キャリアガイダンスの方向性

主任研究員 榧野 潤

キャリアガイダンスは本質的に社会・政治的な活動である(榧野,2008)。その主流となる考え方は、実践であれ、研究であれ、個人が社会的な制約から解放され、職業選択の機会を拡大することにある。よって政策的には、キャリアガイダンスの対象は職業選択の機会が相対的に少ない集団・階層となる。

は、キャリアガイダンスのこういった方向性を図式化したモデルである(Madsen, B.,1986)。このモデルでは、個人が仕事に就く際、「労働力の選抜(selection)」と「職業の選択(choice)」との2つの力が働くと考える。前者は仕事の遂行に必要な個人が『選抜される』という力であり、後者は個人が職業を『選択する』という力である。2つの力は相補的な関係にあり、一方が強くなると、他方が弱くなる関係にある。

図 選択と選抜:コラム/榧野 潤(2009/10/16掲載)

 選択と選抜 <出典>Madsen,B.(1986)

両者の力関係は社会構造の変化の影響を受け、長期的なトレンドとして左から右へ、つまり労働市場の構造が「選抜」から「選択」へ、評価の指標が性別、学歴、人種といった「社会的属性・決定」から「個人の業績」へ、個人が「(選抜される)対象としての個人」から「(選択する)主体としての個人」へと変化することを想定している。ただし、不況などで雇用情勢が悪化すると、一時的に右から左へと揺り戻しが起こる。

このモデルの背景には、「労働力の選抜」よりも「職業の選択」を尊重するという価値観がある。この価値観の対極として、個人の職業選択の機会を制限することにより、個人が所属する社会や共同体を維持させる、すなわち「職業の選択」よりも「労働力の選抜」を重視する価値観がある。

バランスよく考えるならば、後者の価値観に基づくキャリアガイダンスも必要とされる。職業選択の機会が相対的に多い集団・階層に対し、社会や共同体の維持という視点から、自らの職業選択の機会を狭めるキャリアガイダンスである。

ただし心理学に基づく実践活動は、基本的には個人に対し心理的操作を行うものであるから、その実践家は、職業倫理上、クライエント個人の自律性を尊重しなければならない(Watts, A. G., 1996)。つまり、キャリアガイダンスに2つの方向性があるとするならば、クライエントには、その背景にある価値観を理解し、かついずれかを選ぶ権利がある。

榧野 潤 "キャリアガイダンスとは何か?―社会・政治的アプローチの視点から" ビジネス・レーバー・トレンド 3月号 2008 12-14.

Madsen, Benedicte."Occupational Guidance and Social Change." International Journal for the Advancement of Counselling 9(1). 1986. 97-112.

Watts, A. Gordon."Socio-political ideologies in guidance." in Rethinking Careers Education and Guidance: Theory, Policy and. Practice. edited by Watt, A. Gordon., Law, Bill., Killeen, John., Kidd, M. Jenifer. & Hawthorn, Ruth. London: Routledge.1996.352-355.

(2009年10月16日掲載)