食料価格の高騰から貧困世帯を守る方法

副主任研究員 周燕飛

いま、麦、コメ、トウモロコシなど食料の価格が世界各地で高騰している。国連食糧農業機関(FAO)が発表した2011年3月の食料価格指数は229.8ポイント(2002~04年=100)とのことで、食料価格が7~9年間で2.3倍になったことを意味している。新興国における旺盛な食料需要に加え、干ばつや豪雨などの自然災害、バイオエネルギー需要の拡大、世界的金融緩和よる投機的需要の増加は、食料価格の高騰に拍車をかけている。

食料価格の高騰からもっとも深刻な打撃を受けているのは発展途上国の貧困世帯である。なぜならば、貧困世帯は、総支出に占める食料品の割合(エンゲル係数)が高いからである。国連のNational Accounts 2006によると、インドの国民は総所得の37.1%を食料品に支出しているのに対して、米国民は同9.0%、日本は同17.5%である。仮に、食料品価格が30%上昇した場合には、インド国民の総支出額が11%も増えるのに対して、米国民と日本国民はそれぞれ3%と5%程度の支出増で済む。食料価格の高騰は、発展途上国の貧困世帯にとってはまさに死活問題である。

食料価格の高騰は、政権の危機でもある。独裁政権の崩壊を招いたチュニジアとエジプトの反政府デモは、食料価格の高騰が直接なきっかけとなっていた。また、現在進行中のリビアやアラブ諸国の反政府デモも食料価格の高騰が一因となっている。食料価格高騰の危険性を認識しているからこそ、各国の政府が食料価格の高騰に向けて必死に対策を講じようとしている。

主な対策が三つあるとG. Beckerが指摘する。

一つ目は、食料品の輸出制限である。農産物の輸出国であるロシアやウクライナはこの方法を採用していた。輸出制限により、国内の農産物価格が若干抑えられるため、都市部の貧困層がある程度救済される。しかしながら、農産物の価格低下は、貧しい農家の減収につながる。そして何より、農家の生産意欲が傷ついてしまう。トータルでみれば、食料品の輸出制限は、国全体にとっては得策とはいえない。

二つ目は、食料品の価格規制である。小麦やコメなどの基礎食料品に対して、上限価格を課すという方法である。インドや中国はこの方法をとっていた。しかし、価格規制は、輸出制限と同様に、農家の減収やインセンティブの低下を招く。それに加えて、規制価格は市場価格を下回っているため、「過剰需要」が生まれる。価格による需給調整ができないため、配給などの方法をとらざるをえない。そこで、よりたくさんの配給を受けるために「under the table Payment](わいろ)が横行するであろう。結果として、貧困層ではなく富裕層の方が、価格規制の恩恵をもっとも授かることになる。

三つ目は、食料品への直接補助である。一定所得以下の家庭を対象に、基礎食料品の購入金額に対して一定の額を補助する制度である。直接補助方式によって、補助対象となる食品に需要が集中するというデメリットがあるものの、他の二つの対策に比べると、弊害がはるかに少ないと言える。

このように、三番目の「直接補助」方式が経済学的にベストなアプローチであるにも関わらず、実際には「輸出制限」や「価格規制」方式をとっている国が圧倒的に多い。

それに対して、R. Posnerは政治学的な解釈を提示している。つまり、多くの発展途上国にとって、人口が集中している都市部の安定は、政権維持の「要」である。「輸出制限」や「価格規制」方式は、農民の利益が傷つくものの、直接的な費用をかけずに都市部住民の利益を守ることができる。農民の利益を犠牲にしてでも、政治力学で強い立場にいる都市部住民の不満を最小限に抑えたいという政治の駆け引きは、その背後に見え隠れている。

(2011年5月11日掲載)