メッセンジャーの労働組合

研究員 内藤 忍

メッセンジャーを知っているだろうか。メッセンジャーとは、都心などにおいて自転車で緊急の書類を主に企業から企業へと運ぶ仕事をしている人々のことである。今年 1月、連合東京のアドバイスのもと、バイク便大手の株式会社ソクハイで働く自転車便スタッフ(メッセンジャー)が中心となって、労働組合ソクハイユニオンが結成された。バイク便業界初であり、また、「個人事業主の労働組合」ということで、新聞やテレビでも報道されたため、ご存知の方も多いと思う(朝日新聞 4月 14日夕刊、NHK「クローズアップ現代」 3月 20日放送)。

筆者は大学院生時代にメッセンジャーとして働いていたこともあり、この業界の就労実態には関心を持ち続けてきた。今回は、彼らの就労実態と合わせ、このような実態・契約形態で働く若い人たちの労働組合結成の意味などについて考えてみたいと思う。

メッセンジャーの就労実態

ソクハイユニオンからの聞き取りによれば、メッセンジャーは、まず、本社のセンターから携帯電話で配送の仕事を指示される。事実上、彼らに諾否の自由はない。勤務時間は指定されており、営業所における朝礼が日課となっている。業務で使用する携帯電話は指定会社のものを使用しなければならず、最初に業務に就くときは、数日間の研修を受けなければならない。そして、本人に代わり他人が労務を提供することは契約で禁止されている。欠勤や遅刻をすればその日数に応じて歩合率が下がる。また、本人たちが手にする平均的な歩合報酬は、必要経費を引けば、時間単価で一般のアルバイトの時給と大して変わらないうえ、他社の業務に従事することは事実上困難である。さらに、服装や髪型などに関する細かい服務規程が存在する。

彼らの就労実態からは「労働者」の働き方そのもののように思えるが、彼らは会社と「運送請負契約」を結び、「個人事業主」として扱われている。したがって、仕事中に交通事故に遭っても労災補償は受けられず、そのため、個人で保険料全額自己負担の傷害保険に加入しなければならない。また、個人事業主扱いゆえに、雇用保険などその他の社会保険も一切ない。それどころか、仕事で使う自転車、その整備費用、携帯電話料金、地図やペン・メモ帳など全て、個人が自分で全額負担しなければならず、月にかかる必要経費は数万円にもなるという。また、一日の配送業務の終わりには、伝票整理作業を営業所で行うことになっているため、1日の実質的な拘束時間は 11時間以上に及ぶ。毎日 100km近く走って疲れきっても有給休暇の一日も与えられない。多少の違いはあれ、都心部のほとんどの他社でも、メッセンジャーの就労実態は似たようなものであるという。

組合が結成されたきっかけ

そもそもソクハイユニオンが結成されたのは、収入面での不満であったという。報酬完全歩合制で働く彼らにとっては歩合率が重要であるが、それが 2年前に突然一方的に大幅に切り下げられた。また、昨年は仕事の受注件数が減り、1人あたりの収入も極端に減ってしまったという。これに加えて、個人事業主として扱われているため、労災補償が受けられない。急ぎの書類を背負って都心の車道を自転車で疾走するという危険な仕事にもかかわらずである。そこで、同ユニオンでは労働契約への切り替えを求めている。

この点に関していえば、彼らメッセンジャーは契約上、個人事業主として扱われているが、労働基準法上の「労働者」であるか否かの法的な判断基準である「使用従属性」に照らせば、本来、労働契約を締結し、「労働者」とみなされる存在であるように思われる(使用従属性について詳しくはJILPT 池添弘邦副主任研究員のコラムを参照)。彼らは、労働者性の判断において労働法研究者の間で議論となっている、雇用に類似した労務供給契約にもとづいて就業する者、いわゆるグレーゾーンにある自営業者ではそもそもないように思う。

個人事業主として扱われる若者-現状打開の手がかりは労働法教育と労働組合結成

ところで、このような労働契約以外の契約の締結を余儀なくされる者の多くは若者である。若者が労働に関する法制度や権利を知らないことから、会社と労働契約以外の契約を結んでしまい、残業手当が支払われない、労働災害の補償が受けられない、という事態が起きる。こうした事態を防ぐ、もしくは改善するために、第一に、働くときにどのような権利があるのかを若者がきちんと知ることができる機会・しくみを真剣に考えていかねばならないのではないか。北海道では、連合北海道バックアップのもと、ワークルール(働く上での権利や法制度)の教育の実現をめざして「職場の権利教育ネットワーク」(設立代表者道幸哲也北大教授)がこの 4月に設立されたという(『月刊労委労協』 2007年 6月号( 614号)参照)。先進的な取組みとして大いに期待したい。

そして、第二に、既に働いている若者にとっては、労働組合を結成することが、自分たちの就労条件や契約形態について使用者と交渉していく大きな手がかりとなるだろう。労働組合法上の「労働者」については、労働基準法上の「労働者」と異なり、広く認められる傾向にある(たとえば、CBC管弦楽団労組事件・最高裁昭和51.5.6判決)。そう、たとえばプロ野球選手のように個人事業主として扱われている人々や、雇用契約以外の契約を結んでいる就業者でも、労働組合を作れ、かつ団体交渉を通じて、その就労条件を改善することができるのである(プロ野球選手は労働委員会によって労働組合法上の「労働者」と認められている(東京地労委昭和 60.11.14))。

個人事業主として扱われているメッセンジャーが中心となって結成されたソクハイユニオンは、その後活動が徐々に軌道に乗り、団体交渉を通じて、従来配送人が負担してきた費用(運送に伴う印紙税代)を会社負担とすることや、業務上事故に遭った配送人の一部につき、低額ではあるが会社から独自の補償を受けられることを合意したという。同ユニオンによれば、少しずつではあるが、着実に進歩していると感じているそうだ。

若者自身が団結しようとする背景には、彼らを取り巻く厳しい労働の現実がある。そして、その現実を生む原因の一つは、労働者の生活や権利より、消費者にとっての便利さ・安さ・速さを優先し追求する私たちの意識にもあるのではないだろうか。筆者は、そのような反省も込めつつ、このような厳しい現実の中で労働組合を作ることによって、現状を変えていくという決断をした彼らの情熱・勇気に接し、彼らを応援していきたいと思っている。

( 2007年 7月 2日掲載)


[参考資料など]

・「ユニオン結成ソクハイ労働者起つ」 『ひろばユニオン』 2007年7月号

・上山大輔「組合結成5ヵ月この手に権利と安心を」 『ひろばユニオン』 2007年 6月号

・疋田 智「万国のバイク・メッセンジャーよ、いまこそ団結せよ!」 『BICYCLE NAVI』 2006-Winter (No.19)

・ソクハイユニオンブログ http://sokuhai-union.blogspot.com

『労働者の権利を知ることの必要性』 JILPT 原ひろみ研究員のコラム