カレとル・アーブル

国際研究部次長 天瀬光二

カレとル・アーブル。どちらも北フランスの大西洋に面した港町。共通するのは潮の香りと、ここで話題にしたい不法滞在者をモチーフとした映画の舞台となっている点だ。

カレを舞台とした方は『君を想って海をゆく(原題:WELCOME)』 1.という映画。クルド人の難民少年がドーバー海峡(フランスではカレ海峡)を泳いで渡るという作品である。以前、日本人の女子大生が完泳し話題となったのでご記憶の方もいると思うが、ドーバー海峡は潮の流れが速く、素人が単独で泳いで渡るのはかなり危険だ。実はこの少年、始めはまったく泳げない。ふとしたことでこの少年に出会うフランス人男性(職業、水泳コーチ)が、最初は冷たく突き放すものの、次第に練習に付き添うようになり、猛特訓の末どうにか長距離が泳げるようになるまで指導する。ついにある日少年は対岸のドーバーを目指すのだが…

もう一方の映画は『ル・アーブルの靴磨き(原題:Le Havre)』2.。題名のとおり、ル・アーブルで靴磨きを生業とするフランス人男性が、コンテナに隠れアフリカから渡仏した少年を自宅に匿う。近隣の人たちの協力も得ながら警察の追手からこの少年の逃亡を助ける。下町に慎ましく暮らす人々の人情が温かい。ネタばれになるので結末は明かせないが、予想を裏切られるラストにこめかみが痛くなる。

ところで、この二人の少年が向かうのはどちらもイギリスである。フランスは、サルコジ時代に移民法を改正し不法滞在者の取り締まりを強化した。不法滞在者の国外退去策を進めたため、サンパピエらはこれに反発、抗議行動を起こしている3.。移民政策は今回の大統領選でも一つの争点となった。しかし、イギリスもまた移民政策が規制強化のベクトルであることには変わりない。特にEU域外からの移民には制限を厳しくし、国境警備を強化している。野放しで不法移民を受け入れているわけではない。壁はなくなってはいない。

映画に登場する少年の渡航の動機はそれぞれに異なる。前者のクルド人少年はロンドンに移住した恋人に会うため、後者のアフリカの少年は母親に会うため渡航を試みる。理由は違っても、両者とも決死の覚悟であることに変わりはない。現実にも不法渡航の途中で命を落とす者は後を絶たないという。両者の前に立ちはだかるのは国境であり、それを守る法であり、これを監視する警察だ。しかしそれでも彼らは、家族に会うため、愛する者に会うため国境を越えようとする。このとき、人を守るはずの法が、一転して逆の役割を演じてしまうことになる。

この二篇の映画に共通する表現は何だろうと考えた。少年をみつめる二人の男性の眼差しであることに気付いた。「壁と卵」の壁の側ではなく、卵の側に立つ人の眼差しであると。

  1. ^ 2009年フィリップ・リオレ監督作品。他の作品に「灯台守の恋」(04年)など。
  2. ^ 2011年アキ・カウリスマキ監督作品。他の作品に「街のあかり」(06年)など。
  3. ^ サンパピエとは正規の滞在許可証を持たず不法に滞在する外国人のこと。当機構HP海外労働情報(2010年1月フランス)参照。また、同年夏にはロマ人排斥をめぐり暴動が起きた。同海外労働情報(2010年9月フランス)。

(2012年5月18日掲載)