基調講演 増大する介護世代を企業としてどう支援すべきか

講演者
佐藤 博樹
中央大学大学院戦略経営研究科教授
フォーラム名
第87回労働政策フォーラム「介護離職ゼロをめざして─仕事と介護の両立─」(2016年10月12日)

本日は、なぜ企業として社員の仕事と介護の両立を支援しなければならないのか、そして支援の現状はどうなっているのか、最後に、どのような取り組みをすべきなのかという点についてお話ししたいと思います。

なぜ企業が両立支援をする必要があるのか

まず、なぜ今、会社が仕事と介護の両立を支援する必要があるのでしょうか。当然ながら、昔も介護をしながら働く人はいました。しかし今後は、介護の課題を抱えながら働く人がますます増え、その数は急増していくと見込まれています。

団塊の世代が75歳以上に達する2025年以降、要支援・要介護の高齢者は増えていきます。会社によって異なるでしょうが、おそらく多くの企業では、団塊世代がリタイアした後、一番数が多い層は団塊のジュニア世代であり、彼らの多くが親の介護の課題に直面することになります。

また、従来であれば、社員は60歳定年で退職していきましたが、今は、本人が希望すれば65歳まで雇用しなければなりません。親や配偶者の介護をしている社員が増えていくなか、彼らにも会社に貢献してもらうため、意欲を持って働いてもらう必要があります。このように、今後は幅広い世代で介護に直面する社員が増えていくものと予想されています。

さらに、社員が抱える介護負荷が、かつての社員よりも大きいものとなっています。というのは、今は兄弟の数が少なく、一人っ子も多い。親の介護の課題を分担する兄弟が少なければ、一人が背負う負担は大きくなります。また未婚者も増え、結婚していても配偶者が仕事を持っている場合もある。このように、家族のあり方が以前と比べて変容してきており、今後、企業の中で介護の課題に直面する社員がますます増え、その負荷も大きくなっていくものと思われます。したがって、企業において両立支援のあり方が非常に重要になってくると言えるのです。

介護休業は両立させるための準備期間

では、企業の取り組みの現状はどうなっているのでしょうか。この数年、確かに両立支援の必要性を感じている企業は増えているようですが、実際、支援に取り組んでいる企業はまだ少ないと見受けられます。なぜならば、介護休業を取得する社員が少ないため、あるいは介護の課題が人事セクションにまで届いておらず、ニーズが少ないと思っている企業も多いのではないでしょうか。

または、社員の介護ニーズの存在に気がついても、効果的な支援策が分からない企業や、誤った支援策を講じている企業も少なくないと思われます。一番大きな間違いは、仕事と子育ての両立支援と同じように取り組めばよいと考えていることや、育児休業と介護休業の利用目的の相違を正しく理解していないことなどが挙げられます。

具体的に言うと、育児支援は、男性も含めて社員が直接育児を担うことを支援するものですが、介護支援については、社員が直接介護することを支援するものではありません。法定の介護休業期間は93日(3カ月)ですが、介護に要する期間は平均で4~5年と言われ、10年以上かかる人も15%程度います。到底、3カ月では足りません。後ほどお話ししますが、休業期間は介護をするためではなく、仕事と介護を両立させるための準備期間です。仕事と介護の両立のためのハンドブックを作成している企業も多いと思いますが、介護休業期間をどのように使ったらよいのか、休業期間の利用の仕方を説明することが非常に重要です。

40歳代以降で高まる介護への漠然とした不安

厚生労働省の委託調査の結果から社員の現状を見てみると、40歳代以降の社員層では、現時点では介護に直面していなくても、親が70歳を過ぎ、そろそろ考えなければいけないと思っている社員が少なくありません。しかし、どのように両立を図ればよいか分からない、また、介護保険制度や勤務先の両立支援制度に関する情報を十分に理解していない人も多くいます。その結果、両立は難しく仕事を続けられないのではないかと不安を抱く人が少なくありません。

40歳になると介護保険の被保険者になりますが、同調査によると、40歳以上の回答者のうち、自身が被保険者であることを「分からない」または「違う」と答えた人が3割以上いました。被保険者になると保険料を徴収されますが、給与から天引きされることが多く、給与明細をそこまで気にして見る人は少ないのかもしれません。また介護保険証が届かないことも、意識が向かない一因になっているのではないでしょうか。健康保険には保険証があり、年金には年金手帳がありますが、介護保険については、65歳にならないと保険証が届かないのです。ですから、親が要介護になった時に、介護保険の認定を受け、介護保険のサービスを使いながら仕事を続けるという基本的なことを思い描けていない社員や、もしかしたら親が介護保険に加入していることすら知らない社員もいる可能性があります。

介護離職がもたらす問題

介護の課題に直面して仕事を辞める人は、40歳代後半以降に多く見られます。管理職を含めて中核的な役割を担う人材です。それまで上司に相談せず一人で悩み、その結果、故郷に転職先を決めてから辞めるというケースもある。そうなると引き止めるのも難しくなり、会社としては中核人材の流出につながります。

社員にとっても、離職すると様々な問題が起こり得ます。仕事と介護の両立も大変ですが、辞めた方がより困難を伴います。日々親と向き合い、介護以外の場がなくなる。孤独感やストレスも出てくるでしょうし、収入も途絶えてしまう。そして、親が亡くなり介護の必要性がなくなっても、元のようなキャリアの再開や再就職は難しい。このように、退職金や年金なども含めて考えると、生涯所得の減少は避けられません。

企業の両立支援の五つのポイント

では、企業はどのように仕事と介護の両立支援をすればよいのでしょうか。そのポイントは、①従業員の支援ニーズの把握、②両立支援制度の見直し、③介護に直面する前の従業員への支援、④介護に直面した従業員への支援、⑤働き方改革(働き方の柔軟化)――の5点が挙げられます。

従業員の支援ニーズは、改めてアンケートなどをしなくても、社員の年齢構成を見ればおおよその見当がつきます。先ほどもお話ししたように、40歳以上の社員が何人いるかということで、そのうちの15%くらいに支援ニーズがあると考えてよいでしょう。

両立支援の見直しについては、多くの企業では、育児・介護休業法に介護休業が盛り込まれた時点で就業規則に組み入れたと思いますが、利用者がいなかったり、最後に利用されてから何年も経って手続きをよく知らない人事担当者もいるかもしれません。今回の法改正により、2017年1月1日から介護休暇の仕組みが変わりますので、新法に対応した形で支援制度を見直す必要があります。

事前の情報提供が重要――40歳、50歳、親が65歳のタイミングで

なかでも重要なポイントは、介護に直面する前の従業員へ支援です。具体的には、社員が一人で抱え込まずに、会社や上司に相談し、社会的資源(介護保険制度等)と社内資源(両立支援制度等)を組み合わせて両立できるよう、基本的な情報を事前に提供することです。

育児と異なり、介護の課題は社員からの申し出がない限り把握できませんし、介護は突然直面するケースが多い。そして、育児における「保育園探し」や「小1の壁」のような課題をパターン化することも難しい。したがって、社員には、直面する前に基本的な情報と必要な心構えを伝えることが肝要です。

では、どのタイミングで提供すべきでしょうか。介護の課題に直面する前というと、親はまだ元気な状態なので、本人は必要ないと思っています。しかし、現実問題として介護に直面し、本人が必要だと思った時点では遅い――。このギャップが難しいところですが、一つは社員が40歳になる時点でしょう。40歳になると介護保険の被保険者となり、保険料を徴収されるので、良いタイミングだと思います。ペーパー1枚の両面に、介護保険制度の概要と自社の両立支援制度を説明し、配布します。その際、介護の課題を抱えたら、自分だけで解決しようとせず、人事などに相談してアドバイスを受けることが重要だと理解してもらうことが鍵となります。

次のタイミングは50歳の時点です。ほとんどの社員の親が75歳を超えて、介護の課題に直面する人が多くなっていると思われます。この時期に、ライフプランセミナーのような研修を開き、今から65歳までの15年間は、仕事と介護の両立の期間であり、介護の課題が生じても会社として支援するので、仕事で貢献して欲しいというメッセージを伝えます。

そして三つ目のタイミングは、親が65歳になった時点です。少し早いと思われるかもしれませんが、親の65歳の誕生月に介護保険被保険証が届くので、その機会に親と話し合うことを奨励することです。介護の課題に直面した時、親がどうしたいのか――できるだけ在宅で介護されたいのか、施設でもよいのか、また、有料サービスを受けたいかどうかについても確認する。そのためには、親の資産や経済力も把握しておく必要があります。そうしたことを事前に話し合っておくことは、とても大切なことなのです。

介護休業の正しい利用方法の理解浸透を

そして介護の課題に直面した後は、改めて社内制度の仕組みを説明し、必要な情報や助言を得られるよう、地域包括支援センターなどの専門家に相談するようアドバイスします。

介護休業というのは、基本的に緊急対応のために介護を担うと同時に、仕事と介護の両立のための準備を行う期間です。この点を社員に十分説明しないと、介護休業を取得し、社員が自分で介護の課題を抱え込むことになりかねないことに留意が必要です。先の調査でも、介護休業期間を「介護に専念するための期間」だと思う人と、「仕事を続けながら介護をするための体制を構築する期間」だと思う人では、就業を継続できる見込みに差があります(図表1)。したがって、介護休業の利用方法に関する正しい理解を浸透させることが重要です。

また、介護保険制度についての正しい理解も必要です。制度の利用者は65歳以上ですが、特定疾患があれば40歳~64歳でも介護保険のサービスを受けることができます。例えば、配偶者が脳梗塞で倒れリハビリが必要になった場合、65歳未満でもサービスを使える可能性があります。ただ、こうしたことを入院先で言われて知る人も多いと思いますので、やはり、事前の情報提供が大切だと言えます。

図表1 就業継続見込み別の介護休業の趣旨理解割合

グラフ画像(厚生労働省・平成26年度仕事と介護の両立支援事業「介護離職を予防するための両立支援対応モデル導入実証実験」における実態把握調査)

参照:配布資料31ページ(PDF:1.8MB)

働き方改革と職場の良好なコミュニケーションが重要に

最後に、日々の働き方が大事であるということを申し上げたいと思います。残業が多く、休暇を取りづらい職場では、やはり介護の課題に直面したら仕事を続けるのは難しいと思ってしまうでしょう。そのため、長時間労働の解消と柔軟な働き方の構築に向けた取り組みが求められます。そして、日頃から相談しやすい関係を上司や部下、同僚などと作り、職場の良好なコミュニケーションを図っていくことも非常に重要なポイントです。実際、コミュニケーションが良好だと働き続けられるという人が増えています(図表2)。

厚生労働省では、両立支援に必要な情報をパンフレットや研修資料のひな型としてホームページに掲載していますので、それらを利用しながら社内の仕組みを整えていっていただければと思います。

図表2 相談しやすい職場づくりと仕事と介護の両立

グラフ画像(東京大学ワーク・ライフ・バランス推進・研究プロジェクト「大企業調査」(2011年)より。)

参照:配布資料25ページ(PDF:1.8MB)

プロフィール

佐藤 博樹(さとう・ひろき)

中央大学大学院戦略経営研究科教授

1953年東京生まれ。1981年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。1981年雇用職業総合研究所(現、JILPT)研究員、1983年法政大学大原社会問題研究所助教授、1987年法政大学経営学部助教授、1991年法政大学経営学部教授、1996年東京大学社会科学研究所教授(2015年東京大学名誉教授)、2014年10月より現職。著書として、『人材活用進化論』(日本経済新聞出版社)、『職場のワーク・ライフ・バランス』(共著、日経文庫)、『パート・契約・派遣・請負の人材活用(第2版)』(編著、日経文庫)、『ワーク・ライフ・バランス支援の課題』(共編著、東京大学出版会)、『介護離職から社員を守る』(共著、労働調査会)など。兼職として、内閣府・男女共同参画会議議員、内閣府・ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員、経産省・新ダイバーシティ企業100選運営委員会委員長、厚生労働省・イクメン・プロジェクト顧問、ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト代表など。

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