「個人請負」需要拡大の背景と今後

JILPT研究員 周 燕飛

新規参入などをめぐって、日本のプロ野球における労使交渉が連日、新聞やテレビをにぎわせている。こうした中、プロ野球選手も労働者であることに改めて気づかされた人々も多いと思われるが、彼らの定義は、正確には「個人請負」[1]にあたることは意外に知られていない。「個人請負」は、プロスポーツ選手のほか、俳優、フランチャイズ店長、在宅ワーカーなどが従来から分類されているが、労働者としてはそれほど目立つ存在ではなかった。しかしながら、1990年代以降、IT化の急速な進展により、フリーのコンピューター技術者、専門技術を持つ独立請負人(IC)など新たな型の「個人請負」労働者が急増しており、雇用形態として無視しえぬ存在になってきている。なぜ、この「個人請負」という雇用形態の需要が高まってきているのか、今後どのようになってゆくのかという点について若干の考察をしてみたい。

さて、「個人請負」について研究が進んでいる米国の先行研究によれば、企業が「個人請負」を含む外部人材を活用する主な動機は、概ね (1) 人件費の節約、(2) 生産需要の季節的変動への対応、(3)外部人材の専門技術の活用の3つにまとめられる。我々のアンケート調査[2]においても、「業務委託契約従事者」を活用している企業の大半は、その動機として上の3つの理由(「外部人材の活用」 81.5%、「生産変動への対応」 58.3%、「コストの削減」43.5%)を挙げており、米国とほぼ同様の構造であることが窺える。

人件費の節約

米国の研究によれば、ある企業の基幹職種の賃金が高い場合には、同一企業内のその他の職種も、たとえそれが外部から容易に調達できるような職種であっても、相対的に高い賃金を受け取っており、したがって、平均賃金の高い企業ほど、一般業務のアウトソーシングによる「人件費節約」効果が大きいことが知られている。日本ではこのような研究は皆無であるが、賃金プロファイルの傾きが米国よりも大きい日本企業こそ、もっともよく当てはまる状況にあると思われる。また、日本の企業は、福利厚生費や企業特殊訓練などの形で賃金以外の正社員にかかるコストも高いことから、一部の業務をアウトソーシングすることで得られる費用削減効果は米国企業をしのぐと思われる。この面から考えて、日本企業のコスト構造の改善努力が続く状況下では、今後も「個人請負」への需要は増加し、定着してゆくと予測できる。

生産変動への対応

解雇権濫用法理により正社員の解雇が難しい状況を考えれば、季節変動や不確実性を伴う一時的な生産変動への対応として、正社員よりも、「個人請負」にアウトソーシングしてゆくことは、企業側の人事戦略として合理的である。現在、景気が緩やかながら持ち直しつつあるが、持続的な成長となるかどうかが不明な状況下では、「個人請負」への需要がますます高まると思われる。

問題は、景気回復が本格化していった場合に、「個人請負」やパート、派遣社員などの非正規雇用から正社員にシフトしてゆく可能性があるかどうかである。現在、経済学者の多くは、今後の日本経済について低成長時代に入るとみているが、低成長とは高成長に比べて成長率がマイナスになる頻度も多くなるということである。従って、今後、景気回復をしてゆく中においても、「個人請負」への需要はそれほど減少するとは考えにくいと思われる。

外部専門人材の活用

人件費の節約、生産変動への対応という上記二つの理由は、実は「個人請負」に特有の理由というよりは、パートや派遣社員などの非正規雇用にも共通する動機であった。これらの非正規雇用に比べて、「個人請負」の特徴は、専門性の高い人材が確保できるということにある。この点で、前出の企業アンケートで8割以上の企業が「外部専門人材の活用」を挙げていることは注目に値する。企業は、生産活動に必要とされていながらも稼働頻度の低い専門業務を外部の人材に委託することによって、業務の合理化を図ることができる。例えば、PCシステムの維持管理のように必須ではあるが、パソコンの設置、新システムの導入またはトラブルの発生時にしか需要が発生しない業務がある。わざわざ自社にそのような技術者を保有するよりも、必要なときだけ業務をアウトソーシングする方がコストの面で効率的である。このような需要は、大企業だけではなく、「規模の経済」が働きにくい中小企業にも発生すると考えられる。

以上、企業側の需要という側面から見て、「個人請負」労働者の増加は、一過性のものではなく、日本企業の構造変化に対応した変化であることがわかる。したがって、今後、日本において米国並みの「個人請負」が定着してゆく可能性は十分にあると思われる。さらに、労働者側にとっても「個人請負」という雇用形態を選ぶメリットは大きい。高い専門技術を持つ子育て中の女性や高齢就業者は、労働時間の調整がしやすい上に専門性の発揮できる「個人請負」に期待する面が大きいであろう。そうした意味で、法律や制度の整備や今後の雇用政策への含意について、議論を深めてゆく必要がある。


[脚注]

  1. ^ 「個人請負」は「業務委託契約従事者」、「契約労働者」または「下請労働」と呼ばれることもある。
  2. ^ 労働政策研究・研修機構「業務委託契約従事者の活用実態に関する調査」(2004年2月実施、対象企業589社)。