事例報告① 花王における仕事と家族の両立支援

講演者
座間 美都子
花王株式会社人財開発部門D&I推進部長
フォーラム名
第87回労働政策フォーラム「介護離職ゼロをめざして─仕事と介護の両立─」(2016年10月12日)

花王は家庭用品のメーカーで、従業員数は単体で7,000人弱(連結3万3,000人規模)を擁しています。弊社で仕事と介護の両立の取り組みを始めたのは今から7、8年前になりますが、当時は情報やツールがあまりなく、手探りの状況でした。本日は、これまで試行錯誤を重ねてきた取り組みについて、ご紹介させていただきたいと思います。

介護支援に取り組んだキッカケ

「花王ウェイ」という企業理念の行動原則のなかでは、多様性から生まれる活力が事業の発展を支えるということを謳っています。介護の支援も、多様な社員の活躍を支援する、その一つと位置づけています。

実は1990年代前半から、介護に関しても育児と同レベルの制度を導入していました。ところが、育児の制度はかなり利用されていたのに対し、介護の制度を使う人は非常に少なく、年に数人いるかいないかという状況でした。介護の課題が全く生じていないのか実態がわからず、担当者として不安がありました。

そこで2008年に、厚生労働省の調査結果を、社員の家族に当てはめて10年後を予測してみたところ、介護責任を負う社員が約2倍に増えることがわかりました。改めて社員の介護支援が必要になるという問題意識を持ち、取り組みを始めたのがキッカケです。

弊社の介護にかかわる支援制度には、短時間勤務、時差勤務もあり、介護休職の期間は原則1年間です。条件により1年延長も可能で、法定以上の制度を整備しています。

社員アンケートで介護の三つの課題を把握

2009年に介護支援について検討するため、社内の介護の実態について、共済会の「介護見舞金」を申請した社員を対象にアンケート調査を行いました。アンケートとともに、ヒアリングも実施して分析を行いました。その結果、「心理的な負担」「時間の負担」「経済的な負担」――という三つの大きな課題が、それぞれ相まって重なっていることが分かりました。そして、心の悩みに対しては相談窓口、時間的な問題に対しては柔軟な働き方の制度の利用、経済的な問題に対しては共済会に任せるという形で対応を分担しました。

非常に大きい介護の心理的負担

改めて気づいたことは、心理的な負担が非常に大きいということでした。急に介護が発生した時は、特に混乱します。私どもが大変驚いたのは、介護が始まった時期、あるいは認定を受ける前の初期の負担が非常に大きいということです。介護の状態が重くなるほど大変だろうと思っていたのですが、初期のほうが情報が得られておらず、どうしたらよいか分からないということで、悩みも負担も大きいということが分かりました。

そして残念ながら、なかなか周囲に言えないという状況が多いようでした。介護のことを周囲に言いたくないというムードがあるようです。しかし、ヒアリングをしていると、うまく介護を進めている社員はオープンマインドで、いろいろな人に相談できていることがわかりました。気軽に相談することで、ケースワーカーやケアマネージャーの情報等を得ています。

また、介護認定を受けた家族と同居、もしくは近くに住んでいる社員は、実はあまり多くなく、3割程度でした。その他の3割は電車などで3時間以上かかる遠距離介護をしており、そうした人には短時間勤務はあまりメリットがないということも分かりました。

社員の安心感の醸成と「自助努力」への支援を

このような調査結果などを踏まえ、人事戦略としての介護支援の狙いを、要員面や業務効率面の問題を回避するための「危機管理」とすると同時に、社員の仕事と介護の両立に対する「安心感の醸成」であると定めました。そして、介護支援の基本方針については、当事者本人が主体的に対応すること(自助努力)を基本として、会社は社員の自助努力の支援に取り組むとともに、職場で「お互いさま意識」が生まれるような環境整備に注力することにしました。

様々な媒体で役立つ情報を提供

次に、具体的な支援策をご紹介させていただきます。共済会では、「介護支援金」や自社製品の大人用おむつの無料配布・割引など、厚生面でのいろいろな支援メニューを用意しています。

仕事と家庭の両立について、社内の制度や社会の制度、共済会の制度についてまとめた「両立支援ガイドブック」も作成しました。これは、社員に説明するときに役立つと、人事担当者から好評を得ています。特に介護に関しては社員の悩みも大きいということで、「介護ハンドブック」という分冊を作り、また、介護の相談に対応する経験が少ない相談担当者向けには、「介護相談対応マニュアル」も作りました。

啓発という面では、多様性関連についてテーマを決めた啓発月間をいくつかのテーマ毎に決めているなかで、介護についても毎年ニュースレターで情報を発信したり、年に3~4回、外部講師を招いて介護セミナーを開いています。既に26回開催しており、イントラネットで制度紹介キャンペーンも実施しました。

「介護ハンドブック」では、社員がどのようにして仕事と介護を両立すればよいのか、ポイントを整理・提示しています。会社の支援方針や社内の制度、共済会の制度などを紹介するとともに、例えば、費用のことについても、一般的には「このようなケースだとこのくらいかかる」というような情報も入れています。何より、例えばケアマネージャーに仕事との両立について相談をする際、そのまま資料として使えるものとしています。さらに、実際に介護が発生したとき、自分の親の趣味や好きなものは何だったかという情報を意外と知らないことが多く、そうした家族情報は認知症などの場合に非常に役立つので、「無理のないときに聞いてみましょう」などと、具体的なアドバイスが盛り込まれています。

階層別・節目研修の実施

管理職向けの多様性マネジメント研修では、育児だけでなく、必ず介護の話もするようにしています。特に新任の管理職研修では、ケーススタディをして、例えば「自分の部下や同僚からこんな話が来たとき、どう対応しますか」、あるいは、「皆さん自身がそのような状況になったらどうしますか」という形で進めます。仕事と介護は両立できるんだという認識を改めて持ってもらい、また、親切過ぎてやる気のある社員の仕事を奪わないように、そんなことを緩く学んでもらえる内容にしています。ほかにも、45歳、55歳の節目研修がありますので、このときに介護に関する資料等を渡して情報提供をしています。

働き方の見直しに向けて

弊社では、介護の課題にかかわらず、様々な事情を抱えた社員が働けるように、働き方の柔軟性を高める制度を取り入れています。 そして、啓発は継続的に行っていく必要があると考えています。今までもいろいろ実施してきたつもりですが、何度やっても毎回足りない部分に気づきます。飽きられずに、変えながら、たゆまずにやっていくという姿勢で、介護を隠さない雰囲気づくり、事情のある人をお互いさま意識で支え合う風土醸成に、これからも取り組んでいきたいと思っております。

最後に、働き方の見直しということに関して、これは育児や介護だけではなく、健康の問題や日本の生産性という大きな問題にも複雑に関わってくるテーマだと思います。例えば、育児や介護で休業した社員の代替要員をどうするのか、現場から悩みや相談も寄せられて、解決は一筋縄ではいきません。単に人を増やせばよいという話でもなく、非常に難しい課題ですが、現場と十分議論をして折り合いをつけながら、効率的な仕事の進め方や働き方の見直しを通じて、誰もが意欲をもって働くことができる職場づくりを今後とも目指していきたいと考えております。

プロフィール

座間 美都子(ざま・みつこ)

花王株式会社人財開発部門D&I推進部長

花王株式会社入社後、化粧品の開発研究、消費者コミュニケーション、企業広報、CSR推進を担当し、専門家/消費者/マスコミなど企業が関わる多様な関係者とのコミュニケーションを実践後、2006年3月から人財の多様性マネジメント推進を担当。2016年1月に、かねてから取り組んできた、社員一人ひとりの能力の発揮促進と働きがいのある職場づくりを目指す活動が、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)推進に改称。今までの取り組みを拡大し、多様な人財の活躍促進によって、事業の発展と共に社会のサステナビリティに貢献する取組みのグローバル展開に着手。

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