情動的知能と職業

JILPT主任研究員 島田 睦雄

高まる「情動的知能」(EQ)への関心

EQあるいは情動的知能ということばが最近もてはやされている。メイヤーとサロヴェイによれば情動的知能は「自分自身や他人の感情、欲求を正確に理解し、適切に対応する能力」と定義される。1995年ゴールマンが「EQーこころの知能指数」という本を出版し、人生あるいは職業における成功は知能検査で測定されるような知能(IQ)ではなく、情動的知能によって決定されると強調した。日本でも最近情動的知能に関する関心は非常に高く、多数の書籍が公刊され、セミナー等も各所で開催されている。

「知識を適切に活用する能力」としての「世間知」

余り知られていないが、知能検査の創始者であるビネーも、知能には論理的、言語的な能力だけでなく情意的な側面のあることを十分認識していた。彼の知能検査の28番目の問題(抽象問題)は「ある人があなたを怒らせたあとで弁解しています。あなたはどうすべきでしょうか」という問題である。ビネーはこの種の問題を25個用意し、「このテストは魯鈍の上限を診断するために最も重要なテストである。・・・抽象ということがよくわからないものはこの問題で降参してしまう」と述べている。

これは単なる知識を問う問題ではない。具体的な社会生活場面で知識を適切に活用する能力を問う問題である。我々はこのような能力を「世間知」と名付けた。

情動的知能はしばしば言語・論理的認知機能や数理・空間的認知機能と独立あるいは対立する概念と理解されている。我々の提案する世間知はそれらの認知機能と独立あるいは対立する概念ではない。他の人々との相互関係において生じてくる問題を解決するために言語・論理的認知機能や数理・空間的認知機能が必要となる事態、あるいは言語・論理的認知機能や数理・空間的認知機能を十分発揮させるために他者との相互作用が重要である事態で世間知は機能する。

職業の世界ではIQよりEQが重要か

よく「職業の世界ではIQよりもEQが重要」などという記述を見受ける。ゴールマンは1995年の著書では確かに「職業の世界ではIQよりもEQが重要」的な主張をしていた。最近では多少ニュアンスが違っている。彼は「どのような職業に就業出来るかはIQに依存するが、就職した後、成功するかどうかはEQに依存する」と述べている。ゴールマンの主張も単純な「職業の世界ではIQよりもEQが重要」ではない。我々は職業の世界で重要な認知機能とはEQと一体化したIQであると考えている。それがすなわち世間知である。

ビネーは情動的知能の重要性を理解したが、その適切な評価法の開発は彼の死によって頓挫した。それからほぼ1世紀後、情動的知能はかってない脚光を浴びつつある。今後の課題はその適切な評価法の開発である。我々も世間知の評価方法の開発に鋭意努力中である。