ジョブ型社員と思われる労働者の心情

 研究員 西村 純

さる、2月に、国際労働財団(JILAF)のシンポジウムで、お話させていただく機会を得た。限定正社員を中心に、スウェーデンの知見も交えて欲しいということで、二つのテーマを力技で合わせて喋るというチャレンジングなものであった。

その導入部分で、両国の労働市場の特徴として、次のようなことを指摘した。 (1) スウェーデンは、企業横断的な連帯は強く、また、雇用形態間の均衡処遇も進んでいる一方で、企業内においては職種間(特にブルーカラーとホワイトカラー)の階層化が見受けられ、それゆえ、企業内の連帯はそれほど強いとは言えない可能性があること。逆に、 (2) 日本は、そうした類の階層は弱く、それゆえ、企業内の連帯は比較的強いと思われるが、その一方で、企業横断的な連帯は希薄で、かつ、雇用形態間の差も小さくはないこと。

もちろん、日本といった場合の特徴は、大手企業の正社員ということになるのであるが、今更ながら上記のようなことを重視している背景には、かつて実施したスウェーデン現地調査1) の中で、スウェーデン大手企業の組合代表が呟いた次の発言がある。「個人的には、日本の方が良いと思う・・・この国では、大学を出て大卒エンジニアとして新卒で採用されれば、仕事の経験がなくても、ラインで10年間働いた労働者よりも高い賃金を得ることができる。とてもとても良くないことだと思う。でもそれが事実なんだ」。

このように、職工間の格差が小さいという日本の企業内労働市場の特徴は、外国の労働者からすると羨望の的となっている場合もあるのである。スウェーデンの社員をジョブ型社員、日本の社員をメンバーシップ型社員とすると 2) 、ジョブ型社員の心情として、見逃せないものだと思われる。

シンポジウムが終わってから、オランダ労働組合連盟(FNV)の代表者2人が、(その本心は不明だが)面白かったと言ってくれた。オランダは、ジョブ型だそうなのであるが、日本を比較対象とすることで、自分たちの国のメリット・デメリットというものが、良く整理できたそうである。門外漢ではあるが、パートとフルタイムの均等処遇が進んでいると言われている国の当事者が、企業内における職種間の階層というものに理解を示したことが、印象深かった。

さて、ジョブ型社員≒限定正社員と言われることが多い昨今、この点は重要だと思われる。FNVの方々の感想に基づけば、ジョブ型社員も、ある種の階層によって生じる差を受け入れつつ働いていることになる。もちろん、性別や雇用形態によって差が生じることが良いことだとは思わない。その問題への処方箋として、ジョブ型社員(限定正社員)に期待がかけられており、実際にその機能を果たしているケースもある3)

しかし、それらの問題とは比較的無縁だと思われる社会もまた、別の軸で設計されている格差を抱えており、その解決には未だ答えを見出せていないこと。そして、そうした課題については、日本は乗り越えてしまっている場合があること。このことは、心のどこかに留めておいても損はないと思われる。その優劣を論じるのではなく、それぞれが持つメリット・デメリットを認識した上で、議論を深めていく必要があると思われる。

  1. 2009年に実施した調査のこと。その調査で得られたことは、『スウェーデンの賃金決定システム』,ミネルヴァ書房(近刊予定)にまとめられている。
  2. ジョブ型、メンバーシップ型については、濱口桂一郎『日本の雇用と労働法』,2011年,日経文庫を主に参照。そこでは、ジョブ型といった場合に想定されているのは、欧米型の雇用となっている。
  3. 限定正社員には、非正社員の正社員登用を促進する機能が見受けられる場合があることを指摘したものとして、JILPT資料シリーズNo.107 『多様な正社員の人事管理―企業ヒアリング調査から』,2012年,労働政策研究・研修機構や労働政策研究報告書No.158 『「多様な正社員」の人事管理に関する研究』,2013年,労働政策研究・研修機構がある。また、労働政策研究報告書No.158では、限定正社員が女性の活躍推進機能を果たす場合があることも指摘している。

(2014年5月16日掲載)