ドイツ連立政権、最低賃金めぐり議論再燃必至

調査員 大島 秀之

日本では最近、最低賃金をめぐる議論が活発化し、改正案が臨時国会で審議されている。筆者が海外労働情報の収集を担当するドイツでも、昨年秋から最低賃金の問題が非常に注目されるようになった。ドイツには日本のような法定最低賃金制度が存在せず、労使が交渉によって最低賃金に合意してきた。しかし、経済のグローバル化などによる低賃金労働者の増加や労働組合組織率の低下は、従来の労使合意方式による最低賃金設定の見直しを迫っている。連立与党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)は最低賃金の問題をめぐって激しく意見が対立し、一時は「連立政権の危機」とまで言われた。辛うじて妥協案が成立したが、議論の再燃は必至の情勢だ。

妥協案が辛うじて成立

SPDとドイツ労働総同盟(DGB)は 06年、食品・レストランやサービス業を中心とする労働組合の要求に基づき、全国一律時給 7.5ユーロの法定最低賃金の導入を主張した。他方、CDU・CSUと使用者団体は、法定最低賃金の導入を自由な労使交渉を脅かし雇用を喪失させるものであるとして拒絶した。

CDU・CSUと SPDは 06年秋から本格的に最低賃金の議論を開始したが、双方の意見は一向に折り合わず、一時は連立政権の危機とまで言われた。07年 6月にようやく 2つの妥協案が成立した。1つは、賃金ダンピングの防止を目的に、建設産業の最低賃金協約の遵守を当該部門の外国企業を含むすべての企業に義務づけている法律を改正し、適用対象を約 10の業種に拡大していく案だ。この場合、労働協約の適用率が 50%以上の産業部門の労使が自ら申請することが条件となる。

もう1つは、労働協約の適用率が 50%未満の産業部門に法定最低賃金を導入するための法律を整備していく案だ。専門家による委員会が当該部門に最低賃金が必要かどうかを決定し、当該労使代表で構成する特別委員会の最低賃金額の勧告に基づき労働社会相が最低賃金を制定するしくみが想定されている。しかし、専門家による委員会がどういった基準で最低賃金の必要性を判断するのかなど、疑問な点も多い。法案の内容が固まった段階で、連立政権内で再び議論になることが予想される。

「公序良俗に反する賃金」禁止も

ドイツでは、就業者の収入が憲法である基本法の保障する最低生活費を下回る場合、差額を補助的に支給することが国家の責務とされている。06年 6月には、就業しながら追加的に失業給付Ⅱ(就労能力のある生活困窮者を対象とする社会給付。税財源に基づく。)を受給する者が 108万人おり、このうちの 41万人がフルタイムで働いていた。しかし、フルタイム就業者が資産調査を要件とする失業給付Ⅱに依存する状態は改善すべきであるという意見が強い。連立政権はこうした人々が失業給付Ⅱから脱却できるよう、何らかの補助金を支給する案を検討している。

SPDはCDU・CSUとの協議で許容できないほど不当に低い賃金とは何かを定義することを提案した。ドイツには、支払額が地域で一般的な協約賃金水準を 30%以上下回る場合、その賃金は公序良俗に反するとする裁判例があるという。法定最低賃金の導入には断固反対したCDU・CSUも公序良俗に反する賃金を禁止することには前向きな姿勢を示し、「地域協約賃金または地域で一般的な賃金を 3分の 1以上下回ってはならない」とする提案を行った。しかし、この案は美容師などで存在する時給 3ユーロ程度の低い協約賃金を正当化してしまうという問題点があり、連立政権の 6月の妥協案には盛り込まれなかった。今後法整備が予定される労働協約の適用率が 50%未満の産業部門に最低賃金を導入するしくみに、この公序良俗に反する賃金を禁止する考え方が反映されるのではないかと思われる。

SPD大会、全国一律法定最低賃金制導入を採択

SPDは 10月下旬の党大会で、改革路線から有権者受けする左派路線へと方針転換し、中高年に対する失業給付Ⅰ(失業保険財源による通常の失業手当)受給期間の延長や全国一律時給 7.5ユーロの法定最低賃金の導入などの政策を採択した。メルケル政権下で、SPDは支持率を低下させ、独自色の発揮に苦慮している。08年の地方選挙や 09年の連邦議会選挙に向けて、SPDが国民の支持が高い法定最低賃金の問題を再び提起し、連立政権の運営に支障をきたす事態も予想される。今後の推移が注目される。

( 2007年 11月 26日掲載)