精密測定装置としての調査票

主任研究員 松本 真作

調査票、特にアンケートという言葉を聴いて、どのようなイメージをお持ちだろうか。良くあるアンケートは十個程度の設問が並び、「はい」か「いいえ」で答えたり、自由記述を行ういたってシンプルなものである。以前、このアンケートに使われる調査票を「精密測定装置」と言う人がいて、ちょっとした驚きがあった。しかも同じことをまったく接点がないと思われる別の人物からも聞いた。

正確な情報収集がすべての基盤

確かにすべての科学は正確な情報を集めることから始まる。集められた情報が正確でなければ、それを整理したものも当然、正確ではなく、その上に立つ理論やモデルも正しくはない。社会科学の分野ではアンケート調査が情報収集の有力手段であり、そのための「装置」が調査票である。

ところがこの調査票、作ってみると実に難しい。自分が企画したものや参画したもの、これまでに数十の調査票を作ってきたと思うが、それでも容易くはない。様々な人がいるため、設問を誤解する人もいる。誤解は無いようにしなくてはならない。ところが、誤解されないような表現にすると、かえってわかりにくくなることもある。また、様々な状況下で設問が妥当でなくてはならない。様々な状況で適切な設問になっていなければ、「非該当」の反応が多くなってしまう。

さらに、アンケート調査は回答者の主観的、感覚的なものではなく、回答を通してその裏側にある客観的な情報を集めるという役割がある。回答者の主観的なイメージだけを収集し たのでは 、その結果は回答者の全体的なイメージ、集団の妄想のようなものかもしれない。社会科学でのアンケート調査は、回答からその背後にある客観的な社会的事実を汲み取ろうとするものである。この点が難しい。

精密測定装置の製造工程

このような様々な難しさを乗り越え、正確に事実を測定しようとするのが調査票である。言葉一つひとつを精密部品として、それを正確に組み立てていく。設問の順番も重要である。同じようなことを聞く設問は固め、ある種のストーリーに沿って並んでいる必要がある。また、「精密測定装置」であっても、難解であったり、回答が大変であってはならない。そのような調査票では、回収率が悪くなり、データが集まらなくなってしまう。精緻なメカニズムは背後に隠れ、利用者はそのメカニズムを意識することなく、スムーズに回答できる、そのような調査票が求められる。

当機構の調査票はこのように、精密測定装置として作られている。そこには実に多くの人 による 繰り返し、繰り返しのチェックがある。そもそもアンケート調査の企画や測定内容はその分野の専門家や関係者が集まった研究委員会によって決められる。過去の調査も徹底して調べる。研究委員会で調査票「案」を作成するが、その案を当機構内の検討委員が様々な観点からチェックする。検討委員は数十人で構成されているため、実に多くに指摘や改善意見が集まる。多くの人の知恵の結晶として精密測定装置、すなわち調査票が仕上げられていく。

良くできた調査票で行われた調査はその分野の基準となる情報を提供できる。正確な事実把握は当事者、そして最終的には広く社会のためになるものである。 精密測定された調査結果はどこを切っても(どのようにクロス集計しても)、見事なプロフィール(数値の結果)を描く。

精密測定装置は新たな段階に

この精密測定装置としての調査票、数年前から大きな転換期を迎えている。そのきっかけはインターネット利用者の爆発的な増大である。以前の郵送調査では数千名に発送し、回収するだけでもかなりの経費がかかったが、それが今では数十万人の Web モニターにメールを送り、この数十万人からデータを取ることも容易い。数十万人の職業を細かく調べ、その職業に従事している人にピンポイントで答えてもらうこともでき、実際に「 Web 職務調査」として、数年前から当機構でも行っている。

Web 調査ではサイト上に作られた調査票に回答してもらうが、サイト上の調査票は今までの紙のものとまったく同様に作ることもでき、また、回答によって次に出す設問を変えたり、回答内容によって細かく分岐したり、回答に必要な情報を的確に提供しながら回答してもらうなど、紙のアンケートではできなかったことが様々可能である。

もちろん新たな道具は、それが使いこなされるようになるまでには 、誤りや間違いも起こる。印刷会社にワープロでの原稿を渡すようになった当初、かえって誤りが多くなったことを思い出す。 Web でのアンケートも多少の混乱はある。しかしながら、精密測定装置としての調査票が新たな段階に入ったことは間違いない。今までにないデータが得られ始めている。

( 2006 年 3月 31日掲載)