現場取材から伝えたいこと

本コラムは、当機構の研究員等が普段の調査研究業務の中で考えていることを自由に書いたものです。
コラムの内容は執筆者個人の意見を表すものであり、当機構の見解を示すものではありません。

調査・解析部 主任調査員 新井 栄三

当機構では、『ビジネス・レーバー・トレンド』という月刊誌を発行しています。創刊から10数年。毎月の特集テーマに関連した事例に加え、人事制度や労働相談の連載などの取材をしてきました。そうしたなかでいつも思うのは、自分で想像できること、考えつくことは、本当に僅かでしかない、ということです。

実際の取材では、現実が想像の範疇を超えることばかりです。例えば、人事制度の取材では、制度自体は時流に合わせる形でカスタマイズされていても、その中味は各社の事情に則したものになっていて、導入の背景や解消したい課題、運用後の実態まで聞いていくと、多くの場合、想定外の話をたくさん知ることになります。また、取材テーマには直接、関係ない雑談も多々あり、それが自分の世界を広げてくれるような気もします。

さて、弊誌では二つの連載コーナーを設けています。一つは「労働相談の現場から」。よく知られている公的機関の相談窓口をはじめ、近頃は少し視野を広げ、職業訓練校や派遣会社などの特定の層の相談を受ける現場も紹介するようにしています。

労働相談と言えば、連合が7月14日の中央執行委員会後に公表した「なんでも労働相談ダイヤル」の6月の集計報告が目にとまりました。この労働相談には毎月、おおむね1,000件強の相談が寄せられています。これを雇用形態別に見ると、傾向はいつもほぼ同じで、半数前後を正社員からの相談が占め、パートは10~20%台、アルイバイトや派遣社員、契約社員はそれぞれ一桁台といった感じでした。ですが今回に限っては、パートからの相談が43.7%、アルバイトも16.5%で、正社員は9.5%と、いわゆる正規と非正規の件数の割合が逆転していました。

思い返してみると、最近、非正規労働者に纏わる話をいくつか聞きました。人手不足の取材で出向いたある外食の店舗では、「今まで5人のバイトで安定的に回していたが、そのうち3人が時給の高い大手スーパーに移ってしまった。人が集められず、その3人分を8人の短時間バイトの細切れで賄っているが、自転車操業感が高まり職場がささくれ立っている」とのこと。人材確保が難しく繁忙感も高まって、不満が鬱積している状態でした。メンタルヘルスの取材では、「ストレスチェックの義務化を受けて、パートタイマーも含む従業員全員にストレスチェックを実施したところ、高ストレスのパートタイマーが意外に多く出てしまった」企業が、どのように対応すべきか悩んでいました。

そこで、今回の労働相談について、連合の担当局に問い合わせてみました。「まだ分析できていないが、あまりに特徴的なのでどうしたものかと思っている」との回答でしたが、これから非正規労働者の不満や悩みに着目しつつ、この相談件数を注視してみようと思います。

もう一つの連載は「賃金・人事処遇制度と運用実態をめぐる新たな潮流」です。厚生労働省の「平成26年就労条件総合調査」によると、28.6%が過去3年間に何らかの賃金制度の改定(複数回答)を行っていました。同省の「平成27年労使間の交渉等に関する実態調査」でも、過去3年間に労使間交渉があった事項(同)として、55.6%が「賃金制度」を挙げています。両調査からは、働き方の多様化が進むなか、賃金制度の見直し等も進んでいることがうかがえます。ですが、そういった状況とは裏腹に、この連載は最近、意中の企業から多忙を理由に「待った」をかけられることが増え、新しい事例の紹介に少し苦慮しています。

今はどこの企業も、人事労務部門が大変忙しいようです。人事諸制度の改定作業のほかにも、マイナンバー制度への対応や賃上げの復活など、仕事は増える一方です。にもかかわらず、管理部門の社員を増やす話にはあまり出会えません。聞こえてくるのは、「人事部門が過労死ラインを超えそうな残業になってしまう」といった話や、「『事務スタッフで正社員で』働くのは、女性ではなかなか難しいので、頑張り抜く覚悟を持ってしがみつかないと」といった切実な声。後者は「どんなに大変でも、転職したら今のポジションを得られないから」とのことでした。

一方、ある中堅企業では、「同業大手や外資系企業から転職してきた人は、例え収入は下がっても、その分、時間外労働やノルマが減って自分のペースで働ければ、それをメリットに感じているようだ」と話していました。プレッシャーが減って自由度が高まることを求めている人も、案外、少なくないのかも――。そんなことを考えながら、同僚が実施した「人手不足の現状等に関する調査」の結果を確認すると、「職場の人手不足を感じている労働者ほど、自らの能力や経験の評価が高く、自己啓発にも取り組んでいて、転職を志向する割合も高い。しかし、仮に転職するとなると、年収水準は今より低くなるとみている人が多数派」といった結果が出ていました。

調査データの内容や働く人「認知」も念頭に置きつつ現場を取材し、「伝えたい現実」を紹介し続けていけたらと思っています。

(2016年8月2日掲載)