ゆとりとつながりのある、働きやすい職場の「復元」を

主任調査員 新井栄三

先日、メンタルヘルスの企業事例の取材で、復職者が短時間勤務で働く専門室を設けたうえで、各部署から締切のない仕事や比較的軽易な業務を切り出し、それらの仕事を彼らに担わせることで完全復帰をめざしている企業の話を聴いた。

詳しい内容を紹介する紙幅はないが、「日頃、現場に『仕事を効率化して収益を上げろ』と指示をしているなかで、『メンタルヘルス不全で勤務が不安定な社員のフォローをしろ』といっても、現場任せだけでは理解は得られない。まずは、その仕組みや理解を社内に浸透させなければ」というのが、その取り組みの理由だった。実際、それまでは復職した人のなかには、「周囲に迷惑をかけてしまうから」と、退職の道を選択する人がいたという。

思い返すとこうした職場の対応にまつわる話は、これが初めてではない。以前、育児のための休業や短時間勤務の取得者が多い百貨店に出向いた時のこと。「対象者にとっては制度があれば取得するのは当然の権利だが、その行使によって周りの人の雑務が増えるなどの影響があることも頭の片隅に置いて、気配りのある行動とコミュニケーションを心掛けるよう促している。そういう姿勢が、職場が円滑に回り、取得者も増える要因だ」と教えてくれた。

テレワークを推進しているIT企業を訪れた時も、「取得者の職場でその人が不在の時にかかってくる電話の応対や細々とした事務作業などの雑用を、どう負担感なくカバーできるかが大切だ」と話していた。

そういえば、「60歳以降の安定雇用の確保」の労使の検討の場の設置を春闘要求の柱に掲げる基幹労連の討論集会では、60歳以降はパートタイムの働き方を望む高齢者が少なくないなか、現場で一緒にチームを組む働き盛り層に、その分の負担が増すことを懸念する意見が出ていた。

短時間正社員をテーマにしたセミナーなどでは、「休職は代替要員を入れやすいが、1,2時間の短縮勤務になるとその時間のその人の仕事をどうするかが悩ましい」といった声が聴かれることも珍しくない。

今は、育児・介護などの家庭責任や、メンタルヘルスなどの病気に伴う復職支援、高齢者の継続雇用など、働く側の制約要件が増え、仕事中心にフルタイムで働き、残業も厭わない人は少なくなりつつあるようだ。連合が昨年12月に実施した調査によれば、理想社会のイメージとしてあてはまる回答は、「収入は高いが、残業も多い社会」(33.5%)を、「収入は低いが、ワーク・ライフ・バランスのとれた社会」(55.7%)が大きく上回っていた。

とはいえ、現場を歩いている印象では、今は職場のゆとりが欠如しているのを感じることが多い。そうしたなか、「困ったときはお互いさま」「いつかは誰もが経験する問題だから」などという定番のかけ声だけでは、いろいろな雇用形態やさまざまな制約を有する人が混在する職場で、なおかつ、価値観やライフスタイルの考え方も多様化している状態にあっては、今ひとつ説得力に欠ける気がしてならない。

ここ数年、労働相談の取材では、いじめ・嫌がらせなどの職場の軋轢の相談が増加傾向にあることが特徴的だが、なかでも、同僚との人間関係に悩む相談が目を引く。人と人とのつながりが希薄になるなかで、そう簡単に仕事をフォローし合えない状況が透けて見える気もする。

2011春闘の議論が始まっているが、今年の日本経団連の経営労働委員会報告は、ワーク・ライフ・バランスの推進について、「職場の理解を高めるために重要なことは、一時的に生産性が落ちることや休業者の仕事をカバーする同僚の負担感といった現実的な課題をどう解決するかだ」などと言及している。

一方、低落傾向にある賃金や労働諸条件の「復元」をめざす連合は、先述した調査結果を「労働運動に何が期待されているのかを改めて問うているもの」と捉えていた。

ならば、労使に、制約の有無にかかわらず誰もが安心・安定して働ける制度や、それを運用できるような人員配置でゆとりのある職場づくりを議論してもらいたい。そのうえで現場でも、個々人が自らの希望する働き方とできる仕事を互いに話し合うことで、つながりが持てるように努めて欲しい。そうすれば、働きやすい職場の「復元」にもつながっていくのでは――。

そんなことを意識しながら、現場の取材を進めたい。

(2011年1月28日掲載)