労働組合は「組合員」のため?「労働者」のため?

研究員 細川 良

2012年5月にフランス大統領選挙が行われ、17年ぶりの社会党大統領となるフランソワ・オランドが当選してから約1年となるが、さきごろ、フランスの労働組合にとって非常に重要な意味を持つ、もう1つの「選挙」の結果が公表されたことをご存知だろうか?

2013年3月29日、フランス労働省は、2008年の法改正を受けて翌2009年1月1日から2013年1月にかけて実施されていた「職場選挙」の集計結果を公表した。この「職場選挙」とは、企業・事業所内における法定の労使協議機関である従業員代表委員および企業委員会のメンバーを、従業員の投票によって選ぶ選挙のことである。同時に、この職場選挙は、「どの労働組合からの候補者に票が投じられたか」によって、それぞれの労働組合に対する労働者からの「支持率」を図る指標とされている。そして、一定の支持率を確保することが「代表的」労働組合と認められるための決定的な要素となっている。

フランスでは、「代表的」労働組合が労働協約を締結すると、協約を締結した労組の組合員だけでなく、非組合員および他組合の組合員も含めたすべての労働者にその労働協約が適用されることとなる。このため、「代表的」労働組合と認められるための指標である職場選挙は、各労働組合の持つ影響力を左右する重要な選挙であり、筆者が昨秋にフランスで調査を行った際も、この選挙の行方については、関係者の誰しもが大きな関心を寄せていた注)

労働組合は、組合員のために、組合員を代表して使用者と交渉を行い、その成果として労働協約を締結するとすれば、労働協約はこれを締結した組合の組合員にのみ適用されるのが筋とも思える(日本でも、労働組合法17条が定める一般的拘束力による拡張適用や、実務上、就業規則の変更を通じて非組合員にも実質的に適用が拡張されることがあるが、その点は措いておく)。それでは、フランスではなぜ「代表的」労働組合が締結する労働協約は、組合員だけでなく、非組合員および他組合員にも適用されるのだろうか?

このことは、フランスの労働運動の歴史と深い関係がある。フランスの労働運動においては、労働組合とは「産業における集団的な利益」を代表する役割がある、言い換えれば、組合員のみならず、非組合員も含めたすべての労働者の利益のために行動するものであると伝統的に考えられてきた。ゆえに、すべての労働者の利益を代表すると認められた「代表的」労働組合は、使用者との交渉の成果である労働協約の締結を通じて、非組合員・他組合員も含めたすべての労働者の労働条件の基準を定めることができるのである。

ここで表題の問いに立ち返ってみよう。労働組合が、「組合員」のために活動するものであるのか、(非組合員等も含めたすべての)「労働者」のために活動するものであるのか、という問いは、「組合員」のための活動が実質的に「労働者」のための活動となる状況下にあっては、それほど大した問題とはならないかもしれない。しかし、労働組合の組織率が低下し(=労働者に占める「非組合員」の労働者がより多数派となる)、また雇用形態の多様化が進む時代にあっては、この問いは案外に重要な命題なのではないかと感じている。近年、集団的労使関係の再構築をめぐって、さまざまな議論がなされているのを目にしているが、そもそも労働組合は誰のためにあるのか?という基本的な問いに答えることが、考えるヒントになるのかもしれない。

参考:

脚注^

2008年の法改正以前は、 (1) 組合員数、 (2) 財政、 (3) 独立性、 (4) 経験および歴史、(5) 占領期の愛国的態度という5つが「代表的」労働組合と認められるための指標とされ、全国レベルの交渉についてはCGT、CFDT、CGT-FO、CFE-CGC、CFTCのいわゆる「五大労組」が公的に「代表的」労働組合と認められていた。2008年法の改正で職場選挙における「支持率」という指標が導入され、それまで無条件に「代表的」労働組合と認められていた「五大労組」がその資格を失う可能性があったため、フランスの労働組合の再編をもたらす可能性が指摘されていたのである。結果的には五大労組すべてが代表的労働組合と認められるための支持率のラインをクリアする結果となったが、この間、五大労組の中でも少数派のCGT-FOがひところの労使協調路線から強硬的な姿勢に転じるなどの変化を見せたことや、五大労組の中でも二大勢力であったCGTおよびCFDTの支持率が伸び悩み、どちらも単独での労働協約の締結が可能となるラインをクリアできなかったことなど、今後に向けての波乱要因も残されている。

(2013年6月7日掲載)