労働組合の影響力

国際研究部長 坂井 澄雄

毎日、朝6時半に起きて犬の散歩をしている。犬の健康のためでもなく、自身の健康のためでもない。犬の用足しのためである。わが家に来たときは生後3カ月の子犬で、どのような躾をされたのか知らないが、家の中では決して用を足さない。このため、雨が降ろうが、雪が降ろうが、槍が降ろうが、朝夕1日2回の散歩は欠かせない。家庭内の力関係で、いつ頃からか、朝の散歩は私の義務となった。

何の変哲もない犬だが、先頃ひとつの快挙があった。オバマ米大統領の新しい飼い犬について伝えられた。朝日新聞に載った写真がわが家の犬にそっくりなのである。喜んで職場で話題にしたが、反応は今ひとつ。しかし、わが家では大喜び。なにしろ大統領の犬と見間違うほどだ。よっぽど名前をオバマに変えてやろうかと考えた。

さて、昨秋のアメリカ発の金融危機の影響で、世界中が不況に陥った。これに伴い雇用情勢はいずれの国でも悪化した。ILOやOECDは各国の雇用情勢とその対策を分析している。これらの文書を眺めて気付いたことは、労働組合の影が薄いことである。私1人の思い違いを心配して同僚と議論してみた。狭い範囲ではあるが、雇用対策における労組の地位の低下を否めない、との見方で一致した。あのUAWでさえGMの破綻に有効な手をかならずしも打てなかった。この原因は、北欧など一部を例外として、やはり労組の組織率が低下していることにあるのではないか。

日本においても、労組の組織率が低下を始めて久しい。その要因をかつてはサービス経済化やパートタイム労働者の増加に求めていた。現在ではパートを含む非正規労働者の増加に求めることが多い。日本の労組の大多数は企業別組合であるが、企業内にパートや非正規従業員が多くなったところでは、その組織化に多大な努力を払っていると聞く。中には大きな成果をあげた労組もある。

だが、企業別組合の特徴について、当機構のかつての研究所長である白井泰四郎先生は、企業別組合とは、(1) 特定の企業の正規従業員に組合員の範囲を限定し、(2) 運営上の主権を完全な形で掌握している独立の労組、であると定義し、「労働組合は労働市場を規制する労働者の組織である。(日本の多くの企業において独自性の強い)内部労働市場が形成されると、ここにおける労働者の組織は『企業別組合』という形態が最もふさわしいことになり、企業別組合が日本では定着していくことになった」と分析している。

企業別組合の特徴を上記のように考えると、日本の労組が影響力を高めるには、パートや非正規従業員を内部労働市場に取り込んで正規従業員化し、組織率を向上させるほかない。あるいは、企業別組合をやめて、産業別や職業別の労組を結成する方法もある。日本においても、企業別ではない、コミュニティー・ユニオンが活発な活動を始めている、との当機構の研究報告(労働政策研究報告書N0.111)がある。しかし、日本では産業別や職業別の労組が規制できる外部労働市場がかならずしも形成されていない。しかも、欧米の産業別、職業別労組も組織率低下に悩んでいる。

わが家の犬は朝夕の散歩を必要とするように躾けられている。これを面倒だからといって、今さら躾を変えるわけにはいかない。企業別に組織されてきた日本の労組も、就業形態が多様化したからといって、今さら組織形態を変えることは不可能であろう。かといって、多様化した就業形態を元に戻すこともできない。企業内に非正規従業員だけの労組を別途組織するわけにもいくまい。日本の労組が、労使関係の安定に大きく寄与してきたことについて疑いの余地はない。この機能を損なうことなく、就業形態の多様化にも対応して、組織率の向上を図る努力を地道に行ってもらうほかないであろう。

(2009年7月10日掲載)