「足で稼ぐ」

副主任研究員 堀 有喜衣

新規学卒者の就職状況の悪化が続いている。JILPTでも高校の進路指導部や大学の就職・キャリアセンターに対する緊急調査を6月に実施したが、対応に苦慮する高校や大学の姿が浮かび上がった。ところで今回、回答をお寄せくださった高校の中に、2007年にインタビューを行ったある高校が含まれていた(労働政策研究報告書No.97に掲載)。2007年は高卒に対する求人が多く寄せられ、対象高校の就職も好調だったが、その後の景気悪化に伴ってどのような変化を遂げたのだろう。もっとも調査票に記された進路の状況をみるとほとんどの生徒がきちんと就職しており、かなりよい就職状況を保っているように見えた。しかし真夏のある日インタビューに訪れてみると、進路の数字にはまだあらわれていない変化が起こっていた。

高卒者への求人減と就職率の悪化はまず地方の高校、および普通科に現れる。したがって、今回インタビューに応じてくださった都内にある商業高校において、就職状況の悪化がまだ数字に表れていないのは自然なことのように思われた。

しかし進路指導経験の長いインタビュー対象者の先生によれば、それは違うという。

「就職」カテゴリーは、学校およびハローワーク経由の就職(以下、学校経由の就職)と、自己開拓に分かれる。2008~2009年は学校経由の就職がほとんどを占めていたが、2010年3月卒業者は縁故・家業手伝い、つまり自己開拓がぐんと増加した。先生ご自身の経験によれば、景気のよい時期には学校経由の就職が増加し、景気が悪くなると自己開拓が増加するのだという(実際に過去のデータを確かめたところその通りであった)。

もちろん自己開拓での就職でもよいのだが、これまでの研究から、高卒の場合は学校経由の就職者がもっとも安定したキャリアを歩むことが知られている。進路指導担当の先生も、学校経由の就職の安定性を経験的に感じ取っていることがうかがえた。

その後発表された『学校基本調査』速報においても、学校経由の就職の割合は急激に低下していた。景気循環がその要因であるのか、あるいは構造的な変化であるのかはまだ何とも判断がつかない。

また2010年3月(今年の春)の卒業生の場合、求人が急激に減少しただけではなく(823件→354件)、企業見学や説明会への参加すら断られることが何度かあったという。バブル崩壊以降の長い不況でも、説明会や見学への参加が断られることはなかった。ただし2011年3月卒業者についてはまだそのようなことはないというので、多少回復したのかと思いきやそれも違うという。2010年3月卒業者については求人が減少したものの、高校と長年の信頼関係がある企業はいつもどおり採用があったのだが、2011年3月卒業予定者はつきあいの長い企業でも採用を停止、あるいは採用人数を減らす企業が相次いでいるのだという。長年つきあいのある企業は良質の就職先だけに、高校にとっては大きな痛手である。

わずか3年での大きな変貌に驚かされたが、表面の数字だけでは読み取れない事実に出会うとき、「足で稼ぐ」というのは研究において実に重要だと痛感する。質的な調査は時間がかかる割になかなか成果になりにくいのだが、実証研究においては不可欠だと感じる。数量的なデータの中だけで見るリアリティと実態との乖離はどうしても避けられないからだ。

また私の研究歴はまだ浅く、単発の調査が多いため、今回のように時間をおいて再訪し、予想しなかった驚きを得るという経験はあまりなかった。おそらくこの醍醐味は、一定年数以上研究に従事して初めて味わえるものであろう。こうした時、継続的な調査の重要性を感じると同時に、研究の楽しさをかみしめるのである。

※調査の詳細は、調査シリーズ(近刊)『(仮題)高校・大学における未就職卒業者支援に関する調査』に記されている。

「高校における未就職卒業者支援に関する調査」(速報)PDF
「大学における未就職卒業者支援に関する調査」(速報)PDF

(2010年9月17日掲載)