構造転換と内部労働市場

統括研究員 永田 有

「新陳代謝を加速させ、新たな成長分野での雇用機会の拡大を図る中で、成熟分野から成長分野への失業なき労働移動を進めるため、雇用政策の基本を行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型へと大胆に転換する。」ことが「日本再興戦略」に記された。数値目標は「今後5年間で、失業期間6か月以上の者を2割減少させ、一般労働者の転職入職率を9%(2011年:7.4%)とすることを目指す。」である。2011年に7.4%という数字は厚生労働省の「雇用動向調査」によっているので、パートタイムでない常用労働者のうち、入職前1年間に職歴があった企業とは別の企業に採用されたか、出向したか、出向から復帰した者の割合を高めましょう、人数にするとだいたい年間250万人から300万人に増やしましょう、という目標だと理解される。

最新2012年では、常用一般労働者となった転職入職者267万人、入職者は391万人なので、入職者のうち3分の2が転職入職者で、残り3分の1は1年以上無業であった者、うち新規学卒者は77万人である。同省「毎月勤労統計調査」では、労働移動は「企業間」では無く「事業所間」で把握される。同一企業の本社から支店や工場へ移動(異動)した者も含まれるばかりでなく、年に2回以上事業所を変わればその度に1人と数えられることによっても人数が「雇用動向調査」よりも増える数字だが、同年の入職者数は月平均を12倍して565万人となる。おおざっぱな掴みとして、事業所間移動は企業内と企業間が半分半分といったところではないか。

さらに、総務省統計局「経済センサス」2009年によれば、出向等を除いて転勤がありえない1社1事業所という企業は5人以上規模企業の約7割(常用雇用者のうち約3割がそこで働く)存在しており、そういった企業の中でも昇進や人事異動が行われている分も加味すれば、常用一般労働者をこれまでと違う仕事に就けようとする上で企業内部の労働市場が果たす役割は小さくはないだろう。

「アップル対アップル訴訟」は、米アップルが音楽事業に携わらない限りでリンゴの商標を使用するという英アップル社(ザ・ビートルズの楽曲を管理している)との約束を、コンピュータへのMIDI機能搭載を巡って、後には音楽配信の新事業 iTunesが破っているとして起こされた。雑誌記事等では、外国資本の派手な事業買収と売却の繰り返しを目にするが、事業多角化と分社、本業の変更はいつでも、世界のどこの企業でも行われている。トヨタ自動車の生みの親であり、現在も大株主である豊田自動織機は、繊維機械を止めてはいないのだが、主力は自動車やフォークリフトなど産業車両に移っている。また、東京綿商社はカネボウを経て、現在化粧品部門以外がクラシエになっているように、繊維産業における事業転換の激動の歴史も思い起こされる。

JILPTが実施した「構造変化の中での企業経営と人材のあり方に関する調査」(調査シリーズ No.111、2013年12月公表)では、新事業展開を含む企業の事業再編と雇用面での対応について調べている。調査対象企業が手がける事業数は平均で2.5。つまり、日本の平均的企業は本業以外に1つでは済まない副業を持っている。

過去5年間に事業再編を行った企業割合は51.8%で、リーマンショック後の不況期を含む時期とはいえ、過半数の企業が実施しており、実施した事業再編の種類では「既存事業の拡大」(手がける複数事業内での本業の転換が含まれる)と「新規事業の開始」が多いなど、決して後ろ向きなものばかりではなかった(注)

「既存事業の拡大」「新規事業の開始」「他社の事業の買収」を行った企業では、労働力調整の方法(複数回答)として「正社員の中途採用の増減」(おそらく増加)を行った企業が多いが、「既存事業の拡大」では次いで「新規学卒者の採用の増減」が多いのに対し、「新規事業の開始」では「社内人材の(職種転換を伴わない)配置転換」といった内部労働市場の活用が多く、「他社事業の買収」では「社内人材の再教育訓練、能力開発」「他企業からの出向者受入れ」「社内人材の(職種転換を伴う)配置転換」など多様な労働力調整も比較的多くみられた。これらは実施した企業割合であり、人数の多寡についてはわからないものの、事業転換には相当程度内部労働市場が活用されていることが推察される。

労働移動を進める必要があるのは成熟「分野」から成長「分野」へであり、固定した衰退「企業」や永遠の急成長「企業」など存在しない。成長を実現できる産業構造転換を目指すなら、労働力の面では、より良い労働条件によって労働者を企業間移動させる外部労働市場経由ばかりでなく、企業の新分野展開を支援することによる内部労働市場の活用こそ失業のリスクや人的資本の逸失、労働費用の高騰を心配しないで済む、優しく低コストな方法として重視されるべきではないだろうか。事業転換への政策的支援は、地方自治体や政策金融機関等で実施されているので、これらも有効に活用されることを期待したい。

(注) 2013年7月5日掲載コラム『17.1%という数字 』参照。

(2014年4月11日掲載)