労働政策研究と未来予想

JILPT研究員 上村 俊一

1.プロジェクト研究に求められるもの 

労働政策研究・研修機構の研究には、大きく2つのタイプがある。一つは、個別研究、主に当面の課題について研究を行うもので、研究期間は1年。もう一つは、プロジェクト研究、数年間にわたって研究を行い、政策提言をまとめる。現在取り組んでいるプロジェクト研究の期間は、平成 15 年 10 月から平成 18 年3月までの3年半。プロジェクト研究は、目の前の問題を解決するというよりも、中長期的な視点に立って取り組むものである。研究の結果は、その開始から数年先に得られることとなるが、その時点において研究結果が時代に追い越されてしまうようなことがあってはならない。プロジェクト研究の成果としてとりまとめられる政策提言は、何年か先の時点において、更に将来に向かって発せられるものであり、取りまとめの時点から少なくとも数年間は賞味期間を有するものでなければならない。つまり、プロジェクト研究は、現在既に起こっている事象、目の前の統計数字にとらわれていては、成果に結びつかない。むしろ、経済環境、労働市場など現在のトレンドの先にあるものを予想し、そこで生じるであろう問題への処方箋、行政の課題、政策課題を探っていくこととなる。プロジェクト研究では、幅広い視野から想像力を豊かにして、いわば、労働に関わる事象について近未来の予想を立てながら 、問題設定していくことが重要となる。

2.過去の10年を振り返る

さて、一口に近未来の予想とはいっても、荒唐無稽なSF小説ではないから、簡単ではない。そこで、逆に、例えば、 10 年前に戻って今日の姿をどの程度予想しえたか考えてみると、面白い。

労働組合組織率はどうであろうか。平成 15 年には組織率 20 %を割ったが、その 10 年前(平成5年)には 24.2 %であった。そのころ、既に組織率の長期低落傾向が顕著であり、既存労働組合の組織拡大に向けた努力が、労働組合の内外から声高に叫ばれていた。しかし、大方の者が予想したとおり、組織率は、やはり、低落を続けた。だからという訳ではないだろうが、今日においては、「労働組合」ではなく、「労働者の過半数代表」といった概念を取り込む立法例が増えている。

10 年という期間には、新しい概念も生まれる。過去 10 年の間に、「フリーター」と言う言葉は世の中に定着した感がある。子供に対して将来の希望を尋ねると、「フリーターになりたい」との回答が返ってくることも決して珍しいことではなくなっている。そして、最近においては、「ニート」なる言葉がデビューし、急速に認知されつつある。 10 年前には予想すらできなかった概念である。ニートは、労働政策、教育政策など幅広い行政施策の対象であり、我が国の将来のあり方にも関する重要な課題である。一体、10 年後、「ニート」という言葉は、いかなる存在になっているであろうか。間違っても、子供に対して将来の希望を尋ねた場合に「ニートになりたい」なんて回答が返ってこないようにしなければならない。

3.未来予想のための要素

これからのトレンドを見ようとするとき、労働政策に影響を与えそうな要素は無限にあり、それを列挙することは簡単なことではない。しかし、例えば、今後とも加速していくIT技術が、労働政策に大きな影響を与えるであろうことは、確実にいえるのでないか。IT技術の進展は、単に生産手段や通信手段における技術革新という枠にとどまるものではなく、人々の考え方、生活様式をも変革している。ITによる変革が産業革命と呼ぶに値するという識者も少なくない。思えば、労働法の出発点ともいえる工場法は、かっての産業革命によって生み出された工場労働者群の労働条件の保護のために生み出されたものであった。仮に、ITによる変革が産業革命であるとするなら、そして、それが更に加速度的に進展していくなら、一体どのような労働法が求められることとなるのであろうか。それは、現在の労働法体系の延長上に存在するものか、何か、発想を大きく転換すべきであるのか。どうも、視界不良の域に踏み込んでしまったようであるが、中長期的な視野にたって、広い視点から研究のできるわが機構には、相応しい研究課題ではある。