際、受講後の学生からは、「社会が自分たちのために変えていけるものだということが分かった」、「様々なことに対し自分で考え調べることの大切さがわかった」という感想も綴られていました。

この10年、キャリア教育に携わってきましたが、改めて感じることは、キャリア教育とは教育そのものだということです。すなわち全学を挙げて初年次から体系的に取り組むべき課題です。また教える側の問題としては、個々の教員でなく、いかに学校に知識・経験・ノウハウを蓄積するか、教える人材をどう育てるのかという課題があります。そして、社会全体で考えることの必要性も強調したいと思います。いま、教育機関だけでは担いきれない問題までも「キャリア教育」は抱え込んでいるのではないでしょうか。安心して生き生きと働き続けられる雇用の場の確保やケアの必要な人に対する支援などの問題は重要です。そのうえで改めて、産官学の連携の重要性に目を向けて、学生と企業がもっと互いに理解し、変わりつつある時代に対応した関係になっていくことを期待したいと思っています。

プロフィール

末廣 啓子(すえひろ・けいこ)

宇都宮大学キャリア教育・就職支援センター副センター長、教授

労働省(現厚生労働省)で主として雇用政策分野を担当、栃木県商工労働観光部職業安定課長、厚生労働省外国人雇用対策課長、長崎労働局長等を経て、2007年4月から現職。キャリア教育の授業、学生相談、調査研究の他、大学全体のキャリア教育の企画・調整、センターの運営などを行う。

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