「働き者」と「怠け者」に関する議論

調査員 樋口 英夫

イギリスでは2010年の労働党から保守・自民連立への政権交代以降、失業者や就労困難者、低所得層向けの社会保障給付の削減に関する報道がほぼ絶えることなく続いている印象がある。既に2015年度までの実施が決定している180億ポンドの削減案に加えて、政府は新たに100億ポンドを削減する方針を示している。このため年末にも、新たな給付削減案を盛り込んだ法案が議会に提出され、論議を呼んでいる。これまでインフレ率を基に改定してきた給付の大半を、少なくとも2015年度まで1%改定に抑制するという内容だ1)。景気回復が芳しくなく、2016年までに構造的赤字ゼロという当初の目標達成ももはや怪しくなってきた政府にとって、拡大の続く社会保障支出は「目の上のこぶ」、といったところかもしれない。ほぼアンタッチャブルな年金受給者向けの支出(約1,000億ポンド)を除けば、手を入れることができる部分は限られている。

それにしても、受給者に関する語られ様には少なからず驚かされる。与党保守党、特に給付削減の急先鋒であるオズボーン財務相は、今回の抑制策を公表するにあたって、働き者(striver)と怠け者(給付受給者)という二項対立の図式を提示している。政府は働く人々の味方であり、公正さを追求するために怠け者を懲らしめるのだ、というロジックで給付削減を説明するわけだ2)。例えば、「不況以降、多くの働く人々の世帯で所得が減少した、給付受給者も同じように損失を被るべきだ」「働く人々がシフトのため朝早く仕事に出かけるときに、受給生活を選択した奴らがブラインドを下ろして寝ている、公正さはどこに行ってしまったのか」といった具合。また、社会保障制度を所管するダンカン=スミス雇用年金相も、「3世代にわたって働いたことのない世帯」や「豪華なホテル住まいを許されているホームレス」、「平均給与額以上の給付を受けて高い家賃の家に住んでいる受給者」といった話をしばらくの間繰り返していた。

非常に分かりやすい図式だし、全く実態がない話ということでもないのだろうが、現地メディアやシンクタンクなどの調査結果をみると、どうもこうした受給者像は大方が誇張で、実際の受給者層はもっと多様なようだ。少なくとも何らかの給付を受給している世帯の多くは低所得の就労世帯で、恐らくは低賃金・細切れの仕事ばかりで十分な収入が得られず、また就労と失業の間を行き来する人々も多いという。就労世帯における貧困の深刻化は、統計上でも確認されている3)。こうした人々の多くは、まともな仕事は一体どこにあるのか、と苛立っているだろう。あるいは、健康上の問題から働けなくなった人々も多く含まれている4)

にもかかわらず、国民の間には受給者に対する批判的な意見が大勢を占めているようだ。この辺り、一外国人に過ぎない筆者には窺い知れない事情もあるに違いないのだが、失業者(とりわけ長期失業者)といわず低所得層といわず、「ただ乗り」している奴らが多すぎるというニュアンスの回答が多数を占める調査結果は、あちこちで見かける5)。政府も、受給者に懲罰的な施策を打つことは国民の支持を得ていると思っている感があるし、さらには野党労働党の中にも、懲罰に反対すれば国民の反感を招きかねないとの意見が少なくないらしい6)

しかし、今回の政府案がとりわけ広範な層に影響するせいか、国民の間の雰囲気が変わってきている兆しもある。例えば調査会社Ipsos MORIが12月に行った意識調査では、回答者の69%が政府の抑制策に反対して、インフレ率に基づく(あるいはそれ以上の)改定が妥当と回答している。風向きの変化を機敏に察知して、政府も受給者に対する攻撃をトーンダウンさせる方向にあるようではある。が、ともあれ法案はあっと言う間に庶民院を通過してしまった。

もちろん、働ける人には働いてもらった方がいいだろうとは思う。社会保障の問題に留まらず、経済的にも、社会的にも、あるいは本人の健康にもいい場合もあるだろう(健康的な働き方なら、ということだが)。しかし、必ずしも全てが自らの責任ではない何らかの理由によって失業や低賃金労働を余儀なくされ、給付に生活を助けられている人々を、虚実織り交ぜて悪しざまに罵っても、働き者は増えない気がするのだ。

  1. 海外労働情報2013年2月記事参照。2015年度には37億ポンドの予算削減効果が期待されている。なお、議会図書館の作成した法案調査の報告書によれば、インフレ率からの改定の切り離しは、過去に例がないという。この故か定かではないが、報告書はこれまであまり見たことがないトーンで法案を、というより以下に紹介する政府の議論のお粗末さを批判している。
  2. メディアは半ば茶化すように、「striver」対「skiver」(怠け者)という語呂合わせで取り上げている。
  3. 海外労働情報2012年12月記事参照
  4. とはいえあまりに就労困難者が多すぎるということで、前政権は新たな給付制度を導入した。新政権はこれを引き継ぎ、旧制度の受給者を再審査して「本当に働けない人」だけを選別して、新制度に移行させるという作業を進めているのだが、どうも様子がおかしい。例えば、審査機関による就労可能との審査結果と、裁判所による就労不能との認定の間を行き来する人々によって裁判所がオーバーフローしているという話や、就労可能と判断された数日後に病気で亡くなる人の話、あるいは精神を患う人々が受給を拒否されて自殺や自傷をはかる(対策として、窓口機関には注意を促す文書まで回っているという)といった話が、リベラル系の新聞を中心に折に触れて報じられているようだ。
  5. 相対的に所得水準の低い層(つまり給付受給のリスクがより高い層)でも、受給者に対する反感は強いという。
  6. そもそも、今回の法案提出は必ずしも実際的な必要はなく、政治的な争点にして野党の「反対」を誘い、「怠惰な受給者の味方」というレッテル貼りをする意図があったとの推測もある。

(2013年2月8日掲載)