労働と経済の総合的な分析のためのデータベースについて

研究所副所長 田丸 征克

労働と経済の総合的な分析

長かった平成不況を経て日本の雇用慣行は大きく変わった。海外との競争が厳しさを増し、経済のサービス化や情報化が進展する中で、雇用の多様化が進むとともに、格差や長時間労働の問題が注目されている。また、労働供給の減少に対応して生産性のさらなる向上が必要と考えられている。そして、これらの問題は互いに関係があることも議論されるようになってきた。今後の労働政策、経済政策において、労働と経済を総合的に分析することの重要性はいっそう高まってくるものと思われる。

この種の分析では複数の労働・経済統計を組み合わせて使用することになるが、その際には定義、分類、表章項目などの違いを調整する必要が生じることがある。これは簡単なことではなく、大変な労力を要する場合や、不可能な場合もある。現状ではこうした作業は個別の研究者がそのたびにやらざるをえない。調整の方法が人によって異なる場合は、分析結果の違いにデータ処理の違いによる部分が混入してしまうかもしれない。この分野の問題に関心を持つ多くの人たちがもっと手軽にデータを扱えるようにする方法はないだろうか。

国民経済計算( SNA )とサテライト勘定

この要請に応えられる可能性のある一つのツールが国民経済計算( SNA )のサテライト勘定である。SNA は、マクロ経済の分析に(実際はもっと細かい部門別の分析にも)用いられる基本的、包括的な経済統計データベースであるが、汎用的であるがゆえに、特定の問題の記録・表示については十分でない場合がある。そこで考えられたのが SNA の拡張体系としてのサテライト勘定である。

社会的な関心が高く、なおかつ通常の SNA では不十分な特定の分野について、分析ニーズや政策課題に応じて SNA の概念・表章形式を維持または拡張し、詳細な内訳データや(必要に応じて)物量データを追加して作成する。日本ではこれまでに環境と経済、無償労働などについて作成(試算)されている。たとえば「環境・経済統合勘定」では、生産物やお金だけでなく環境に影響を与える物質の物量データを計上することによって、各産業の経済的成果(GDP や雇用)への貢献度と主要な環境問題(地球温暖化、廃棄物など)への物量的な影響度を産業別シェアの形で比較することなどを可能にしている。

労働と経済のサテライト勘定

労働と経済の総合的な分析に用いるデータベースとしてサテライト勘定を作成するとすれば、どのようなものになるだろうか。まだ思いつきの域を出ていないが、前述の趣旨をふまえて要点を挙げてみよう。

まず、既存の SNA データの主要部分に加えて、(1) できるだけ多くの労働統計データを取り込み、(2) できるだけ詳しく(内訳の種類、分類の細かさの点で)表章することが望まれる。その結果、労働データを SNA の豊富なデータと直接組み合わせて使用することができるようになる。これにより政策的に有用な新しい指標を導出できることもメリットと考えられる。(3) 特に組み合わせ使用が想定される SNA データについては、できるだけ労働データに対応した分割・表章を行う。なお、SNA は基本的に金額データを表示するものだが、サテライト勘定では時間と人数が主要なパートとして加わるので、それらの表章形式に工夫が必要となるだろう。

(1) 取り込むデータ:労働時間、残業時間、労働力人口、求人数、求職者数、入職者数、離職者数、失業者数など

(2) 内訳の種類:産業別に加えて、企業規模別、性別、年齢階層別、就業形態別、職種別、学歴別、国籍別など

(3) 組み合わせが考えられる SNA データ:雇用者数、就業者数、資本ストック、生産額、営業余剰、雇用者報酬、混合所得、租税負担、社会保障負担・給付、消費支出など

以上、ごく大まかなイメージを描いてみた。実際の使用に耐えるものを作成するのは困難を伴うだろうが、多くの人が手軽に使えて有用な指標も導出できるデータベースを目指して、検討を進めてみる意味はあるように思われる。

◎以上は筆者の個人的な見解であり、当機構の見解ではありません。

( 2006年10 月 27日掲載)