ポジティブな研究

本コラムは、当機構の研究員等が普段の調査研究業務の中で考えていることを自由に書いたものです。
コラムの内容は執筆者個人の意見を表すものであり、当機構の見解を示すものではありません。

副統括研究員 松本 真作 

過ぎてしまうとあっという間という感じがするが、筆者が研究、研究らしきことを始めてもう四十年近くになる。何でも研究は面白いもので、そのために、あっという間であったのかもしれない。

様々な研究に参加し、色々な研究を手伝い、多くの研究を自発的にもしてきたが、自発的な研究はポジティブな面から研究をしてきた、と思う。研究に参加したり、研究を手伝ったりというときも、ポジティブな面からしてきたことが多い。

1.ヒアリングはポジティブに偏りがち

ポジティブな面からの研究というと、一面しか見ていない、呑気、軽薄、のうてんき、という感じがするかもしれない。確かに数十年行った研究も、広く浅くということになっていることが多い気がする。しかし、仕方がない面もある。中々、ネガティブな面の研究はできない。

最近、若者が生きいきと活躍する中小企業の事例を収集した。「若者が生きいきと活躍する」と対象を設定した時点で、ポジティブな面からの研究となっている。しかし、逆の事例は、中々、というか殆ど、収集できない。たとえ、できたとしても、それを事例として公表することが承諾されない。そのような事例はたとえ企業名等が匿名であっても、公表が認められない。

以前、様々な団体を回り、業界の情報を集めたことがある。この場合もマイナス面の実態は聞き出せない。たとえ聞けても、その団体の承諾を得て、公表ということはできない。結果的に、それぞれ良い面ばかりの解説となる。ある人は「○○が良い」と記述されていないことは、「○○は悪い」と行間を読まなくてはならない、というが、学生や若い人にそこまでは期待できない。記述のままに受け取られているのではと思う。ネガティブな面が書かれていないことを感づいてか、解説が面白くないと「本音」を言う学生や若い人が居るが、それは確かにそうであろうと思う。

本当のところは、オフレコで、こっそり語られること、公表されないところにあるともいえる。ヒアリングが終り、ICレコーダーを止め、帰ろうとするときに、ボソッと語られることもある。人間誰しも、本当のところを語りたいと、一面では思っているのではないだろうか。

結果的に、筆者の研究に限らず、公表されている事例や解説はポジティブな内容が多くなる。世の中、逆のことも多いだろうが、それは情報収集もできないし、公表も難しい。どうしても収集した情報は偏りがちになる。もっともポジティブな面の情報もすべて揃うわけではなく、ジグソーパズルの欠けたピースが少なからずある。ネガティブな面の情報は半分以上のピースが欠けている状態といえるかもしれない。単純に集まったピースを揃えるだけでは、ポジティブばかりとなり、偏ったものになる。ポジティブな面に関しても、ネガティブな面に関しても、欠けたピースを想定しながら、全体像を描かなくてはならない。

2.Web調査は意外とストレートな回答

マイナス面を比較的ストレートに情報収集できるものとして、Webモニターを使ったWeb調査に期待している。Webモニターとして登録している人に、メールを出し、Webサイトで回答してもらう調査である。Webモニターは最近では数百万人にもなっており、○○の仕事をしている人、○○の業界にいる人、等々、細かく収集対象を設定し、その中で、偏りないよう、数万の回答を、1週間とか2週間の短期間に収集できる。この調査では、集計をすれば、他と較べてマイナスという点もはっきり出てくる。ヒアリングで収集した情報では公表できないような面も、多くの人の回答を集計したものとして、公表できる。

Web調査は従来の調査に比べると、批判的な結果になると言われる。しかし、たとえば、社内で配布された調査票にストレートな意見を書けるであろうか。また、訪問調査として、訪問してきた調査員に口頭で回答し、調査員がそれを聞取り、記入するものがあるが、調査員を目の前にして、はっきり率直に言えるであろうか。郵送調査で、郵送されてきた調査は、こちらの住所、氏名が封筒にはっきり書かれている。このような従来の方法での調査に対して、ありのままに回答できるだろうか。多少なりとも、オブラートに包んだり、ポジティブな方向に調整したものになるのではないだろうか。

Web調査では、回答は暗号化されて送信され、途中で誰かに見られることはない。Webモニターの個人情報と回答内容は分けて管理されている。このため、社内で配布された調査、訪問調査、郵送調査に較べて、意見や感じ方がストレートに表明されている、ということもあるのではないだろうか。Web調査は従来の調査よりもネガティブな結果となると言われるが、本当は、Web調査の方に本音が出ている可能性もある。

Web調査はポイントを貰うために回答するので、いい加減な回答をすることが多いのではないかという懸念もあるが、調査会社もそれは心得ており、様々な仕組みでこのような回答を排除しようとしている。

Webモニター登録時点での重複登録やウソの属性でのなりすましチェック、年に10回程度のトラップ調査(設問を正しく読んでいないと適切な回答ができない設問を調査の中に混ぜる)、調査での回答に矛盾がないか等のチェック、自由記述のチェック(「aaaa」、「1234」等が無いか、不適切な記述がないか、等)、Webモニターから選んで行うグループインタビューにおける応募情報や出席時の様子によるチェック、等々が行われている。Webでのアンケートであり、プログラミング次第で、いい加減な回答を排除する方法は色々工夫できる。

3.理論もポジティブに

近年、ポジティブ心理学(positive psychology)という領域がある。個人の強みや長所を伸ばし、個人をより幸福に、経済を発展させ、社会をより良くするという方向を指向する研究である。異常行動や問題行動だけに着目せず、このようなポジティブな面からの研究を進めることも必要であり、重要であろう。そして、異常行動や問題行動だけを対象とするよりも、研究が進め易いと思われる。

ポジティブ心理学はマーティン・セリグマン(Martin E. P. Seligman)が提唱したものとされる。セリグマンは「学習された無力感」(learned helplessness)の研究で有名な人物で、自分ができないと思うと諦めてしまい、本当はできることまで「できない」と思い、何もしなくなってしまう状態を指す。これがうつ病の一因ともなるとされる。

四十年近く前、この「学習された無力感」に接した際、これは「本当はできることも、できないと思って、できなくなっている」ということであり、「やればできる」ということと、筆者は解釈していた。当時、「原因帰属」(causal attribution)という研究も盛んであった。この考え方は、起こったことの原因が何であると思うかによって、その後の行動や意欲が変るというものである。自分が対処できることが原因と思えば、何らかの対処をし、できないと思えば、対処しなくなる。

この原因帰属も、筆者は「ものは考えよう」、原因の捉え方次第で、その後の行動や意欲が変ると解釈していた。「ものは考えよう」は日常用語であるが、別の角度から見れば、違う見方もできる、見方を変えればやる気も出ると考えていた。このように、理論もポジティブに解釈したり、ポジティブな面から研究を進めることができる。それと、「ものは考えよう」は、意外と、原因帰属よりも様々なことに広く適用できる、優れたアイディアではないかと思っている。

4.開発研究はポジティブ

研究には開発研究もある。筆者の関係では、1980年代のパソコンが広がり始めた頃、まだ、WindowsもMacもないときであったが、自分の適性について自分でチェックするプログラムを作ったことがある。2000年代、職業情報に関してもかなり利用されるサイトを開発し、運用していたこともある。開発研究は、最近であればサイトの開発やスマホアプリの開発ということが多い。開発研究は世の中に無かったものを作る、あるいは何らかの問題を解消するために作るという意味でポジティブな研究といえる。

開発研究にはもう一点、ポジティブな面がある。開発の過程では色々な意見があり、それをまとめなくては開発が先に進まない。通常の会議ではAという意見とBという意見があった場合、AかBの何れかをとるか、AとBの折衷のような結論になる。ところがシステム開発では、Aの意見もBの意見も生かし、もっと良いものにするということが可能である。仕様が複雑になりプログラム作成に負荷をかけることになるため、時間と手間がかかるが、出来上がればより良いものになる。AかBかでいがみ合う必要はない。双方を生かせる。

通常の会議でも同じようにAでもないBでもない、より良いCになるということもあるかもしれないが、システム開発ではプログラム次第であり、自由度が格段に高い。新たな技術によって問題が解決することもある。開発会社からユニークな解決法を紹介され、それによってすべてが上手くいくということもある。開発研究は、多くの人の知恵を取り入れて、さらに良いものにできるという意味でもポジティブな研究といえる。

5.ポジティブな方向を探る

このように考えてくると、あっという間であったが、この四十年近く、情報収集もポジティブに、理論に関してもポジティブに、開発研究は元々ポジティブであり、全体を通じてポジティブに研究してきたことになる。

世の中、様々な意見がある。Aという意見、Bという意見で対立することもある。これも上に述べた開発研究のように、新しい技術や新たな方法を取り入れて、双方を生かし、より良いものに、という解決法もあるのでは、また、そのような方向を目指すべきではと考えている。IT化とネットの活用が進む今日、また様々な技術開発が日々、行われる今日、新たな解決法がある可能性は高まっている。

世の中の意見や状況はWeb調査で短時間に把握できる。筆者がしてきた調査でも数週間で数万人の回答を集められる。色々な意見があるのであればWeb調査を活用し、意見や状況を把握してはどうだろうか。

経済社会にはもちろん、大変な面、問題となる面も多い。それを解決していかなくてはならない。ポジティブに研究を進めることによって、分からない部分を減らし、また、新しい技術、新たな方法を作り出し、選択肢を増やし、頭を抱えてしまうような問題に取組むのが、解決に繋がる道と考えている。

( 2015年3月20日掲載)