成果主義ブーム後の着目点

調査部 荒川 創太

先日、あるセミナーで、キヤノンが今年、一般職(組合員層)に導入した新賃金制度の内容について話を聞く機会を得た。すでに新聞等のマスコミでも報じられたように、新制度の最大の特徴は、組合員層にも「職務」と「職責」にもとづく「役割給」を導入した点にある(管理職には 2001 年に導入している)。ただ組合員層の場合、職務と言っても、実際にこなしている仕事のレベルが管理職業務に近いものから、日々のルーチンワーク(日常業務)まで幅広になっているケースも多い。一人ひとりの職務をどのような範囲で捉えるのかなどに興味があったが、同社の場合は幅があってもあくまでメーンの職務で等級を決定するとのことであった。参考になるところが多かった。

目標管理制度をやめる?!

しかしながら、今回のセミナーでは、「役割給」よりもっと他のところに関心が行った。それは、いまや成果主義賃金制度における必須アイテムとも言える「目標管理制度」を、同社は逆に廃止してしまった、というのだ。その理由、背景はこういうことだった。

同社の旧評価制度では、「成果」と「能力・意識」が評価要素となっていた。成果については上司が「目標達成度」と「日常業務遂行度」の両面で評価していた。この目標達成度を測るツールが目標管理制度だったのである。

しかし、評価を決める際の、上司と部下の話し合いで、目標達成を巡って「やった」「やらない」の議論に陥ることもあったという。また評価の上げ下げでは、上司によっては実は「目標達成度」ではなく、日常業務での行動、つまり「日常業務遂行度」の方に重きを置くこともあった。しかし、行動には明確な評価基準があるわけではない。その場合、上司は部下と面談する際に、行動で評価を下げたのにもかかわらず、目標達成度を理由にして説明し、「つじつま合わせ」で納得させていたのだという。

新制度では評価要素は「役割達成度」と「行動」に変更された。各職務に応じた役割シートの設定によって、個人の役割・期待が明確になり、以前の目標達成度と日常業務遂行度を統合して評価するような形となった。また、行動の基準も、(1)仕事上の個人の行動(2)組織人としての行動(3)社会人としての行動――に切り分けて明確にした。目標管理制度の運用で悩む企業も少なくないが、トヨタと並んで勝ち組企業の筆頭であるキヤノンが廃止したというインパクトは、そうした企業にとって決して小さなものではないだろう。

成果主義抑止策にも脚光を

もはや、成果主義賃金がもたらすマイナス面については、直近の企業事例、論文、書籍などによって、かなり認識が進んできたように思う。売上を優先せざるを得ないビジネス雑誌などが、賃金格差の拡大などに脚光を当てるのはしようがない。しかし、これからはキヤノンの例のように、行き過ぎた成果主義・個人主義に陥らないよう、個々の企業がどんな工夫を施しているのかにも、着目すべきだと考えている。

ちょうど筆者のセクションでは昨年、ある業界の主要企業を対象に、成果主義賃金に至るまでの過去10年の制度変遷を調査した。結果のとりまとめにはもう少し時間がかかるが、どの企業も特に組合員層については過度の成果主義に陥らないための手だてを打っていることが分かった。例えば、評価が悪くてもチャレンジしていれば昇格させる、コンピテンシー評価といっても評価は機械的に賃金に反映させていない(最後に総合評価をかませている)、等々である。しかし、そういう点は、世間ではあまりクローズアップされない。

以前、ある労組関係者からこんな話を聞いたことがある。「実は成果主義は中小企業が危ない。中小企業の場合、大企業が入れているからうちの会社も、と言って、何も考えずに本当の成果主義を入れてしまう」。最近は少なくなったのかもしれないが、そんなケースがこれ以上増えないためにも、きちんとした企業での真摯な取り組みを調べ、伝えていくのも大事なことだと思う。