基調報告 変化のなかの若者のキャリア形成

「キャリア教育」という言葉が言われ始めて久しいですが、「キャリア」とは、土の道を馬車が走っていくときに地面に残る「轍」であると聞いたことがあります。轍がつながって何ができるかと言えば、道ができる。つまり、人生という長い道のりをどう歩んでいけばよいのかということを考えるのがキャリア教育だと考えています。

日常は楽しくても将来に不安を抱く若者たち

まず、日本の若者が自分たちの生活や社会に対してどのように感じているのかということを見てみたいと思います。図1は、東京大学社会科学研究所のパネル調査から得られた一つの全体像です。いま、子どもや若者の貧困が社会問題としてクローズアップされたり、若者が厳しい状況に置かれているなどと言われています。ただ図を見る限り、全般的な傾向として、今の若い人たちは自分たちの生活に“そこそこ”満足していることが多いようです。もちろん個別には様々な状況があり、全てに当てはまる訳ではありません。ただ、日々の生活は楽しんでいるけれど、将来の生活や仕事のことを考えると、夢や希望が持てないという思いが年々強まっていく──。こうした思いを抱いている若者が比較的多くなっているのではないかと思われます。

図1 格差感・希望・将来見通し・生活満足度の変化

図1 グラフ画像

資料出所:東京大学社会科学研究所「働き方とライフスタイルの変化に関する調査」(2007~2012年)。対象は2007年時点の20~39歳。

参照:配布資料2ページ(PDF:499KB)

希望の対象が「仕事」から「家族」へ

これまで、日本人にとっての夢や希望とは、仕事にまつわるものが多かったように思います。仕事で自己実現したい、仕事で高給をもらいたい、或いは安定した仕事に就きたい等々──。しかし、最近の傾向はやや変化して、家族にまつわる希望を語る若者たちが増えてきているようです(図2)。特に、リーマン・ショックや東日本大震災という大きな出来事を経験するなかで、「仕事も大切だけど、やっぱり家族あっての生活。家族と元気に毎日を暮らしたい」という方向に変わってきていることも事実でしょう。ワーク・ライフ・バランスという言葉がすっかり定着しましたが、家族との生活を大切にしながら、仕事や働き方を考えていく時代になってきています。

図2 最も重要な希望に関する構成比(%、20~39歳)

希望の内容 震災前 震災後
仕事 16.4 15.8
友達との関係 0.9 0.8
恋愛 4.2 2.6
社会貢献 0.7 1.1
結婚 5.2 7.2
健康 2.2 4.8
遊び 3.7 3.8
容姿 0.4 0.7
学習 2.1 1.3
家族 10.8 21.1
地域活動 0.2 0.3
その他 1.5 1.9
なし 51.8 38.7

震災前については「おぼえていない」を除く。

資料出所:東京大学社会科学研究所「震災後の仕事と希望に関するアンケート調査」(2014年)。対象は20~39歳。

参照:配布資料3ページ(PDF:499KB)

地方には仕事がないのか──正確な情報で判断を

図3は都道府県別の有効求人倍率を示したものですが、何かを考える時には情報を正しく認識することが大切だということを改めて指摘したいと思います。

図3 都道府県別有効求人倍率(平成26年10月:就業地別)

図3 グラフ画像

資料出所:厚生労働省「職業安定業務統計」 注:数値は季節調整値

参照:配布資料4ページ(PDF:499KB)

全国の有効求人倍率は、月末になると新聞等で報道されますが、都道府県別のデータは通常、求人や求職を受け付けた場所によって分けています。例えば、全国の求人・求職を羽田で管理している航空会社があります。あたかも羽田に仕事が集まっているように見えますが、実際に働く場所は大分空港だったり千歳空港だったりするわけです。

大人も若者も、地方には仕事がないから都会に行こう、と何となく信じています。しかし東京は全国平均とさほど変わりませんし、大都市のある北海道や大阪、福岡も有効求人倍率は意外と低い。なぜかと言えば、都会には仕事が多いけれど、求職者もその分多いので、限られた仕事を取り合っているわけです。一方、栃木県は全国平均より少し低めですが、北海道や大阪、福岡と比べて低いとは言えません。地方には仕事がないと決めつけないで、正確な情報を持った上で考えることが大切です。

キャリアの構築には人間関係が重要に

先ほど、家族にまつわる希望を持つ若者が増えていると話しましたが、友だちについてはどうでしょうか。2014年に実施した希望学インターネットモニター調査結果によると、「友だちが多い方だと思うか」という質問に、アメリカは38%が「友だちが多い」と回答していますが、日本は僅か8%でした。逆に、「友だちが少ない」と回答したのは日本(55%)が一番多くなっています(日本、韓国、中国、米国、英国、ドイツ、オーストリアの国際比較)。

若者が未来に向かってキャリアを紡いでいく時、人間関係が非常に大切な役割を果たします。苦しい状況でも誰かに支えられている、誰かと一緒に何かすることができる──そのように感じられる人、つまり「友だちや信頼できる仲間が多い」と思っている人の方が、希望を持ちやすいという傾向が別の調査(東京大学社会科学研究所・希望学プロジェクト「震災後の仕事と希望に関するアンケート調査」2014年)結果からも明らかになっています。

地域で活躍する若者をたずねて

最近、地方に足を伸ばし、地域で活躍する若者から話を聞く機会があります。かつての若者の成功物語は、多くが地方から都会に出ることにありました。しかしこれからは、都会から地域に向かうなかで「ストーリー」は生まれると考えています。都会で生活や仕事を経験した後、20代後半から30代前半に地域で活動することを決断した若者たちが、地域の担い手になりつつあります。統計的にはまだ見えていないかもしれませんが、確実にそうした人たちが増えていると感じています。

彼らが最も重視していることは、地域で活動することへの強い「手応え」です。自分のやったことが直接誰かに届いて「ありがとう」と感謝されたり、叱咤激励を受けたりして、良い面・悪い面も含めスピーディに自分に跳ね返ってくる、そんな場所で働いてみたいという若者が現れ始めています。人口減少が進む町では、そうした若者は期待され信頼されて、いろいろなことに挑戦し、強い手応えを感じているはずです。

フットワークの良さと広い人的ネットワーク

彼らに共通することは、いろいろな人と出会って関わりを持ちながら学んでいく「フットワーク」の良さと、広い人的ネットワークを持っていることです。しかも、彼らの視野は、日本にとどまらず世界を見据えています。いま日本酒がヨーロッパでブームになっているそうですが、地域の資源や魅力を発掘し、海外と結びつける──そうした試みを模索している若い人たちが出現しています。収入は都会時代に比べて大きく減るかもしれませんが、給料の大半が家賃に消えていくような虚しさは一切なく、自然豊かな環境で子育てができる生活を重視しています。高速道路網が整備されている現在、都会が懐かしくなれば気軽に行けますし、宅配便やコンビニもあるので欲しいものは都会でなくても手に入ります。

周到な準備で地方移住を計画

もう一つ、彼らに共通することは、用意周到に準備をして地方に移住しているという点です。いわゆる「Uターン」「Iターン」と呼ばれる人たちで、都会生活に疲れて地元に戻ってくるのとは違います。ベストなタイミングで移住を実行するため、20代を計画的に過ごす──例えば、自分の希少価値を最も活かせる地域を探したり、その地域に信頼できる仲間を作ったり、あるいは都会で働く間にマーケティングや営業力を磨き人脈作りをしたり──、そうした準備がいかに大事であるかを事例からも感じることがあります。

そう考えると、学校や企業が養うべきは、若者が未来を築いていくための「準備をする力」だと言えるでしょうし、それがキャリア教育のなかで重要になってくるのではないかと思います。

企業や教育機関に期待すること

最後に、今までの話を踏まえ、企業や教育機関に期待することを5点に整理したいと思います。

家庭生活も含めた視点でキャリア教育を

キャリア教育を考える時、どのような仕事を選択していくかに意識が向いてしまいがちですが、今の若い人たちには、仕事は生活の一部分であり、家族との時間を有意義に過ごしたいという気持ちが強まっているように思います。社会が成熟するなかでこうした価値観が徐々に広がっているならば、仕事のためのキャリア教育だけではなく、家庭生活や時には友人関係も含めた広い意味で、より良いキャリアを歩んでいく力を身に付けていくことが大事だろうと思います。

適切な情報の提供を

2点目に、先ほど有効求人倍率の話をしましたが、若者が地域で活躍するためには適切な「情報提供」が欠かせません。本当に都会にしか仕事はないのか、地域にもあるとすればどこでどう探せばよいのか、情報が隅々まで行き渡るためのやり方は何か──こうした観点から、真に必要な情報を提供していくことを考えていければと思います。

「ウィークタイズ」でつながる

3点目として、若者が孤独を感じず、希望を持って行動するには、やはり人とのつながりが非常に大切だということです。社会学で「ウィークタイズ(weak ties)」=「緩やかな絆」と呼ばれる用語があります。世代や住む場所、人生経験なども違う人たちと緩やかにつながることで、生き方に発見や気づきをもたらしてくれるのが「ウィークタイズ」です。今までは、ややもすれば、同じタイプの人間との「強い絆」を大事にする傾向があったかと思いますが、これからは、学校や地域、企業、行政などの垣根を越えた交流や絆が広がっていくことを期待しています。

個別的・持続的・包括的な支援を

4点目は、地域で若い人たちが活躍するためには、彼らを支えていかなければならない。そのために必要なのは、「個別的・持続的・包括的」支援です。つまり、一人ひとりの違いに寄り添いながら個々に対応していく。また、一過性・一時的ではなく、ある程度の時間をかけて腰を据えて関わっていく。そして就職や仕事だけでなく、教育や人間関係も含めた多角的な視点から包括的に支援していくこと。「個別的」「持続的」「包括的」というキーワードを、今後のキャリア教育・支援のなかでどのように展開していくのかといったことも考えていければよいと思います。

「希望活動人口」の拡大を

最近、人口減少や高齢化が進行して「地域の将来はもうダメだ」などと悲観する人もいますが、大人が停滞している限り、若い人たちが奮い立つことは難しいでしょう。今、私たちは「希望活動人口」という言葉を使っています。いろいろなことがあるけれど、地域に希望を持って活動している人が少しずつでも増えていけば、そこからつながりができて、新しい生き方・キャリアが実践されていくだろうと信じています。ただ待つだけではなく、希望を持って活動していく人たち(希望活動人口)が広がるようなキャリア教育をこれからも考えて続けていきたいと思っています。

プロフィール

玄田 有史(げんだ・ゆうじ)

東京大学社会科学研究所教授

経済学博士。専門は労働経済学。日本における雇用の創出・消失、若者の労働問題等を研究。近年は希望学・スネップ(孤立無業者)の研究にも取り組んでいる。著書に『仕事のなかの曖昧な不安』(中央公論新社、サントリー学芸賞他)、『ジョブ・クリエイション』(日本経済新聞社、エコノミスト賞他)、『希望のつくり方』(岩波新書)他。日本経済学会・石川賞受賞(2012年)。

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