農業の活性化に向けて

調査員 米島 康雄

最近、農業の世界に飛び込んで活躍する若者たちを取り上げた雑誌記事を目にする機会が多い。中には年収ウン億円を稼ぐ強者もいるという。だが、一般的な新規就農の若者の実態はどうなっているのだろうか。

新規就農相談センターが2011年に、新規就農後、約10年以内の人たちを対象に行った調査によると、約7割が「今の農業所得では生活が成り立たない」と回答していることがわかった。

私の妻の知人は、30代でIT企業を脱サラし、友人と組んで有機野菜の栽培に挑んだ。自然食品店やレストランに野菜を卸していたが、取引先の開拓が思うようにいかず、就農後、わずか5年で農業の世界から足を洗うことになった。農業の世界で食べいくのは大変なようだ。

メディアがブームを煽るほどには新規就農者の数は増えていない。農林水産統計をみると、39歳以下の新規就農者の数は2012年度こそ前年比6.5%増となったものの、近年横ばいに近い状態で推移している。

国もただ手をこまねいているわけではない。所得向上に向け、産地における六次産業化を打ち出しているが効果のほどは定かではない。

そんな中、若手農業人材の育成に向けて、ユニークな取り組みを行っている農業生産法人がある。長野県の御代田町でレタス、白菜など高原野菜の生産を手がけるトップリバーでは、市場を通さず、スーパーや外食産業と直接取り引きすることで、2011年には約11億円もの売上げを達成した。

直接取引で高収益を上げる農業生産法人なら他にもある。だが、同社が他と一線を画しているのは、農業を志す若者を受け入れ、将来の独立を前提に「稼げる人材」として育成するシステムを持っていることだ。

以前、代表取締役社長の嶋崎秀樹氏にお話をうかがう機会があった。同社の人材育成の目的は、経営感覚をもった若者を育て、各地で大規模農業を展開できるようにすることにあるという。

入社後1年目は同社が所有する農場のいずれかに配置され、農場長の指導のもと、午前4時から夜までみっちり作業に従事し、農業に必要な身体を作り上げる。

2年目からは、農場長を補佐しつつ、土壌管理やパート、アルバイトへの作業指示など管理的な業務にも関わる。この2年間で一通りの農作業は経験できるという。

幹部から認められれば、3年目以降は農場長として、一つの農場の運営を完全に委ねられる。会社から生産目標が与えられ、これを達成するための栽培契約の立案、社員への指示、農薬や肥料など資材の購入、アルバイトの雇用も自らの裁量で行う。

嶋崎氏はこれを「任せる農業」と呼んでいる。生産目標を達成するため、社員がそれぞれの立場で何をどうすればいいか自発的に考える。そうすることで将来の独立に必要な経営感覚が養われるという。農場長の立場ともなれば、社員やパート、アルバイトなどの先頭に立つことで、自然リーダーシップも身につく。

農家では自分が身につけた技術を他人に教えないことが多く、新規参入を阻む要因の一つになっている。トップリバーでは、過去の経験をデータベースに蓄積し、社員がいつでも参照できるようにしている。

トップリバーでは社員だけでなく、企業や地方自治体からも人材を受け入れ、教育を行っている。だが、同社で受け入れられる人材の数には限りがある。せっかく農業を志す若者が増えても受け入れ先がなければせっかくのチャンスを潰してしまうことになる。

そこで今、嶋崎氏が構想しているのは、北は北海道から南は九州まで全国10カ所にトップリバーと同じような人材育成機能を持つ「ハブ法人」をつくることだ。嶋崎氏の考え方に賛同する企業などに協力を依頼し、人材の受け入れ先となってもらう。ハブ法人の経営者には嶋崎氏自身が手弁当でノウハウを指導するという。

新規就農者を単純労働力としかみない農業生産法人も少なくないなか、同社はなぜ人材育成に力を入れるのだろうか。嶋崎氏にこの問いを投げかけてみた。

「自分一人だけ儲けても何も残らないからです。でも、うちで学んだ若者たちが巣立って、全国で大規模農業を展開すれば、そこで新たな雇用が生まれ、地域が活性化します」

彼の精力的な活動の裏には自ら編み出したノウハウを広めることで、日本の農業を活性化させたいとの真摯な思いがあった。

農業は今、成長分野の一つとされているものの、雇用吸収力の点でみると、環境分野や医療・介護分野ほどには期待できないかもしれない。だが、トップリバーのような取り組みが全国に広がり、柔軟な発想を持った若い農業人が増えれば、活路が拓けるかもしれない。

(2012年9月24日掲載)