ノーベル経済学賞について考える

統括研究員 吉岡 真史

去る10月14日にノーベル経済学賞の今年の受賞者が発表されている。米国シカゴ大学のファーマ教授とハンセン教授、そして、米国エール大学のシラー教授が受賞者である。授賞理由は “for their empirical analysis of asset prices” とされている。金融資産としての株式や債券の価格、さらに実物資産としての住宅価格などの決定に関する実証研究が評価されたわけである。不勉強にして私はハンセン教授の論文は読んだことはないが、ファーマ教授の代表的な論文である Fama (1965a, 1965b, 1970) とか、シラー教授の Shiller (1981, 1990) といったあたりは目を通している。ファーマ教授の最大の功績のひとつはいわゆる効率的市場仮説の実証研究であり、この仮説が成り立てば、Malkiel (2004) でいうところの “a blindfolded monkey throwing darts at a newspaper's financial pages could select a portfolio that would do just as well as one carefully selected by experts,” ということになる。すなわち、マーケットで勝ち続けることは確率的に出来ない。もっとも、実際には証券市場にはアノマリーが存在するので、このアノマリーが市場の非効率の結果なのか、効率的な市場における価格理論の誤りなのか、を検証することになる。原論文では Weak Form の効率性、Semi-Strong Form の効率性、Strong Form の効率性の3種類に分けて論じられており、最後の Strong Form の効率性が成り立てば、インサイダー情報を持ってすら超過収益を得られる可能性がない。しかし、実際にはインサイダー情報に基づく取引で何らかの超過収益を上げているように見えるわけであり、それゆえに取締りの対象になっているのは広く知られた通りであろう。理論的にも、同時受賞者のシラー教授の Shiller (2003) などでは行動ファイナンスの観点から効率的市場仮説が大いに批判ないし疑問視されているのもこれまた事実である。さらに、2008年リーマン・ショック後は効率的市場仮説は否定されたと受け止めるエコノミストが多いのもうなずける。

今年の受賞者を離れて、この季節に話題になる日本人のノーベル経済学賞の受賞の可能性について考えると、1980-90年代には森嶋通夫教授や宇沢弘文教授などが、決して、受賞候補というわけではなく、日本人の中ではノーベル経済学賞に最も近い、といわれた時期もあった。私自身は2000年から2003年までジャカルタで過ごしたが、現地のインドネシアの同僚エコノミスト達とノーベル経済学賞について話をする機会があると、ちょうど、Hayashi and Prescott (2002) が話題になっていたこともあり、東京大学(当時)の林文夫教授が10年後には受賞している可能性を示唆するとともに、インドネシア人でノーベル経済学賞に一番近いのはコーネル大学のイワン・アジズ教授だろうと付け加えるのが常であった。しかし、その後10年を経て林教授はまだ受賞に至っておらず、2004年に授賞されたキドランド教授とプレスコット教授に代表されるリアル・ビジネス・サイクル理論も現在では見る影もない。最近では、ジョン・ムーア教授との共同研究の成果である Kiyotaki and Moore (1997, 2005) などの成果があるプリンストン大学のニュー・ケイジアン清滝信宏教授がもっともノーベル経済学賞に近い日本人のひとりだという点については内外で意見が一致するところであろう。別の観点だが、日経新聞の記事で「ノーベル経済学賞、日本人受賞はあと10年無理?」新しいウィンドウというタイトルを見たが、同時に「あと10年すればノーベル経済学賞が日本人に授賞されるかね、もっとかかるんじゃないの?」という気もする。大いにする。

(references)

  • Fama, Eugene F. (1965a) “The Behavior of Stock-Market Prices”, Journal of Business 38(1), January 1965, pp.34-105
  • Fama, Eugene F. (1965b) “Random Walks in Stock Market Prices”, Financial Analysts Journal 51(1), September-October 1965, pp.55-59
  • Fama, Eugene F. (1970) “Efficient Capital Markets: A Review of Theory and Empirical Work”, Journal of Finance 25(2), May 1970, pp.383-417
  • Hayashi, Fumio and Edward C. Prescott (2002) “The 1990s in Japan: A Lost Decade”, Review of Economic Dynamics 5(1), January 2002, pp.206-235
  • Kiyotaki, Nobuhiro and John Moore (1997) “Credit Cycles”, Journal of Political Economy 105(2), April 1997, pp.211-48
  • Kiyotaki, Nobuhiro and John Moore (2005) “Financial Deepening”, Journal of the European Economic Association 3(2-3), April-May 2005, pp.701-13
  • Malkiel, Burton G,(2004)A Random Walk Down Wall Street: The Time-Tested Strategy for Successful Investing, W.W. Norton & Co.,2004
  • Shiller, Robert J. (1981) “Do Stock Prices More Too Much to be Justified by Subsequent Changes in Dividends?”, American Economic Review 71(3), June 1981, pp.421-36
  • Shiller, Robert (1990) “Speculative Prices and Popular Models”, Journal of Economic Perspectives 4(2), Spring 1990, pp.55-65
  • Shiller, Robert (2003) “From Efficient Markets Theory to Behavioral Finance”, Journal of Economic Perspectives 17(1), Winter 2003, pp.83-104

(2013年11月1日掲載)