社会的責任と投資の世界

国際研究部主任調査員 松尾 義弘

SRIとは?

昨今、企業による社会的責任(CSR)の取組みが高まる一方で、不祥事は依然後を絶たない。そこで、CSRを投資の形で進めるものにSRI(Socially Responsible Investment: 社会的責任投資)というものがあるのをご存じだろうか。

SRIとは、投資家が通常の財務分析による投資判断だけでなく、社会、環境、コーポレート・ガバナンスなどの非財務要素を評価に加え投資行動をとることを指す。投資銘柄のスクリーニングをはじめ、株主行動、コミュニティー投資といった手法・形態があり、最近徐々にではあるが一般投資家にも知られるようになりつつある。なお、昨年ノーベル平和賞を授与されたバングラデシュのグラミン・バンクは貧困層に無担保融資を行っているコミュニティー投資の代表的な実践機関である。

SRI市場は世界全体で 300兆円超ともいわれ、米国のシェアが群を抜くが近年欧州諸国も急速にマーケットを拡大している。他方わが国のSRI規模は 2,374 億円( 2006年末現在)とみられ、まだまだマーケットは小さい。

欧米先進国はどういう実態なのか、ということでそのうちの一国、フランスに今年はじめ調査に行く機会を得た。

フランスのSRI

フランスのSRIは、1983年にある修道会の貯蓄向けに考えられた「新戦略 50」という投資ファンドが最初のものとされる。このファンドでは修道士の投資先としてふさわしくない、酒、タバコ等の企業が外され、環境や雇用などに前向きに取り組む「道徳的」な企業が組み入れられた。現在でも修道会のような「倫理的」な投資家は一定の存在であるが、世の中そうした人ばかりではない。したがってマーケットを動かすのは一般の投資と同じように、大きなおカネを動かす機関投資家となる。フランスのSRIでも 7割以上のシェアを機関投資家が占める。

中でも期待されるのが、巨額の資金を長期運用できる年金基金などの公的機関である。フランスに限らずこうした状況は他国も共通している。短期的なリスク・リターンにとらわれず投資ができるという意味で、長期保有を前提とした年金基金などは SRI投資に最もふさわしく、今後のSRI進展の鍵を握ると考えられている。

特にFRR(年金準備基金)という公的年金基金は、向こう 2030年までの資産運用を国から任される一方で、運用の際CSR配慮を基本とする投資原則を有している。昨年から資産の一部をSRIに特化した運用を始めたところでもある。CSRを重視する企業は経営も健全であると考えられるため長期的な収益も他社を上回るだろうと一般的に考えられるが、FRRはまさにその検証を行っているといえる。

フランスでもう一つ興味深いものに企業の財形貯蓄制度がある。どこの国にもある財形制度だが、何が違うかというと、従業員の財形貯蓄のうち一つは必ずSRIを入れなければならないという決まりがある。このSRI財形も定年まで解約できない長期運用を目的としたものである。さらに興味深い点は、SRI財形を実際提供する金融機関(運用会社)に対し、主要労働団体がSRIとして適切かどうかの“お墨付き”を与えるという構図である。彼らの言葉によれば「社会責任に取り組む企業に優先的に投資する方針を持つ運用会社を選択することにより、企業の社会福祉・環境政策に及ぼす影響力を持つ」というねらいらしい。

こうした仕組みがうまく機能し、またその土壌には上場企業にCSR情報開示を義務付けた法の制定などがあり、フランスのSRIは近年右肩上がりの状況となっている。

日本では?

翻って日本ではと考えると、一般向けのSRIファンドを提供する金融機関は増えつつあるが投資額が飛躍的に伸びるという状況とは言い難い。わが国の「道徳的」な人は株式等のリスクマネーに投資しないということだろうか。また年金基金などの機関投資家も同様に慎重なようだ。彼らもSRIには関心を示すが実際の運用まで手がけるところは非常に少ない。その理由は、資金受託者の責任として、SRIが通常の投資と比べてリスク・リターンはどうかなど、CSR基準という非財務要素の是非について投資家に十分説明できる情報を持っていないということらしい。その意味では、フランスのFRRの確実な「検証」が待たれるところでもある。

いずれにしても、業績不振だけでなく不祥事一つで倒産の憂き目に遭いかねない昨今の企業社会にあって、CSRという非財務要素は投資判断の重要な指針となっていくのではないだろうか。

( 2007年 5月 25日掲載)