キャリアガイダンスのコロンブスの卵

主任研究員 下村 英雄

キャリアガイダンスに関するOECD(注1)の報告書に、「コロンブスの卵」と言えるほどに革命的だと感じた記述があった。それは「対面的な個別相談は労働集約的な性質をもつ。」という一節である。ここで「対面的な個別相談」とは、1対1で相談に乗る、いわゆるカウンセリングなどの個別支援サービスのことである。人の就職やキャリアを支援しようとすれば必ずメニューに入ってくるものでもある。上の一節は、この、ごく普通の個別相談に重大な問題があることを指摘している。

従来、国内外の先行研究・先行事例では、最も効果があるキャリアガイダンスサービスは個別相談だとされてきた。カウンセラーが時間をかけて1対1で相談にのることで、画一的なサービスでは対応しきれない、クライエントの細かいニーズにあった支援を提供できるからである。こうした人が人に綿密なサービスを提供するという側面を、冒頭の一節は「労働集約的な性質」という言葉で言い表している。

しかし、その性質ゆえに、朝から晩までフルに相談を行ったとしても1人のカウンセラーが1日に担当できる人数は限られてしまう。いわゆるカウンセリングは通常1人1時間程度の時間をかけることが多いが、これでは1日10人程度が上限となってしまう。詳しく計算すると分かるが、この人数ではカウンセラー1人分のコストに見合わない。つまり、部屋を用意し、専門の人材を配置して、それなりの経費を費やしても、そのコストに見合うほど大勢の人には相談は提供できないということになる。結局、OECDでは、個別相談は労働集約的な性質をもつために、どうしても効率が悪くなり、結果的にコストが高くつきやすくなると言っている訳である。

なぜこの指摘が「コロンブスの卵」なのか。それは、個別相談の労働集約的な性質そのものは、誰もが知っていたことだと思うからだ。しかし、個別相談が提供する1対1の綿密なサービスは、メリットでありこそすれ、そこに問題があると考えた人はいなかった。効果的だがコストがかかりすぎるカウンセリングは、効率を度外視してでも提供する必要があるような、本当にカウンセリングを必要とする対象層にこそ届けるべきだったのだ。そして、そのために、カウンセリングを取り巻く環境や体制にはもっと注意を払うべきだったのだ。

冒頭の一節は「したがって、政策立案者がキャリアガイダンスを提供するにあたって、多大な公費負担を避けつつ、かつアクセスを拡大しようとするならば、新しい技術を用いた対費用効果の高い方法を模索する必要がある。」と続く。そして、個別相談を、どの対象層にも遍く提供するという非現実的な目標を目指さず、真に相談が必要な対象層をいかに特定し、絞り込むか。それ以外の対象層にはどのような支援を提供すべきか。そのための仕組みや体制をいかに作り上げるかといった方向に議論は進む。

こうして最近のキャリアガイダンス論(注2)は、いわゆる個別相談に対するある種の断念から、これまでに十分に論じられなかった新たな領域にキャリアガイダンス論の道筋を開いたことになる。その意味で、冒頭の指摘は、少なくとも私にとっては革命的な記述であった。できれば、このインパクトを共有してくれる人が増えれば良いと思う。下記の文献もご参照いただきたい。

【参考文献】

(2012年2月10日掲載)