些細なようで大切なこと

主任研究員 西澤 弘

4月は新規学卒者が胸おどらせて社会人としての第一歩を踏み出す時期である。その行く末は・・・政府の推計によると、就職3年後、大卒正社員のうち35%、高卒正社員のうち40%は離職するという(注1)

視点を少し広げて労働者全般の転職について考えてみよう。職業紹介事業に携わっている人に話を聞くと、20歳台では本人の能力や指向性を重視した転職が可能であるが、30歳台以降のミッドキャリア層の転職では前職経験を生かしたマッチングが中心になるという。後者の場合、転職は職業経験の価値を高めることが暗黙の前提になっているとのことであった。

その意味するところは、自分に対するより高い評価を得て、それがより高い報酬につながり、それによって自分の従事する仕事に対する威信・満足感とともに、それと表裏一体であるところの生活に対する満足感をも得ることといえよう。

文脈の明確なキャリアパスを歩みなさいとはキャリアに関する話題の中でしばしば出会う常套句であるが、この表現は究極的には職業経験の価値を高めるという考え方を言い換えたものにすぎないとも考えられる。

転職は、この半ば常識化した、あるいは啓発・推奨された考え方のもとで行われているのだろうか。本当に同一職業間、あるいは類似職業間での転職が中心になっているのだろうか。職業経験の価値を高める、あるいは少なくともそれを維持するためには、下方向への移動、すなわちより低いレベルのスキルで遂行できる職業への転職は敬遠されがちだと思われるが、実際はどうなのだろうか。その逆に、上方向への移動は起こりにくいのだろうか。

たまたま昨年、実際の職業移動(注2)を分析する機会が与えられ、このたびその結果が公表された(注3)。調査対象者(約51,000人)のうち現職と異なる職業経験のある人は全体の半数強(52.8%)を占めていた。

その人たちの職業移動の方向をみると、ふたつの潮流があることがわかった。第一に、専門的技術的職業、事務の職業、販売の職業、生産工程の職業では同一職業分野内での移動が主流になっていた。第二に、それ以外の職業では異なる職業分野間での移動が優勢であり、特に、より低いレベルのスキルで遂行できる職業に移動するケースと、より高いレベルのスキルを必要とする職業に移動するケースがともに多くみられた。

このように一部の職業では同一職業分野内での移動が中心になっているが、それが全体の趨勢になっているわけではなく、上方向への移動もあれば、下方向への移動もある。移動の内実は極めて多様で、人さまざまである。だからといって「適職」との出会いにこだわると、かえってそのイメージに縛られ、自分の可能性を有限化することになりかねない。

求めて得られる仕事もあるが、仕事のほうからやってくることも少なくない。仕事との出会い、縁を大切にして、その仕事に打ち込む中で能力が自然に引き出され、磨かれる。職業人としての成熟とは、この過程を指す言葉だと思う。

【注】

  1. ^ 2012年3月19日に開催された政府の第7回雇用戦略対話の配付資料1による。
  2. ^ ここでは、職業の違いを問わず勤務先が変わることを「転職」、勤務先の違いを問わず職業が変わることを「職業移動」という。
  3. ^JILPT労働政策研究報告書No.146 『職務構造に関する研究』の第6章。

(2012年4月20日掲載)