「物価上昇、だから賃上げ」。そんな単純な話ではない?

調査員 荒川 創太

夏から始まった労働組合の定期大会シーズンも終盤にさしかかっている。今期もいくつかの大会を取材したが、まだ夏の段階だというのに、来春の賃金交渉に向けた基本的なスタンスが、これだけ中心的な話題となり、組合リーダーからの発言が相次ぐ年もめずらしい。もちろん、その背景にあるのは、安倍政権による労使への賃上げ要請と、来年4月に予定される消費税率の8%への引き上げであり、マスコミ報道の取り上げ方も、「来春、本当に賃上げが実施されるのか」に的が絞られてきた感もある。筆者の関心は、賃上げが行われるにしても、それがどのような内容の賃上げとなるか、という点にある。

労働側「攻め」の春闘は5年ぶり

直近で、労働側が足並みを揃えて賃上げを求めたのは2009年の春季労使交渉。この時、春闘をリードする金属産別労組のなかで、自動車総連は平均賃上げで「4,000円以上の賃金改善分を設定することを基本とする」とした。電機連合も「賃金水準の改善を行う」ことを掲げ、中小を多く組織するJAMは「4,500円以上のベースアップを要求する」とした。来春の労使交渉で、産別労組による賃上げ要求方針が揃うとすれば、労働側が「攻め」の姿勢で臨む春闘は5年ぶりのこととなる。

ただ、2009年と今回は状況が明らかに異なる。それは、2009年はデフレ下であり、今回が物価上昇局面にあるという違いだ。デフレ下では、物価上昇による所得の目減りを勘案する必要がなくなることから、企業内での労使交渉は、自社の業績・支払い能力と成果配分のあり方や、賃金水準の格差是正などが議論の中心にならざるを得ない。しかも、賃金制度では能力や役割によって個々人で差がつく方式が浸透している今日において、業績が改善したからといって、組合員の賃金の一律引き上げを求めることの説得力はやや弱いように思えた。

今回は、物価上昇というすべての組合員の所得に影響を及ぼす要素がある。では労働側は、物価上昇分を意識した一律的な賃上げの必要性を要求に織り込みながら(織り込むと思うのだが)、どのような内容で具体的に賃上げを求めていくのだろうか。

一律的でない賃上げ要求方式が定着

ここで、来春闘に向け、労働側で口火を切った金属労協(JCM)・西原浩一郎議長の発言を振り返る。9月3日の定期大会での挨拶で、「金属労協加盟産別が、足並みを揃え整斉と賃金改善を行う方向で積極的な検討を進めていただくことを議長の立場から要請する」と述べた。西原議長は「ベア」という言葉でもなく、「賃上げ」でもなく、「賃金改善」という言葉を使った。一方、わが国最大の産別労組であるUAゼンセンの逢見直人会長は、「積極的な賃金引き上げを実現しなくてはならない」と定期大会で述べ、「賃金引き上げ」という言葉を使った。

「ベア」というと、賃金表にある金額をすべて増額して書き換えるなど、組合員全員の賃上げという意味合いが強くなる。「賃上げ」というと、全員かどうかはわからないが、とにかく賃金を上げるという広い意味で使われているように思われる。「賃金改善」は、連合系の組合がここ数年、ベアとその内容を明確に区分して、意識的に使っている用語である。ある一部の年代層の賃金水準を改善するとか、全社員の賃金カーブを描いてみて、カーブから大きく落ち込んでいる社員の賃金水準を是正するなど、一律の賃上げではないけれど、経営側から賃金について、いくらかでも原資を引き出すという意味だと筆者は捉えている。

だから、賃上げ要求するといっても、賃金の何を(=組合員一人平均の原資か、個別ポイントか、など)、どの方式で(=「ベア」か、「賃金改善」か、など)、上げていくのか、各組合の要求方針の詳細を見るまでは、賃上げの具体像は実際には見えてこない。

「攻め」の年の方が頭を悩ます?

5年ぶりの賃上げが、かつて一般的であった物価上昇分を織り込んだ「ベア」になるのか――、統一的に取り組まれるものの、その内容としては「賃金改善」にとどまるのか――。内容次第では、デフレ脱却後の今後の賃上げ交渉を占える、という視点も出てくるように思える。実は、労働側にとって「攻め」の年であるのだが、「守り」の年以上に、要求方針の検討に頭を悩ますのかもしれない。各組合の今後の検討を注視しながら、方針が策定される冬の中央委員会シーズンを待ちたい。

(2013年10月1日掲載)