経験からの出発

研究員 深町 珠由

キャリアガイダンスという分野にいて、私が常に思い起こすのは、最初の就職へ向けて駆けだした頃の自分の姿である。そんな私は現在、若年者を対象とした、職業人生の見通しをつけるための支援ツールの開発を行っている。いわゆる「人生ゲーム」的なものである。自分自身が右往左往してきた苦い思いや体験が、開発の動機の一部に息づいていることをいつも実感している。

就職前の若者にとって、自分の職業人生が今後どうなるかを想像することは難しい。しかし、わからないなりにも、近々起こりそうな出来事を想像したり、ある程度の見通しをもつことは可能だ。身近な人から職業人生の経験談を聞くのも一つの方法である。

他者の経験を教訓として生かせば、自分の職業人生の見通しも少しはつくようになり、漠然とした不安も和らぐかもしれない。仮に身近な人がいなくても、いま開発しているこのツールがその役割を少しでも担えれば、と私は思っている。

コミュニケーションからの学び

大学の実習授業を担当して最近気がついたことだが、何か疑問が生じても隣同士では話をせず、すぐ教員との一対一の対話を求める人が意外と多いのである。どうやら、さほど親密でない「横のつながり」に対する心理的なガードが固いようである。

教員とのやりとりは効率的だが、一方的でもある。仲間うちであれば、試行錯誤や無駄もあるが、多様なコミュニケーションができる。話好きな私としては、「横のつながり」という貴重な機会をもっと大事にして欲しいなどと余計なお節介を焼いている。

昨年実施した、若年者支援機関でのヒアリング で最も印象に残ったのは、「他者に関心をもち、共感できる状態にならなければ、どんな支援も意味がない」ということだった。まずは「他者への関心」が出発点にあり、そこから他者の行為への共感が生まれ、状況をイメージできるようになる。そして、他者の経験を自分のものとして理解できるようになる。

現代の若者には、他者との関係構築の仕方において、まだまだ「成長の余地」が残されているのだと思った。

人間の知性は、一見すると外界から切り離された知性で成り立っているように見えるが、実際にはそうではない。例えば、創造性など、人間を人間らしいものとしている知性は、他者とのコミュニケーションの中で発達し、結実すると言われている。実際に、人間の脳内には、他者の行為を模倣して学ぶ機能が生物学的に備わっているとの証拠も出ている。人間は他者の行為や周囲の環境から学ぶことを必然としているのである。

安直な発想かもしれないが、「他者とのコミュニケーションを通じた学習」という、生物学的に理にかなった方法で学ぶのが自然であり、定着も進むのではないかと思うのである。

コミュニケーションから生まれる知的ツールを目指して

目下、開発しているツールでは、参加者同士が楽しく交流し、職業生活の見通しを体験的に学ぶことを目指している。現在は開発の中間段階だが、試行実験の中で、参加者同士の横のつながりをみると楽しそうだし、うまくやっているように見える。開発側としてはまず一安心といったところだ。今後は、楽しいやりとりの中で、職業生活の見通しについての本質的な学習へとつながるかどうかが大きな課題となる。

はたしてどうなるか。「見通し」がまだはっきりしないところをみると、しばらくは苦労が続きそうである。でも、苦労の先には、職業人生の見通しについて何らかの有用な知見を提供できるような「私」がいてほしいと願っている。

(2009年8月7日掲載)