アンビバレントな働き者

 主任研究員 小倉一哉

「忙しい」という人は労働時間が長い。しかし問題は「忙しい」という回答の個別具体的な内容だろう。

なぜ残業をするのですか?という質問に最も多く回答が寄せられたのは「所定労働時間内では片づかない仕事量だから」だった。だいたい正社員の6割くらいが該当する。これは調査対象を変えて何度調査してもだいたい同じ割合だった。次に多いのは「自分の仕事をきちんと仕上げたいから」で4割くらいが該当した。

「所定労働時間内では片づかない仕事量だから」を素直に解釈すれば、業務量がそもそも多いということだろう。しかしこの業務量の多さも、よくよく考えれば、与えられる絶対量としての仕事量がそもそも多いこともあるが、その人の仕事遂行能力に大いに依存することでもある。さらにいえば「自分の仕事をきちんと仕上げたい」という人は、本当はそれほどの完成度を必要とされていないのに、がんばりすぎているのかもしれない。

実は、「所定労働時間内では片づかない仕事量だから」を選択した人の2割は「自分の仕事をきちんと仕上げたいから」も選択していた。実にアンビバレントである。しかしそういう人もいる。

ある大手IT企業の技術者などにインタビュー調査してみた。寝る間もないほどに忙しい人は、「こんなに働きたくない」と当然のように告白する。しかし毎日終電で帰る生活から解放され、日々2~3時間の残業で済むようになった人は、「急に残業がなくなってもすることがない」などとも言った。

要するに相対的なことということか?誰よりもひどいと思う時は、「勘弁してよ」という気がするのだが、「まだまし」と思える時は、それに順応するのか。そうして我々は、自分の位置をなんとなく相対化し、適度に満足するように神様からプログラミングされているのかもしれない。

それにしてもおそらく、"これ以上は絶対無理!"という労働時間の限界はあるだろう。それが、まじめなホワイトカラー、技術者やプロの営業職などでは、かなり上(つまり長時間)に設定されている気がする。その上限を印象で示すことは危険なのでしないが、そしてそれを是として考えることも筆者の価値判断とは違うのだが、それを研究の出発点として考える必要は大いにあるように思う。

最近、時短と成果の維持もしくは向上、すなわち、生産性の向上を達成しているような事例をいくつか知った。どうやら、必要以上の会議、資料作成、連絡調整をなくすということがカギになっているようだ。部内用の資料作成にこだわりすぎていないか?連絡だけが目的の会議は必要か?

そういうことを実行すると短期的には「効率」が上がるのだろう。その結果として残業が減るかもしれない。しかし中期的に考えると、削減された労働時間でさらに追加的な仕事をすることもあり得る。

「がんばること」は「働きすぎ」とは違う。それが長時間労働問題を考える第一歩であると思う。

※大手IT企業に勤務するホワイトカラー労働者へのインタビュー調査の詳細は下記ディスカッションペーパーに収録されています。
ディスカッションペーパー10-02 『仕事特性と個人特性から見たホワイトカラーの労働時間』

(2010年4月30日掲載)