報酬制度

JILPT統括研究員 伊藤  実

高額納税者のトップにサラリーマン

高額納税者が発表されたが、トップに躍り出たのは土地長者でもベンチャー企業経営者でもない投資顧問会社の運用部長というサラリーマンであった。納税額は約37億円という額であり、推定所得は約100億円ということである。平均的なサラリーマンが、大学卒業直後から定年まで働いて得る生涯給与総額は、2~3億円であるといわれている。また、ジャンボ宝くじの一等賞金も、生涯所得と同じ3億円である。これらと比較すると、この報酬額は桁外れであり、もはや嫉妬するどころか賞賛に値するものである。

製造業中心に形成・定着してきた年功賃金

こうした桁外れの報酬を役員ではなく社員に支給するといったことは、これまでの企業社会では考えられないことである。日本の企業の報酬制度は、これまで年功賃金といわれるものであり、製造業を中心に形成され、定着してきた。熟練形成、チームワークなどを重視する製造業では、勤続年数に比例して賃金が右肩上がりに上がる年功賃金は、それなりに合理性を持っていたし、今でも生産現場では合理性を維持している。

これに対して、投資顧問会社といった金融業では、チームワークよりも個人の能力が強く問われる専門職の世界である。高額納税者のトップに躍り出たサラリーマンも、年金ファンドの運用者であり、情報収集と企業判定力、決断力が問われる典型的な専門職の世界である。無名に近い新興企業の情報を丹念に収集し、将来性のある企業を発掘しては順次投資していくといった投資行動により、1999年4月の運用開始以降着実に成果をあげ、2003年度には102%という高利回りを達成し、元本は6年間で6.4倍に増大した計算になったそうである。

「脳に汗をかく世界」は成功報酬で

こうしたファンド運用の世界は、製造業が膨大な研究開発費や設備投資を必要とする「実業」の世界であるなら、個人の能力、判断力の如何が業績に直結する「虚業」の世界である。虚業などというと印象が悪いが、別の言い方をすれば知識社会であり、額に汗をかくのではなく、脳に汗をかく世界である。額に汗をかく世界では、頑張って業績を高めるといっても、体力的な限界と時間の制約がつきまとう。脳に汗をかく世界は、こうした限界や制約が著しく希薄になる。

知識社会の専門職に適した報酬制度は、年功賃金とはいかないであろう。専門職の世界も経験が必要なことは確かであるが、才能豊かな人材は短期間で先輩を追い越し、突然素晴らしい成果をあげることが往々にしてある。画期的な技術の発明・発見などは、30歳前後で成し遂げることが多い。だが、定年の60歳まで継続的に画期的な成果を出し続けるといったことも考えにくい。年功賃金よりも一時金やストックオプションといった成功報酬で報いる方が適している。