介護労働とサッカーと

調査員 山崎 憲

「介護における労働者の確保に関する研究(事業所ヒアリング)」(資料シリーズNo.72)に参加したことで、先進的な人事管理事例をもつ介護施設を訪問させてもらう機会があった。

興味深いことに訪問先には多くの共通の特徴がある。その一つに、日常的に介護職員はどこか特定のチームや班に属しているわけではないということがある。介護職員が業務中に所属しているのは早番、日勤、遅番、夜勤という四つの勤務時間帯に別れたシフトになっている。このシフトに所属するメンバーは固定されていない。それぞれの職員が四つの勤務時間帯を順番で担当するからである。それぞれの勤務時間帯にはコアとなる職務が与えられている。例えば、早番なら朝食や整容の介助、日勤なら昼食や洗濯、遅番なら入浴やレクリエーションといった具合だ。与えられた分担が終わった頃には次の時間帯の職員の仕事が始まっている。そのため、自分の分担が終わった職員は次の時間帯の職員のサポートにあたることになる。

ところでW杯準々決勝、ドイツ対アルゼンチンの試合をテレビで見た人は多いのではないだろうか。どちらも有名選手を揃える強豪だが、組織力のドイツ、個の力のアルゼンチンという前評判だった。解説者はアルゼンチンを「全員で攻めてほとんど守備をしない。勝つなら2点取られて3点取るというサッカーだ」と説明した。結果はドイツの完勝だったことはご存知の通り。チャンスには左前方にいた攻撃の選手が後方の真ん中でピンチに対処する。前方の選手がボールを持つと後方の選手が追い抜いていってパスを待つ。選手は攻撃と守備という役割だけでなく、ポジションもめまぐるしく変わっていく。ドイツの中で技巧派と説明された選手でもボールを持ちすぎることはない。全体のバランスが重視されているようにみえた。

この試合を見ながら思い出したのは介護施設の現場で聞いた話だ。介護職員の日常の業務にもサッカーの役割やポジションと同じように分担が与えられている。その分担をきちんとこなすことはもちろんだが、同様に次の時間帯の職員のサポートをすることも求められる。サポートは自らの意思で行なうため介護職員の判断力や状況把握能力が求められる。いまどの職員が助けを求めているか、どの要介護者を支えるべきか。その場だけの問題ではない。この数日間で職場全体がどのような状況になっているのか。新しく採用された職員はどういう仕事ぶりだろうか。新しい入所者はどのような性格だろうか。どの要介護者にはどのような介護が求められているのだろうか。体調はどうだろうか。刻々と変化する状況を適格に判断する能力が求められる。そのため、経営陣や管理者は、どのような人が介護職に相応しいかという質問をすると、「共感力があり、協調性が高い」ことを必ずあげる。

さて、組織力のドイツといっても個々の能力が高くなければ勝負にならないし、全体を把握してバランスをとる能力も大切だ。この能力は一朝一夕には育たないし、中堅やベテランが伝承していくことも求められるだろう。

介護施設でも状況は似ている。

「共感力があり、協調性が高い」という素質がある職員を採用し、手本となる中堅やベテランがその能力を伸ばしていく必要があるという。課題は、その中堅やベテランを育成して数をどれだけ増やすことができるかということらしい。

(2010年7月9日掲載)