事例報告③ 仕事と遠距離介護を両立する

NPO法人パオッコとは

まず、NPO法人パオッコの活動について、ご紹介します。パオッコは、「離れて暮らす親のケアをおこなう子世代の情報支援グループ&応援団」と謳っています。1996年に私が設立し、2005年にはNPO法人化しました。設立当初は会員50人の団体でしたが、現在の会員数は1,749人と大きくなっています。

毎年、東京と大阪で、遠距離介護セミナーを開催しています。皆さんとても関心が高い分野で、特に東京では、募集を始めると、すぐに満席になるほどです。そして私個人も、主に企業の人事や組合、行政の依頼で、年に50回ほど、遠距離介護や仕事と介護の両立支援に関する講演を行っています。

企業の人事や組合の担当者から、どのように仕事と介護の両立をしたらいいのか分からないという相談をいただくことが多いです。そもそも担当者に介護経験がないと、どういうふうに介護が始まり、何を支援したらよいのか、さっぱりわからないということになるようです。その上で制度をつくらなければいけないとなると、クエスチョンマークだらけになってしまのですね。

もし遠方の親が「突然」倒れたら?

もし自分の親がいま倒れたら、と少しイメージしていただけますか。

今、親が倒れたら、もしかすると病院の看護師さんから、あるいは親戚から連絡が入るかもしれません。今日は早退をしなければいけません。

そして、1週間後ぐらいに「手術です」と言われるとしましょう。手術の日はおそらく立ち会わなければいけません。さらに、手術後の退院が意外と早く、「まだこんななのに」という状態で病院を出ることになりがちです。皆さんの会社の社員もこのような状況になるかもしれません。

退院の日も休暇を取ることになるでしょう。こうして、次々に休暇を取る必要が生じることがわかります。

そして、親が退院した後も、たびたび通院同行とか、役所に行ったり、休まなければいけない可能性があります。このとき、自分のほかに、病院や役所に行ける人はいるのかどうかということです。家族の人数が少ない場合は、「自分しかいない」ということになります。

しっかりした初動でマネジメント体制の構築を

職場で事情を話すかどうかですが、何度も休まなければいけない可能性があるので、職場には事情を話す必要があります。当面、親の付き添いが生じる可能性があることを告げ、緊急時に、他の人に仕事を頼めるように段取りしておかなければいけません。そして、病院のほうでは、医師に親の状態をしっかり確認して、クリニカルパスという入院中のスケジュール表を見ながら、仕事との調整をします。この段階では通常、介護休業はとれていません。有給休暇で処理しています。

そして、退院後に介護が始まりそうな場合は、介護保険の申請のタイミングを医師や相談室で聞いて、申請をすることになります。一方、介護については、この段階で地域包括支援センターへ行くことになります。この辺りについては、ほとんどの方がご存知ないのが現状です。

最初は親の状態が不安定な上、初めてのことの連続で戸惑います。しかし戸惑っても、初動をしっかりして、マネジメントできる体制をつくることが重要です。最初は自分や家族の役割が大きいので大変ですが、だんだん小さくしていくことができます。逆に、介護サービスで担う部分を大きくしていく。そして、最終的には、自分や家族がマネジメントできる体制をつくります。大体ここまで来るのに2~3カ月で体制が整うと思います。そうすると、仕事と介護の両立は可能です。ぜひこういうことだと人事の方々が理解して、制度設計や社員への周知に取り組んでほしいと思います。

遠距離介護のマネジメントとは

「介護のマネジメントとは?」とお思いでしょうか。まず、老親がどのように困っていて、何が必要かということをしっかり観察して、老親の状況を把握することです。そして、自分が支援や介護を行うことができないなら、代役を探す。つまり、サービスです。私は介護は情報戦だと考えています。どんなサービスがあるのか、しっかり情報を集める必要があります。さらに、通常、親本人は判断力が低下しており、自分で契約できませんので家族が代行します。サービスや治療法などの契約、決断の代行が必要となります。そしてサービスの支払い代行も生じるでしょう。財産管理も家族の役割です。

施設に親が入所することもあります。施設介護を選ぶと、罪悪感にさいなまれる方が多いのですが、親が施設に入ってもマネジメントは続きます。親の施設に行って、しっかり状況把握をして、ケアがなされているかを観察し、親が言えないことは子供が代行して言う。そして、お金の管理、施設の支払いなどを行う。また病気になれば、施設から病院に入院することもあります。そうした手続きも子供の役割となります。だから、何も親が施設に入られても、親を見捨てることにはなりません。

職場として求められる言葉がけは?

こういう初期のバタバタとした状況は2~3カ月ほど続きます。仕事を休ませてくださいと職場に言わなければなりません。そのとき、職場としてどう対応するかということが重要です。対応によって、追い込まれていく社員も出てきます。「家族が倒れるのは誰にでも起こること、お互いさまだよ」、「今は大変だけど、必ず落ちつくときが来る。介護と仕事を両立している人はたくさんいる。慌てて先のことを決めないほうがいい。状況が落ちついてから一緒に相談しよう」、「親御さんが暮らす住所地を管轄する地域包括支援センターに行けばサポートしてくれるよ。病院にも相談室がある」。こういうことを言っていただきたいと思います。

けれども、そうした声がけがない職場も結構多いわけです。介護離職を防止するためには、もちろん制度設計は大切ですが、こうしたこともよく考えていただきたいです。

まずは地域包括支援センターに相談を

地域包括支援センターについてご存知ない方も多いのですが、ぜひ覚えておいてください。高齢者が住み慣れた地域でいつまでも自分らしく暮らすために、高齢者本人やその家族からの相談に応じ、情報支援を行う機関です。

原則として、親の暮らす住所地を管轄するセンターに相談をします。相談料は無料です。介護が始まってからいろいろ情報を集めるのは大変ですから、ぜひ、その前に「一度、親の暮らす地域包括支援センターをのぞいてごらん」と社員に伝えていただきたいと思います。

メリットもたくさんある遠距離介護

最後に、遠距離介護を大変だと思われる方も多いと思いますが、メリットもたくさんあります。距離があるので、気持ちを切り換えやすい。仕事に専念しやすいということも言えます。こちらにいるときは通常の生活をしていたらいいわけですし、ベテランになるほどテレビのチャンネルを変えるように気持ちを切り換えるとおっしゃいます。気持ちを切り換えやすいので、親子互いに優しくし合えるということもメリットだと言えるでしょう。

さらに、サービスを利用しやすいということが挙げられます。介護保険の家事援助的なサービスなども、家族が同居していると利用不可ですが、親だけで暮らしていると使えます。特別養護老人ホームなども、地方によってはそれほど混んでいないところもありますし、待機者がいる場合には、申し込み順ではなく、ポイント制で順番が決まります。親が一人暮らし、二人暮らしだとポイントは高くなる傾向があります。

確かに、移動に時間とお金はかかりますが、遠距離介護だからこそのメリットや、子供にできることは沢山あるのです。

プロフィール

太田 差惠子(おおた・さえこ)

NPO法人パオッコ理事長

介護・暮らしジャーナリスト。NPO法人パオッコ理事長。京都市生まれ。20年以上にわたる取材活動より得た豊富な事例をもとに、「仕事と介護の両立」「遠距離介護」「介護とお金」の視点から新聞、テレビなどで情報発信。企業、組合、行政での講演実績も多数。一方、NPOの代表として、遠距離介護を行う人々を支援。NPO法人パオッコの会員は全国に1,700人以上。著書に『親が倒れた!親の入院・介護ですぐやること・考えること・お金のこと』(翔泳社)、『遠距離介護』(岩波書店)など多数。社会デザイン学修士。

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