各国報告1:イギリスにおける職場のいじめ:
第65回労働政策フォーラム

欧州諸国における職場のいじめ・嫌がらせの現状と取り組み
(2013年2月28日)

ヘルゲ・ホーエル  マンチェスター大学ビジネススクール教授

写真:ヘルゲ・ホーエル氏

職場のいじめの特徴

職場のいじめの状況に関して、どのような現象があるか、いじめとは何かについて説明します。定義ではなく、主な現象の特性について申し上げます。

職場のいじめは否定的(ネガティブ)で不快な行為であり、それを受けた者に心理的なダメージをもたらす可能性があります。いじめには直接的なものと間接的なものがあります。直接的なものは相手に恥をかかせることなどで、間接的なものは噂したり、仕事について中傷することなどです。

いじめられる原因は、仕事を時間どおりやらないことや個人的な攻撃などです。たとえば、習慣に関する批判や人格、出身地、親類関係などによって無視されることがあります。

職場のいじめの基本的な特徴は、反復され、かつ頻度が高いということです。このような行動が何度も何度も繰り返されることにより、被害者は耐えられなくなります。そして、いじめは繰り返されるため、被害者は対処を行うことが困難となります。いじめは長期にわたり、3カ月、1年、あるいは2年も継続することがあります。

いじめの話をする上で大事なポイントは、権力の不均衡についてです。通常であれば権力の不均衡は、組織階層の上層部の人間がより大きな力を持つことにあります。しかし、たとえば、知識の差、経験の差、あるいは縁故の有無が、ある種の対立関係における大きな要因となります。

イギリスにおける職場のいじめの現状

イギリスで職場のいじめに対する関心が高まったのは、1990年代初めです。ジャーナリスト兼アナウンサーのアンドレア・アダムス氏が、「職場のいじめ」(workplace bullying)という言葉を造り出しました。彼女はラジオ番組を通じて、イギリスの職場におけるいじめの問題と、その重要性について調査しました。この番組と、彼女が後に出版した書籍『職場のいじめ―どのように取り組み克服するべきか』により、イギリスにおいて多くの人がこの問題を知ることとなりました。

いくつかの調査・研究によると、イギリスでは10~20%が職場でいじめを経験しています。いじめのパターンをみると、いじめを受ける割合は男女同程度のようです。少数民族、障がい者、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、こういった人たちの経験率が比較的高くなっています。また、民間部分よりも公共部分で広く蔓延しています。

イギリスが他の国と少し違うのは、縦の関係以外のいじめも蔓延していることです。一般的に、いじめは縦の関係で発生します。すなわち、上司によるいじめです。しかし、同僚間のいじめもあります。それから、医療関係の施設や小売店、ホテル、学校では、顧客・消費者・学生等からのいじめも発生しています。経営者や幹部層も、さらに上の者からいじめを受けています。

職場のいじめの影響は深刻で、心理的にも身体的にも影響を及ぼし、仕事に対する満足度を損なわせます。その被害者にとっては、非常に深刻な影響があります。しかし、イギリスにおいては、組織的な影響に議論の焦点があります。いじめが起きると離職者が出て、生産性も低下します。いじめは直接の当事者だけでなく、周囲の傍観者にも影響を与えます。

職場のいじめの問題が裁判所に持ち込まれると、時として判事は莫大な支払いを使用者に命じます。訴訟も含め、いじめは企業に対してさまざまなコストを生じさせます。そのため、使用者はこの問題を認識し、深刻にとらえなければなりません。

職場のいじめが発生する理由

職場のいじめが発生する理由の一つに、職場環境の質があります。競争の厳しいグローバル化した世界では、労働者はさまざまなことを要求されます。人々は期日を守れない、目標を達成できないと感じることがあります。自分の役割に葛藤や曖昧さを感じることもあるかもしれません。また、あまりにも権威主義的、あるいは予測不能なリーダーシップが生じて、いじめが発生することもあります。

あるいは、ストレスにさらされた幹部や経営者自身が、自分たちのフラストレーションを部下にぶつけることがあるかもしれません。また、人々がいじめを仕事の一環として、受容してしまうこともあります。普通であれば到底、受け入れられないことを、受け入れてしまうのです。たとえば、イギリスなどでは、厨房におけるシェフによるいじめが発生しています。そうすると、その職業に属している人たちは、これを役割モデルとしてとらえ、それらの行為を真似するようになります。看護師、あるいは消防署でも同じような状況がみられます。

職場のいじめへの対処法

イギリスでは長年、労働組合を中心に、職場のいじめに特化した法律「職場の尊厳法」(Dignity at Work Bill)の制定が提唱されていますが、未だ達成されていません。しかし、現状でも被害者を守る方法はあります。たとえば、1974年労働安全衛生法により、使用者は従業員に対して健康、安全、福利厚生を確保する義務があります。また、反差別法制である2010年平等法(Equality Act 2010)によって、マイノリティグループとして保護される人種、宗教、年齢、障がい等に関する差別的ないじめに対応しています。職場のいじめに限定されないハラスメントに関する法律として、1997年ハラスメントからの保護法(Protection from Harassment Act 1997)もあり、賠償金の上限が現在100万ポンド(日本円で約1.4億円)とされています。

では、使用者はどのように対処すべきでしょうか。以前は、これはあくまで人事管理の一手段であって、いじめではないと考えられていました。しかし、現在は、使用者の理解も進んできました。使用者の権限としての確固たる態度といじめは異なるものであり、それを区別すべきであるという理解が進んだのです。

一つの有効な行動は、使用者がいじめに関するポリシーを職場に導入することです。このポリシーにより、組織として職場のいじめを許容しないことを示します。そして、このポリシーに違反した者に対しては、制裁を科します。

また、インフォーマルな問題解決手段として、企業内で調停(mediation)を行ったり、人々が自主的に集まって対立を解決しようとすることがあります。あるいはフォーマルな苦情処理手続を選択することもあります。調停の有効性に関する調査によると、イギリスやその他諸国において、調停が効果的なのは、対立がそれほどひどくないケースに限られることが明らかとなっています。あまりにも対立がひどいケースでは、行っても意味がありません。

労働組合の役割

イギリスでは職場のいじめの問題に労働組合が当初から介入し、法制化を推進するとともに、企業別の支部レベルでも活発に活動しています。イギリスの労働組合は、1980年~90年代前半にかけてかなり衰退しましたが、職場のいじめの問題に関しては、重要なプラットフォームと位置づけられています。職場のいじめは組合員にとって深刻な問題なので、労働組合は職場の組合員のために状況を改善する意思を持っています。

イギリスでは、政府の支援で、2004年から使用者と労働組合が共同で問題に対処するパートナーシップ・アプローチ(Dignity at Work Partnership)が始まりました。英国航空やブリティッシュ・テレコムのような大手企業とUNITEなどの労働組合がソーシャル・パートナーシップを確立しています。

このプロジェクトの委託調査でわかったことは、成功している組織もあれば、失敗している組織もあるということ、そして、成功している組織の特徴は、上層部の確固たるコミットメントと従業員の賛同をとりつけ、そこで何が起きているのかが正しく理解されていることです。

しかし、この労使共同プロジェクトは、130万ポンドという投資にも関わらず、いじめ被害者にとっての救済策を提供しておらず、内容的に労働者側の意向を汲んだものとはなっていません。そのため、経営者側の意向に偏っているという批判もあります。

今後の課題

20年間の調査研究を通じて、イギリスでも職場のいじめの問題はある程度認知されるようになりました。この問題に対応するための法律の整備が必要だと私は認識しています。ただ、それ以上に重要なのは、より多くの人がこの問題を認識することです。今日のイギリスには十分な措置や対策があると思います。それらを成功させるためには、使用者と労働者が前向きにこの問題に取り組んでいく必要があります。