中国 「格差」 事情

国際研究部 主任調査員 野村かすみ

海外の労働事情を調査する仕事をしていると、さまざまな問い合わせを外部の方々から受ける。先日は、あるテレビ製作会社の方から「中国の平均賃金を教えてください」という内容の問い合わせを受けた。統計年鑑などから数字を拾い、回答すれば済むことかもしれない。しかし、中国に関して状況を正確に伝えようとすると、事象が千差万別で、格差が大きすぎ、たった一つの平均値で何かをいうことがあまり意味を持たない。その意味で正確に回答することが非常に難しい。

中国が抱える「格差」の問題

正確に回答することを難しくしている理由の一つには、中国国内「格差」の問題がある。

中国では、都市と農村で、いわゆる「二元化社会」[1]がまだ存在している。政府は、国内格差の広がりを深刻に受けてとめて、農民工とよばれる農村からの出稼ぎ労働者たちを対象とした大規模な調査を実施した。今年 4月に「中国農民工調査研究報告」として体系的にまとめられ、公式に農民工たちの労働と生活を取り巻く厳しい環境が明らかとなった。

2004年末の中国全体の就業人口は 7億 5,200万人だが、このうち都市労働者は約 2億6千万人、農村労働者は 4億 9万人と都市労働者の 2倍がまだ農村労働者なのである。

平均賃金に話を戻すと、政府の統計[2]では、全産業平均では、年間 1万 6,000元(日本円で約 22万円)だが、産業別にみると、情報通信産業は年間 3万 5,000元(日本円で約 50万円)、農林牧畜は年間 7,000元(日本円で約 9万 8,000円)と大きな開きがあることがわかる。平均賃金の数字の裏には、さまざまな形態による就労が想定される。戸籍、地域、教育レベル、親の職業などの本人に関する属性、どの産業のどの職種に属するか、どのような労働契約で働いているかなどの環境条件を特定しないと現実を把握することは難しい。

ちなみに、農民工の多くの人々は、省・県レベルで決められる最低賃金で雇われているが、最も金額が高いといわれる広東省深せん市の場合には毎月 810元(日本円で 1万円強)であることから、農村部で農林牧畜業に従事するよりは、都市部へ出稼ぎに行く方が若干多くの収入を得ることができることになる。技能を身につけた農民工の中には仕事を複数かけもちする「炒更[3]」という働き方でホワイトカラー以上の収入を稼ぐ者も出てきているという。

ところで、「格差」については、農村と都市の「二元化社会」からくる格差の問題にとどまらず、親の所得の違いからくる若者の問題も最近深刻なものとなりつつある。

一昔前なら一握りのエリートで国の機関や国有企業へ確実に就職していた大卒者たちも、誰でも高等教育を受けられる時代となり、その数は 2001年から 5年間で 3倍に増加している[4]。一方で、企業は就職者に即戦力としての能力を求めるようになっていることから、需要と供給にミスマッチが生じ、もはや大卒資格だけでは就職できない時代を迎えている。

全国的に新設大学が増え教育機会が増加しているとはいえ、教育の質そのものについては疑問の声も多い。北京大学や清華大学など重点大学と呼ばれる名門校はともかく、地方の新設大学では企業ニーズに応えるカリキュラムを準備されておらず、卒業生は、特に就職困難に直面している。農民の親は子供により良い人生をと期待をかけ、借金をして子供を大学に進学させている。大学を卒業しても就職できない場合、学費の返済に追われ、ブルーカラーとして 1,000元(約 1万 4,000円)たらずの単純労働に従事するケースも多いということだ。そして、比較的豊かなホワイトカラーの子弟の場合は、日本と同様のフリーター、ニートやパラサイト族となる。働かない、働けない若者が増えはじめ、社会問題となっている。

海外を捉える「眼」の意味

このような中国社会の格差があることで、より良い生活を求める農民たちは農村から都市へと移動し、この動きは今日のグローバル化の進展の下では、中国国内にとどまらず海外への移動を一層促進しているともいえる。それは原則的には労働力について限定的開国政策又は原則鎖国政策をとっている我が国にも無視できないものになるのではないか。また、最近の若者をとりまく問題も中国社会が豊かになる中で広がる「格差」の新たな側面であるといえる。中国へ進出するわが国企業にとって現地人材マネジメントの見地から決して無視できないものであろう。

海外の労働実態を捉えるのは、難しい。法律や制度を知るだけでなく、その背後にあるその国の持つ独自性に配慮しながら、マクロの視点とミクロの視点の両方の眼を持って、リアルに捉えることが求められるのではないか、と中国の「格差問題」をウォッチしながら考えている。

( 2006年 11 月 30日掲載)


[脚注]

  1. ^ 1957年制定の条例により国民は「都市戸籍」と「農村戸籍」に分けられ、移動の自由が制限されてきた。都市戸籍者と農村戸籍者との 2つの分断された社会を形成する。1980年代からこの分断された社会での格差が指摘されている。都市戸籍者は、国が提供する計画的な食料の供給、統一的な就職、就職配置政策、医療保険制度などの社会保険制度、住宅供給などの福利厚生を享受することができるが、農村戸籍者にはそのような便宜がない。しかし、これも戸籍制度の改革により近年解消されつつある。
  2. ^ 労働社会保障部「 2005年労働統計年鑑」中国統計出版社
  3. ^ 海外労働情報 http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2006_8/china_01.htm
  4. ^ 労働社会保障部労働科学研究所編「 2005年中国就業報告」 198頁